出発の朝②
いったいどういうつもり…? ジャルドたちは護りを欲しがってるんじゃないの? ジーグがいる間は力を使えないとしても…私たちが護りをラシャに持って帰るのを黙って見てるはずなんてないと思ったのに、ここから誰も出さないなんて…しかも、力を返すってことは…。
「どう? 嫌なら別にいいよ。約束なんかしなくても、護りの石を探す邪魔をする気はない」
「しかし、リージェイクは別としても…現在この館におらん者たちはどうだ?」
「ヴァイにいる一族全ての者を心配してたらきりがないよ。涼醒君は同じリシールを感知出来るんだから、会いたくないなら彼らを避けて歩けばいい。せめて私たち継承者をここに閉じ込めておけば、二人が安心して護りを探せるかと思ってね」
「それは親切なことだな。だが、おまえがリシールではない人間を使うことも、ないとは言えまい?」
一瞬、駆け引きを楽しむかのような会話を続けていたジャルドの顔が表情を失い、その瞳に暗い怒りの炎が灯った。
「ジーグ…一族の者以外の人間に私が頼る可能性があるなんて…そんな馬鹿げたこと、本気で考えてるのか?」
「確実にないと誓えるとでも?」
「当然だよ。この私が…あんな者たちの手を借りてまで成すべきことなど、何一つない。たとえ死の淵を彷徨う最中だろうとね」
「…よかろう。だが、条件は何だ? おまえが約束というからには、望むものがあるのだろう?」
ジャルドの瞳から消えた怒りが、満足気な笑みにすり替わる。
「大したことじゃないよ。ただ…教えてくれるだけでいい。予言されている世界の崩壊は、何が原因で起こるのかを、ね。ラシャは当然知ってるんだろう? でなければ、いくら護りが手にあっても、阻止するなんて出来ないはずだよ」
「たとえ護りを奪えようとも、世界が滅びれば元も子もないというわけか。おまえの抜目のなさは賞賛に値するな」
「ジーグの疑り深さにも脱帽するけどね」
「ラシャの者である私との約束を違えることは許されんぞ。どこへ逃げようと必ず、おまえに力を返させる」
「私は…守れない約束に自分の力を賭けるほど間抜けではないし、約束を果たせない時に逃亡するほど腰抜けでもないよ」
ジーグとジャルドは、互いの瞳を強い視線で射たまま沈黙を続ける。テーブルの三人、そして、扉の前で立ち竦む奏湖が、息を殺して成り行きを見守っている。
浩司も…シキと…ラシャの者との約束を…。
キノは初めて、ジーグの紅い瞳から、背筋を凍らせるような畏を感じた。
ジーグが静かに口を開く。
「ジャルドよ。おまえとの約束承知した。梓奏湖を除く今ここにいる一族全ての者が、明日の夜明けまでこの館に留まっていたならば、世界の崩壊の原因となるものが何であるか教えよう。おまえの望む時にラシャへ聞きに降りるがよい」
当事者以外の4人が息をつく。ジャルドが喜々としてコーヒーを啜った。
「取引成立だな。後は…皆が間違いなく外へ出ないようにきつく言っておかないと、彼らは指導者を失うことになる」
「希音たちが安心して護りを探すことが出来るよう、あえて受け入れたが…おまえがこの約束を提示した理由は、崩壊の原因を知るためのみではなかろう」
「本当にそれだけだよ。ずっと知りたいと思ってたことだからね。強いてほかの理由を挙げるなら…もし、事故や天災で二人に何かあったとしても、私が疑われずに済むのがいいな。やっと会える9の継承者には、悪い印象を与えたくない」
凝りをほぐすかのように首を回し、物憂げな声でジャルドが言った。
「そうだ。せっかくだから、M駅まで奏湖に送らせるよ。どこに行くにしても、一旦は駅まで出る必要があるだろうから。大通りまでは2キロ近く歩かなければならないし…時間は大切にしないとね」
キノと涼醒が視線を交わす。
「奏湖、姉のようには無理でも、少しくらいは役に立て」
奏湖を一瞥したジャルドが、ジーグに視線を戻す。
「いいよね、ジーグ。涼醒君がついてるんだから、何の力も持たない女の子一人にどうこうされる心配はないだろう?」
キノはジーグの返事を待つ。汐も奏湖も無言でいる中、涼醒が口を開く。
「ジャルド…そんな言い方はよせよ。継承者と比べりゃ誰だって無能さ。いくら妹だって、汐とこの娘は別だろ?」
「イエルの者は優しいんだね。まあいいや。どっちにしろ奏湖は駅を通るんだから、一緒に行けばと思っただけだよ」
ジーグがキノを見る。
「手を借りるのは気が進まんが…どうするかはおまえたちが決めろ」
ジャルドのこの申し出は、何故かキノに不安を与えた。奏湖が二人に危害を加えるとは考えにくい。けれども、キノのどこかが危険を感じている。
「涼醒…」
キノの瞳を見つめ、涼醒がうなずいた。
「女一人を警戒するわけじゃないけど、やめとこう。彼女もヴァイのリシールには変わりないからな」
涼醒の言葉に、ジャルドが高笑いする。
「よかったな、奏湖。おまえも私たちの一員と認めてくれるみたいだ」
奏湖が睨むような目をジャルドに向ける。
「私は…」
「何だ? 言いたいことがあるなら、はっきり言え」
冷酷なジャルドの声に、奏湖が口をつぐむ。
その様子を見ていたキノは、奇妙な違和感を覚えた。
何だろう…? ジャルドを見る奏湖さんの瞳…。
「もういい。下がれ」
部屋を出て行く奏湖の後姿が消えると、ジャルドが腰を上げた。
「希音さん。涼醒君。無事に護りを見つけて来れるよう…祈ってるよ」
差し出されたジャルドの手を取り、キノはぎこちなく微笑む。
「ありがとう」
「…気をつけて行って来てください。あなたは…世界にとって重要な役割を果たすべき人だからね」
キノの心に悪寒が奔る。
私を見つめる金色の瞳と、手の平の熱さが伝えてる…ジャルドが本当に言いたいのは『世界に』じゃなく『私たちに』だって…。
「私はあなたたちのような力もない、ただの人間だけど…自分に出来る限りのことはするつもりよ」
護りは必ずラシャに持ち帰る。あなたが何を企んでるとしても…。
挑むような瞳でキノを見据えたまま、ジャルドが笑う。
「では後ほど…護りを手にしたあなたと会えるのを楽しみにしてるよ」
二人の指先に込められる力が、同時に強まった。まるで、互いの宣戦布告を真向から受け取った合図であるかのように。
ジャルドと汐が部屋を去った開放感の中、キノたち3人は今日の予定を話し合った。
M駅からT駅まで出て、エクスプレスという列車に乗り、R市へ向かう。そして、護りのあるあの場所へ。
浩司の家への道筋がうろ覚えなことに気づいて焦ったキノだったが、ラシャでそれを聞いていた涼醒は、シキに頼んで浩司の持ち物から免許証を拝借してきていた。そこには、R市の住所が記載されている。
「必要なものは全て揃っているな」
ジーグが二人を交互に見つめた。
「それにしても、豪気だな。最新の地図が3冊に、この札束。もし電車が不通になっても、タクシー飛ばして帰って来れる。せっかくのご好意だけど…携帯は置いて行くか。発信器でもついてたらまずいからな」
涼醒が携帯電話をを指で弾く。
「ジーグ…ジャルドは何であんな約束したの? 世界が崩壊する原因を知りたいからって、命まで賭けると思う?」
テーブルに置かれた地図の表紙に目をやりながら、キノが尋ねる。
「それだけのためとは思えん。ジャルドも馬鹿ではない。約束したからには、己の力に見合う利があるはずだが…ほかの理由に悩むよりも、明日の夜明けまで彼らがここに留まることを優先した」
「もし約束を破ったら…ジャルドは大人しく死ぬつもりなのかな…」
キノは浩司のことを考える。
「力を返させるって、無理矢理にでも出来るの?」
「正当な理由なしに、ラシャの者がリシールの力を奪うことは出来ん。だが、約束の結果としてならば可能だ。そうは言っても、要さずに越したことはない。ラシャにとっても、大きな損失だからな」
「継承者が減ると困るから?」
「そうではない…我々がリシールの力を返させるには、己の力をも返さねばならん。彼らの力とともにな。ジャルドの力を奪う時、私の力もなくなるのだ」
「それじゃ…浩司も?」
「シキが承知している。力を返すという約束を交わす時に賭けられるのは双方の力だ。むやみにするほど軽いものではない」
キノはジーグの瞳を見つめる。ラシャの者が持つ、一対の紅い光。
シキに謝らなきゃ…。私、酷いこと言った…シキの命も一緒になくなるなんて思わずに…。
「希音、案ずることはないぞ。護りはラシャに戻る。ジャルドも自らが言ったように、守れん約束をするほど間抜けではないだろう」
「大丈夫さ。24時間後には、護りを持ってラシャに降りてるからな。浩司の祈りも発動される」
涼醒がキノの肩を叩く。
浩司の祈り…。
「私、もう一度希由香に会って来るね」
キノは二人に微笑むと、続き部屋へと向かった。
キノは眠る希由香に何を伝え、何を確認したかったのだろう。それは本人しか知り得ない。そして、この時ジーグと涼醒が何を話していたのかをキノが知る時、その心はどんな選択を迫られることになるのだろうか。




