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不安の中を①

 高鳴る胸の鼓動(こどう)に合わせるかのように、キノは足を速める。


 雪の覆いを外した街並は、昨日夢で見たものとは(おもむき)(こと)にしていた。けれども、見覚えのある石垣に近づいて行くキノの脳裏には、あの日希由香の手を離れた護りの姿が克明に(よみがえ)る。


「ここが浩司の家か?」


 塀の角で立ち止まったキノに、涼醒が追いついた。


「もしなかったら、どうしよう…」


 人気のない家を見上げながら、キノが不安気につぶやく。


「護りが見えるのも、動かせるのも希音だけだ。今も必ずここにある」


「動かすことも出来ないの?」


「発動者以外には、触れられない。たとえ希音が俺の手に乗せたとしても、俺はそれを感じないはずだ。シキが発動中の方が安心だと言ったのは、だからさ。護りを無理矢理奪われる心配は少ないからな」


「…明日の朝になったら、誰にでも見えるんでしょ?」


「その時は、ラシャにいるんだ…。浩司が待ってる」


 涼醒をしばし見つめうなずくと、キノは石垣へと向き直った。門のところまでゆっくりと歩き、深呼吸をして石柱の(かげ)(のぞ)く。


 あの時は雪があって、その上にそっと置いた…護りは、どこ…?


 辺りには落葉が積もり、植え込みの下の地面を隠している。震えるキノの手が、まだ乾燥しきってはいない枯葉を()き分ける。


 力の護りは、2年8ヶ月ほど前と変わらぬ姿でそこにあった。


 浩司の(ひとみ)と同じ色の…。


 キノは、護りをそっと拾い上げる。自分自身の指に初めて触れる小さな石。その手触りは、記憶にあるものと同じだった。


 浩司…護りは必ず持って帰るから、希由香を悲しませないで…。


 頭上に(かざ)した黒い小石が、キノの()の上で闇色の光を放つ。


 どうか、二人の未来が、幸せなものでありますように…。


 かつて希由香がそうしたように、キノは護りに口づけて願った。




 力の護りを(たずさ)え、キノと涼醒は折返し(きと)途につく。

 R駅から二人が乗り込んだエクスプレスの車内に、リシールの姿は見当たらない。朝M駅を出てから今まで、涼醒が感知したリシールは皆無だった。それは二人にとって安全なことにもかかわらず、かえって不気味な不安を()き立てる。


 たとえ全人口の0 . 001%強しか存在しないリシールと言えど、一人くらいはすれ違う者がいるのが自然ではないか。あるいは、ジャルドという男に対する疑念(ぎねん)の芽が知らぬ間に生い茂り、自分たちを追う者の不在を不自然なものとして(とら)えてしまっているのだろうか。


 キノはうとうとしながらも、意識を眠りの中に解き放つことが出来ず、その心は二つの不安の間を絶えず行き交っていた。


 誰かが私たちをつけて来るんじゃないか。R市で誰かが待ち()せてるんじゃないか。そう心配してたけど…誰もいない。でも、あのジャルドが、何の(さく)も考えてないなんてことがあるとは思えない…。


 頭の向きを変えたキノの(まぶた)の裏が、傾きかけた陽光を浴びて()に染まる。


 もし、無事に戻れて、夜明けにラシャに降りたら…明日中には、浩司の祈りが発動される。それが何かを考えると…どうしてだろう? 護りを手にしてから、不安でたまらない。私は浩司を信じてるのに…彼の望みを理解することが出来ないんじゃないかって…。


 キノはうっすらと目を開ける。


 希由香の思いならわかる。もし、彼女が決して望まないだろうことを、浩司がするつもりでいるとしたら…私にそれを止めることは出来るの…?


「眠れないのか?」


 振り向いたキノの目に、涼醒が映る。その顔からは、自分にも色濃く浮かんでいるであろう不安の(かげ)が見て取れる。


「いろいろ考えちゃって…」


 キノは軽く伸びをしながら、明るい声で続ける。


「でも、大丈夫。元気よ。涼醒は?」


「俺も元気さ」


 涼醒が笑う。


「ここまでは、無事に来れたな」


 無邪気な笑みで覆い隠すには、二人の抱える不安は大き過ぎた。キノは互いの(ひとみ)から消えない核心を口にする。


「涼醒も…このまま、何事もなく館に帰れるとは思ってないんでしょ?」


「…願っちゃいるけどな」


「やっぱり、ジャルドが何か…?」


「俺もジーグと同じ意見さ。あの男が、何の理由もなくあんな約束するわけがない。自分が不利に見える条件を、相手に同意させるのは簡単だ。一見、俺たちに都合いいと思わせて、その裏には…ジャルドにとって有利な何かがあるに決まってる」


「じゃあ、どうして…?」


「ジャルドが何を(たくら)んでるとしても、奴は館から出られない。ほかの継承者たちもな。それで軽くなる不安は確かにあるだろ? ジーグはそう考えたはずさ。精神的な重圧は少ない方がいい。希音もそうだが…特に俺のな」


「涼醒の?」


「俺がどんなことをしたって、継承者には(かな)わない。そのプレッシャーを除くために、ジーグはあえて乗ったんだ。本当の理由がわかる前にな。ジーグに感知されると知ってて、力を使う奴はいないだろうけど…」


 涼醒が力なく微笑む。


「こんな心配までさせて、悪いな」


「そんなことないよ。涼醒がいなかったら、護りは今ここになかったし…私だって、もっと不安だったはずだもん」


「…浩司がいたら、もっと安心出来ただろ?」


 キノが一瞬言葉に詰まると、涼醒は乱暴に髪を()き上げて頭を振った。


「悪かった。おまえが困るのわかってて言ったんだ。答えなくていいからな」


 涼醒の作る笑顔が、キノの胸を痛める。


「ヴァイの奴らへの不安だけでも手一杯なのに、よけいなこと思わせて…頼りない護衛だな」


 キノは首を振る。


「涼醒は、ちゃんと私を安心させて、守ってくれてるよ」


「浩司と俺は違う。それはわかってるさ」


 涼醒は、窓の向こうに広がる夕陽に目をやった。


「もうすぐ陽が落ちる」


 朱色の空は、キノにあの()の海を思い出させる。


「希由香がR市に行ったのは、海に陽が沈むのを見たかったからなの。本当は、雪の降る日、浩司と一緒に…」


「館にいるあの発動者…今も浩司が好きなのか?」


「…うん。多分、これからも…」


「浩司があんなに無理してたのは、彼女とおまえのためなんだろ?」


「希由香のためよ。私はその代わり」


 キノが戻した視線の先で、涼醒が(かす)かに眉を寄せる。


「浩司は、自分が希由香にしてやれることのために、護りを見つけたいって…発動出来るとは思わなかったけど」


「…何で別れちまったんだよ?」


 キノはゆっくりとまたたいた。涼醒が疑問に思うであろうと予測していたにもかかわらず、その問いに答える言葉が見つからない。


「浩司が…」


 遠くを見るキノの()がわずかに(うる)む。


「どうして別れることを選んだのか、その理由は…本人のいないところで話す内容じゃないの」


「あいつ…自分が継承者だって、最近まで知らなかったんだろ? そんなことあるのかって聞いたら、俺の素性(すじょう)が知りたけりゃ希音に教えてもらえって言ったんだ。そのことと関係あるなら…話してくれないか」


 涼醒の()が真剣なものになる。


「俺は…浩司が継承者じゃなくて、11歳も年上じゃなかったとしても、あいつには(かな)わないような気がするよ。何かこう…太刀打(たちう)ち出来ないものがあるんだ。あの精神の強さにも、少し(あこが)れる。最初は、気に食わない奴だと思ったけどな」


「…寂しくていられないなら…弱い自分に負けて、生まれて来たことを後悔するのが嫌なら、強くなるしかないでしょ?」


 キノの濡れた(ひとみ)が光る。


「希由香は…浩司を救いたかったの。私自身もそう願ってる。彼女が発動した祈りの力が、私を浩司に会わせたんだって…信じてるの」


 キノは静かな口調で話し続けた。



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