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力の護りの待つ処へ ①

 車のクラクションに振り返ったキノと涼醒の目の前には、館にいた時とは別人のような奏湖(そうこ)の笑顔があった。


「希音さんと、涼醒君…だったよね? もしよかったら、駅まで乗ってく? この(へん)あんまりバスの本数ないし、タクシーなんて滅多に通らないし」


「…ジャルドに言われたからか?」


 警戒するような涼醒の声に、奏湖がおかしそうに笑う。


「冗談はよしてよ。あなたも言ってくれたじゃない。私はお姉ちゃんとは違う。あの男の命令なんか聞きたくもないわ」


「おまえたちの指導者だろ?」


「ちょっと違うわね…ジャルドは、絶対的な支配者よ。逆らう者はほとんどいない。まだ24歳なのに、100年も生きてるみたいに狡猾(こうかつ)で。確かに知恵も力もあるけど…まるで独裁者よ」


「いいのか。そんなこと言って」


「あなたたちが彼をよく思ってないって知ってるもの。それに、あの約束のおかげで、今日は誰も外に出られないし…馬鹿なことをしてくれる者はいるかしら? そんな勇気のある奴がいたら()めてあげるわ」


 涼醒とキノは顔を見合わせる。朝食の時にジャルドの前で小さくなっていた奏湖が、今はとても生き生きと彼を批判している。その落差を見て戸惑う二人に、奏湖が微笑みながら続ける。


「無理に勧める気はないけど、本当に通り道だから。私はあなたたちがどこに行くかなんて興味ないわ。でも…聞きたいことはひとつだけあるかな」


「何だよ? 護りの在処(ありか)か?」


「私はそんなものどうでもいいの。ラシャが世界を救うって言うんだから、それでいいじゃない。私が知りたいのは…9の継承者のことよ」


「浩司…?」


 奏湖の視線がキノに向けられる。


「希音さんは彼と親しいんでしょう? どんな人?」


「どんなって…」


「浩司の何を知りたい? あいつがヴァイに降りたら、おまえたちはどうする気だ? ジャルドはどう考えてる?」


 険しい声で涼醒が言った。


「みんながどう思ってるかわからないけど、私は、今のジャルドの支配を壊してくれるような人ならいいと期待してるわ。どんな人でも…ジャルドよりはましよ」


 奏湖の()が暗くなる。


「それに、9の継承者は唯一(ゆいいつ)ジャルドに(かな)う力の持ち主だもの。私たちを彼から救う義務があるわ」


「…浩司がおまえたちの指導者になるとは思えないけどな。少なくても、あいつは自分が納得しないことはしない」


 キノが奏湖を見つめる。


「浩司は…自分が継承者だってことも、あなたたち一族のことも、ラシャのことも何もかも突然知って…これからどうするのか考える暇なんてなかったはずなの。私が口出すことじゃないけど…落ち着くまではそっとしておいてあげてほしい」


 奏湖が頭を振った。


「お姉ちゃんから事情は聞いてるのに、勝手なこと言ってごめん…。私が何言ったってなるようにしかならないし…出来るなら逃げ出したいわ」


 溜息(ためいき)をつきながら、奏湖が時計を見る。


「そろそろ行かなきゃ。時間は貴重なものだって、最近よく思うわ。本当に送らなくて大丈夫?」


 キノと涼醒は互いの(ひとみ)から、それぞれの思考が同じ結論を出すのを見て取った。


 奏湖が汐の妹であり、ヴァイのリシールであること。館から40分ほど歩いたところにあるこの停留所を次にバスが通過するのは、早くても1時間以上は待たなければならないであろうこと。そして、奏湖の見せたジャルドへの反感と嫌悪。


 涼醒がうなずいた。


「世話になるよ。俺たちにとっても、時間は貴重だからな」


 二人の乗り込んだ車が、ゆっくりと動き出す。


「免許は取りたてだけど、安全運転は保証するわ。ジャルドの言ってた事故を私が起こすなんてことはないから、安心して」


 バックミラー越しに、奏湖が軽やかに笑った。




 キノと涼醒を乗せた15分後、奏湖の()る車がM駅の乗降スペースにその車体を沈める。


 秋晴れの道を快適に走る車内で交わされた会話は、もっぱら奏湖によるヴァイのリシールの話だった。

 ここ半世紀の間に定着した、一族を(しば)る理不尽な法の数々。ジャルドの()く支配体制の厳しさと万全さ。そして、彼の望む一族の繁栄の鍵となる9人の継承者について。


 サイドブレーキを引いた奏湖が、二人を振り返る。


「タクシーで帰って来るなら、N橋のところって言えばわかるはずよ。ただ、夜になると私道の門が閉まるの。歩くのは平気だけど、車は下の道までしか入れなくなるわ。住所は知ってる?」


「汐さんに聞いてメモしてあるから、大丈夫よ。嘘のじゃないと思う」


 キノは手帳を取り出した。


「間違いないわね。ペン持ってる?」


 館の住所と電話番号の下に、奏湖がもうひとつの番号を書き加える。


「私の携帯の番号よ。もし、何か困ったことがあったら電話して」


 手帳を返しながら、奏湖が微笑んだ。


「ジャルドはすごく頭の回る男なの。心配要らないとは思うけど…気をつけてね。あなたたちと話せてよかったわ」


「ありがとう。奏湖さんも、気をつけて」




 走り去る奏湖の車が視界から消えると、キノは手に持つ腕時計に目をやった。それは、時計を持たずに来たと言う二人に、奏湖が貸してくれたものだった。


「奏湖さんのこと…どう思う?」


「俺たちの味方(みかた)とは言えないだろうけど、ジャルドみたいな、あからさまな敵ってわけでもないだろ」


 涼醒がキノを見つめる。


「疑ってるのか?」


「うまく言えないけど、なんとなく変な感じがするの」


「俺も100%信用するつもりはないさ。ヴァイの話には本当のところもあると思うけどな。いくらジャルドを嫌ってると言っても、汐の妹だ」


「…私、自分でもどうしてかわからないけど…汐さんより奏湖さんの方に不安を感じるの。希由香は守るって言った時の汐さんの()は信じられる。でも、ジャルドのことを話す時の奏湖さんの()が…彼を嫌ってるようには、とても見えなくて」


 涼醒が考え込むように眉を寄せる。


「継承者である汐の方が、ジャルドに近いはずじゃないのか。奏湖に対する奴の態度見ただろ? 継承者を姉に持つのがどういう気持ちかは…俺にもわかるよ。イエルには、ここの世界みたいな厳しい決まりだとかはないけどな」


「うん…」


 涼醒の言うことは理解出来るが、キノの心に居座る懸念(けねん)はなくならない。()に落ちない顔で宙を見ているキノの目の前で、涼醒が手を振った。


「希音。あんまり煮詰(につ)まるなよ」


 またたいたキノの目が、その焦点を涼醒に合わせる。


「まあ、奴らの情報もいくらか手に入ったし、奏湖一人を警戒する必要はないと思うけど、時計はどこかに置いていく。もし、彼女が俺たちをここまで送ったことに何か(わな)があるとすれば…これだろうからな」


 涼醒がにやりと笑う。


「奏湖さんの車に乗ったのは、バスがなかったからだけ?」


 二人は駅の入口へと歩き出す。


「奏湖が何かして来るかどうかを知りたかった。希音も賛成してたしな」


「私は、彼女の言ってることが気になって。それと、涼醒が館で断った誘いに乗るのには、何か考えがあると思ったの」


「車にいるのが確実に奏湖一人だってわかってからじゃなけりゃ、乗れないさ。おまえを危険な目に合わすのはごめんだからな」


「…誰もつけて来てない?」


「大丈夫だ」


 不安気に後ろを振り返ったキノは、涼醒の落ち着いた表情を見て安心する。


「近くにリシールがいればすぐにわかる。普通の人間でも、見張られてるかどうかくらいなら気配で感じるさ。だけど、その心配はしなくていい」


「どうして?」


「一族の者以外に頼ることはないっていうジャルドの言葉は本気だった。ほかはどうか知らないけどな」


 改札を抜け、混雑するホームの(はし)に立つ二人の耳に、近くの踏切からの警報が聞こえて来る。


「このまま何もなければ、遅くても9時頃には戻れるはずだ」


「…私、必ず護りを持って帰りたい」


 電光時計に目をやる涼醒の視線を追いながら、キノがつぶやく。


「わかってる」


「涼醒…助けてもらうばっかりでごめんね…私…」


「それもわかってる。俺は好きでここにいるんだ。気にするなよ」


 涼醒が微笑む。その(ひとみ)を見つめるキノの心に蓄積されて行く切なさは、何故(なにゆえ)のものなのか。今はまだその存在すらおぼつかない、二人の間を浮遊(ふゆう)する不明瞭(ふめいりょう)(きずな)を、何と呼ぶべきなのか。


 キノと涼醒がそれを知るまでには、もう少しだけ時の流れが必要なのかもしれない。そして、それぞれの選ぶ運命のうねりに、翻弄(ほんろう)されぬだけの強さが。


「ありがとう。私ね…涼醒が助けを求める時、私も自分の意思でそばにいたい…そう思ってる」


「…充分だな」


 真剣な眼差しを向けるキノの頭をそっと胸に寄せ、涼醒が(ささや)いた。


 キノと涼醒を乗せた電車がT駅へ向けて走り出す。反対側のホームでは、逆方向へ向かう電車が発車時刻を待っている。そのシートの隅に置き去りにされた腕時計が、陽を照り返し光った。




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