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約束された祈り③

 キノは驚愕(きょうがく)する。


「じゃあ…もし、護りを取られたりなくしちゃった場合には…浩司が…死んじゃうってこと…?」

 

 シキを射るキノの()が、驚きから怒りへと変わる。


「そんなの嫌よ! そんな約束、今すぐ取り消して! あなたたちが…ラシャがどれだけの力を持ってるか知らないけど、簡単に人を殺せるほど(えら)いの!?」


「落ち着けよ。このまま浩司の目が醒めなけりゃ、ジーグと俺たちだけで降りるんだ。不安な面もあるけど、その方が心配は少ないだろうし、あいつも無事だ。それに、もし一緒に降りても…万一なんか起こさないって、浩司も言ってたろ?」


「可能性がゼロじゃないから、万一のことを考えるんでしょ!? 浩司が護りを必要としてる理由が何だとしても、私は見つけるって決めた。でも、それはラシャのためなんかじゃなくて、浩司がそう望むから…」


 グラグラと揺れる身体(からだ)を支えようとする涼醒の手を振り払い、キノはなおも言い(つの)る。


「もし、浩司が行けなくて間に合わなかったら私のせいだ…。私は、後でラシャのために護りを見つけに行くのなんて嫌よ。でも、見つけなきゃ浩司が…」


 疲弊(ひへい)した神経が興奮する感情を受け止めきれず、キノの頭を鋭い痛みが襲う。もつれる足は、かろうじてその身体(からだ)を支えている。


「シキはどうしてそんな約束したのよ! ラシャの者にとっては人一人の命なんて軽いものなの!?」


「…それを選んだのは浩司自身です。己の命を()してでも叶えたいものがあるのでしょう。私たちは互いの目的のために合意したのです。もしもの時、私たちが彼の命を救うと言えば、交わした約束を破ることになります。その後の彼が決してラシャを信用しなくなるのは明らかです」


「だから何!? 今だって、浩司はあなたたちを信用してないんでしょ!?」


「約束が成立したのは、彼の心に私たちを信じる部分があったからです。しかし、それさえもが失われた後…完全にラシャから離れるとわかっている継承者を、野放しにすることは出来ません」


 シキを(にら)むキノの目に(あふ)れる涙が、その視界に映る(あか)」い光を揺らす。


「どんな言い方したって、失敗したら殺すってことに変わりないじゃない! そんなことさせない…絶対に嫌よ!」


「希音。気を(しず)めなさい。あなたの精神も限界に近いはずです。今あなたまで倒れてしまっては…」


「私の心配なんかしてくれなくていい! 浩司に何かするって言うんなら、護りの力でラシャを壊してやるから!」


「…護りはラシャによって作られたものです。その存在を(おびや)かす祈りは発動されないでしょう。それに、私たちに(おのれ)()しむ心はありません。ラシャをなくして困るのはあなた方人間です。希音。浩司の身を案じるのであれば、今は自分を休めなさい」


「シキには感情がないの!? そんな(あか)()で冷静なことばかり言わないで!」


「希音…!」


 床に崩れ落ちる一歩手前で、キノの身体(からだ)を涼醒の腕が抱きとめる。シキの視線と涼醒のそれが交差する。


 涼醒が(かす)かにうなずいて目を伏せた。


「希音…」

 キノが濡れた顔を上げるより速く、その額にシキの指が触れた。それは浩司のものとは正反対に冷たく、否応(いやおう)なく閉じられるキノの目の奥に悪寒が(はし)った。


「眠りなさい」


 シキがキノから手を離すと、涼醒はキノを浩司の隣のベッドに寝かせた。キノの頬に残る涙を優しく(ぬぐ)う。


「涼醒。あなたも休みなさい。ラシャの空間が及ぼす精神疲労を少しでも回復しておかなければ。ヴァイに降りるまで、あと4時間はあります」


「こんな状況で俺が眠れると思うか?」


 涼醒は深い溜息(ためいき)をつきながらシキのいるテーブルの方へと歩き、倒れていた椅子を起こして腰を下ろす。


「時間になれば、ジーグがあなた方を迎えに来ます。希音はその頃目覚めるようにしてあるので心配は要りません」


「シキ…」


 扉へと向かうシキを、涼醒が呼び止める。


「万一の時は本当に…浩司に力を返させる気かよ?」


 振り向いたシキが涼醒を見つめる。


「そうせざるを得ないでしょう」


「…そんなことしてみろ。希音はもう二度とラシャに協力はしない。この後も、希音が必要なんじゃないのか?」


「あなたが何故(なぜ)それを…」


「浩司が、あんたに直接聞けと。いったい…何のために希音が要る?」


 二人は黙って互いの()を見据えた。涼醒の乾いた声が沈黙を破る。


「俺が口出すことじゃない…か? あんたにとっちゃ、俺が今ここにいるのも気に入らないんだろうからな」


 シキが微笑んだ。


「浩司があなたにそう言ったことに、少し驚いただけです。あなたは希音を守るためにここへ来た…今はむしろ当然に思っています。彼女は様々な(ことわり)、そして、自分に課せられた使命を理解しなければならない。支えになり得る者の存在は必要かもしれません」


「どういう意味だよ?」


「涼醒…あなたが海路希音の運命に自らの意思でかかわることを望むのなら…ヴァイにある護りが無事ラシャへと戻った時に話しましょう」


「…俺がそれを知らなきゃ、希音を守るなんて言えないだろ」


「ただし、知るからにはあなたも協力してください。希音が使命を受け入れ、(まっと)う出来るように」


「…希音が嫌だと言うなら、無理強いさせることは出来ない。それに、俺自身が納得いかないようなこともな。何にせよ…護りを手に入れて、浩司は無事だと希音が安心した上での話だ」


 涼醒は、()うような()でシキを見る。


「頼むよ…俺は、あいつが悲しむのは見たくないんだ」


 涼醒を映す、全てを享受(きょうじゅ)するに足るシキの(ひとみ)。その(あか)き光は穏やかでありながら、(うれ)える心を焼き尽くすかのような、無慈悲で凍てつく炎を連想させる。


「…では、0時に無の空間の前で」


「シキ…」


「喜びの中のみに生きる者はいない…それが人間です」


 シキが吸い込まれるようにして消えて行った(あお)い扉を、涼醒はただじっと見つめ続けていた。


 この先に待ち受ける強大な運命の螺旋(らせん)が、誰の涙をもこぼさないものであることを願いながら。


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