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敵の手①

 駅前にあるファミリーレストランの店内。窓から離れ奥まったテーブルの上に、涼醒が携帯電話を放り出す。


「何度かけても繋がらない。番号は使われてるし、間違った家にもかからないとなると後は…偶然にもずっと話し中か、わざと回線を切ってあるかだな」


「電話機、何かあったらちゃんと連絡が取れるようにって、ジーグがいるあの部屋に持って来てるのに…」


 キノはもうひとつの携帯電話を指で叩きながら、溜息混(ためいきま)じりに言った。


 使い捨てで、手続き不要の携帯電話。今までは必要を感じず手に入れようと思い立たなかったのだが、後で必ず必要になると涼醒が言い、ここに来る前に立ち寄ったコンビニで購入したもの。


「それでも、回線が外されてないかどうかまでは、常にチェックしてなんかいられないだろうからな」


「…せっかく買ったのにね。でも、どうして二つも?」


 涼醒が肩を(すく)める。


「なんとなくさ。使うのに限りがあると、いざって時に不安だろ…念のためだ」


 ほんの一瞬、心に引っかかるものを感じ、キノは涼醒の()を見つめた。けれども、何も言わずにうなずきながら、手元の手帳に視線を落とす。


「もう一個の番号に、かけてみる?」


「…奏湖か」


「私、彼女は何か知ってると思う」 視線を上げたキノの前で、涼醒がゆっくりと頭を振る。


「もし、知ってるとして、それを俺たちに話すと思うか? 」


「内容は聞けなくてもいいの。何か知ってるようなら…外にいる仲間と連絡を取ってるのは、奏湖さんかもしれない。ジャルドの代わりに…」


「考え過ぎだろ? 何か命令するなら、ジャルドが館から自分で電話出来るさ。携帯は誰でも持ってるだろうしな」


「ジャルドはきっと、ジーグに疑われるようなことは何ひとつしない気がするの。特に、こんな遅くになっても私たちがまだ館に帰ってない今は」


 キノの(ひとみ)は真剣だった。眉を寄せていた涼醒も、考え込むように宙を見つめる。


「森にいる人たちのことや、門の鍵が閉まってなかったことなんかを聞いてみるの。それか、電話が通じないから、ジーグに取り次いでほしいとか…。奏湖さんがどんな返事をするか、知るだけでもいい。涼醒が上手く聞けば、何か口を滑らすかも」


「…俺が話すのか?」


「女の子は、知らない女より、知らない男相手の方がおしゃべりよ」


 涼醒がキノを見つめる。


「希音は、完全に疑ってるんだな」


「どうしてか説明は出来ないけど…。でも、涼醒の考えも聞かせて。私の思い過ごしで、力になってくれる人をなくすことになるかもしれないし」


「決定的な何かを知るまで、奏湖を疑いたくないって気もあるが…信用しないことにするよ。今は、朝と違って護りを持ってる。要らない危険は(おか)さない方がいい」


「奏湖さんが、迎えに行こうかって言ってきたら…何て断る? まだ、護りを手に入れてないからって言う?」


「それは、ちょっと無理がある」


「どうして?」


「護りの在処(ありか)はわかったって、ジーグが汐に言ってあるんだ。場所が明らかなのに見つけられないほど、俺たちが馬鹿だとは思っちゃくれないさ」


「じゃあ…信用出来ないってはっきり言う。そして、もし今度不審な人たちがいたら、すぐに警察を呼ぶからって言うのは?」


 涼醒の()が、賛成の意を表して笑う。


「奏湖がジャルドの手の内だとしたら、ただの(おど)しと取るか、最後の(かけ)と取るか…。最悪、こっちには時間があるけど、むこうは後がないわけだからな」


「…こっちだって、出来るなら今回の発動に間に合いたいよ」

 キノが悲し気に目を()せる。


「わかってる。奴らがそう思うだろうってことさ。浩司の祈りは発動させる。必ずだ」


「うん…」


 顔を上げたキノの目に、微笑みかける涼醒が映る。その力強い(ひとみ)は、理屈ではなくキノの心を安心へと導いていく。

 浩司も同様に持つこの力は、リシールであるが(ゆえ)のものなのか。あるいは、キノが心を許す者だけが直にその(ひだ)に触れ、(なだ)め得るのだろうか。


「もう11時半か…。最もらしく聞こえるように、時間指定しておくか。ぎりぎり4時半くらいにな。その時は、それなりの覚悟で館に向かうと言ってやる」


「それまでは見張らずにいてくれるかな」


「…そう甘くはないさ」


「でも大丈夫、帰れるよ」


キノは笑みを浮かべた。冷めきったコーヒーを飲み干して、涼醒が息をつく。


「さっきはでかいこと言ったくせに…どこかで考えちまう。浩司が降りられなかったのが、本当によかったのかどうかってな」


 キノの笑顔が(かす)かに(くも)る。


「シキたちが心配してた万一は起きなかったかもしれないけど、護りを見つけたのに館に戻れないでいるこの状況は起きちまってる」


 涼醒が力なく微笑む。


「ジーグは、こうなるって当然予想できただろうな。ジャルドたちが集まってることの意味を知った時点で、護りの発見を見合わせることも選べたはずだ。なのに、俺たちを行かせた」


「…信じてるからよ」


 涼醒は天井を(あお)ぎ目を閉じた。


「それが…気を緩めた瞬間に、ひどく重く感じる。情けないけど、知っておいてもらいたいんだ」


 開いた目をキノに向け、涼醒が思いつめた表情で続ける。


「希音を守る決意は変わらない。そのために必要なら、おまえが嫌だって言うこともするさ。でも、そのほかのことで、俺がこうしろって言いきれるものはないんだ。もし、何か重要な決断をしなけりゃならなくなった時…決めるのはおまえだ」


 キノは、目の前に座る青年をじっと見つめた。


 怜悧(れいり)な頭脳と、リシールならではの強靭(きょうじん)な精神力を(そな)えた、頼るに足る護衛人。けれども、その心の奥にも、弱い(から)に包まれた部分は存在する。彼はまだ二十歳にも満たず、そして、自分にとって失いたくないものが何かを知っているのだから。


「ジーグは…私たちが自分で選んだことから逃げないって、信じたのよ。涼醒はちゃんとそれに(こた)えてる。私も、するべきことから逃げ出したりしない」


「…おまえは強いな」


「そう思えって言ったじゃない。涼醒がいなかったら、(くじ)けてたかも」


 キノは温かい眼差しで涼醒を見つめる。


「涼醒がいてくれて、本当によかった。だから…大丈夫よ。今、私が涼醒とここにいるのも、きっと必要なことなんだから」


「希音…ありがとうな」


 涼醒の表情は穏やかで、その()の力は鈍ってはいない。


「イエルに戻った後で…希音がもう一度そう言ってくれるのを聞きたい。やるだけのことをやってからさ」


 微笑みながら、キノがうなずく。同じように涼醒もうなずき、携帯電話へと手を伸ばした。



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