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約束された祈り①

 行き先を見失い彷徨(さまよ)うキノの意識を引き戻したのは、涼醒の声だった。


「希音! 目を開けてくれ! 希音!」


 この声…涼醒? 私を呼んでる…耳がちゃんと聞こえる…じゃあ、この目も私の…?


「聞こえるか!? 希音! 戻れ!」


 キノは、重い(まぶた)をわずかに上げる。


「涼醒…? ここは…ラシャ…? ありがとう、もう戻れないかと思った…浩司は…何ともない? いつもと違って…」 



「希音、おまえは大丈夫だな?」


 え? おまえ()…?


 しっかりと開いたキノの目に、切迫した様子の涼醒が映る。


「私は平気…浩司は…?」


 椅子から立ち上がったキノの視線が部屋を(めぐ)る。


「あいつ、途中でぶっ倒れそうになって、それでも続けて…希音から手を離した時にはもう、気失ってて…」


「浩司!」


 ベッドへと()け寄ったキノが息を飲む。正常な呼吸をしているかどうかすら不安になるほど、そこに横たわる浩司は静かだった。


 生気の失せたその頬に、キノがそっと触れる。


「熱い…?」


「…始める前から、かなりの熱があったんだ。こうなるかもしれないって…わかってた。浩司も…俺も。とにかく、シキを呼んで…」


「わかってた…!?」


 キノが勢い良く振り向いた。感情的なその()を、涼醒が黙ったまま見つめる。


「わかってて何で…」


 続く言葉が沈黙の中に消える。


 涼醒には止められない…浩司がやめるわけがない…きっと自分の意思だって言う。でも…無理をさせたのは私だ。私が頼んだから…。


 キノの目に涙が浮かぶ。


「浩司についてろよ」


 そう言い残し、涼醒は(あお)い扉へと向かう。キノは震える指で浩司の手を握った。


「ごめんなさい…」


 燃えるように熱い指先。希由香の記憶の中でキノの額が感じていたのは、浩司の身体が発した限界のサインだったのか。


「シキ! 聞こえるなら早く来てくれ!」


 まるで広い講堂で叫んでいるかのように響き渡る涼醒の声に、キノが振り返る。


「涼…」


 内側に開かれたドアの前に立つ涼醒の向こうには、部屋の外にあるべき廊下がない。天井も床もなく、ただの(あお)い空間がどこまでも広がるばかりだった。


「え…?」


 キノは見開いたままの自分の目を疑った。いきなり何の前触(まえぶ)れもなく、視界の真中、自分と涼醒の間にシキが立っている。


「どうしたんですか?」


 キノに向けられたシキの視線が、素早く浩司へと移る。シキの声を聞いた涼醒は、扉を閉めて()け戻った。


「浩司がすごい熱で…倒れたきり動かないんだ」


「…記憶の同調を?」


「ああ。結構無理してたみたいだけど…休めばすぐもとに戻るんだろ? 浩司は継承者だし、大丈夫だよな?」


 シキが無言で浩司の額に手を伸ばす。その険しい表情を見て、キノが聞き取れないほどか細い声で(たず)ねる。


「シキ…? 浩司は…?」


「とりあえずのところ、大事には至らないでしょう」


 キノは目をつぶり、深い息をついた。


「ただし…」


 シキの言葉にキノの目は開かれ、その声の主を(すが)るような()で見つめる。


「浩司の精神と肉体が充分な休息を必要としているのは言うまでもありません。これ以上の無理を重ねるなら…力の保証はしかねます。自然に意識が戻るまで、そっとしておきましょう。そして、もしヴァイに降りる0時までに目覚めなければ、浩司はラシャに残し、あなた方とジーグだけで…そのつもりでいてください」


 キノと顔を見合わせた涼醒が、シキに目を向ける。


「俺たちだけじゃ、もし…ジーグが先に帰っちまったら…」


「護りが手にあろうとなかろうと、10日の夜明けには、あなた方もジーグとともにラシャへ戻ってもらいます」


「それじゃ、護りはどうするの?」


 浩司が倒れたことでの動揺が(おさ)まらぬまま、キノは現在の状況を必死で受け入れるべく涙を(ぬぐ)う。


「あなたの協力さえあれば、後日再びヴァイに降りて発見することは可能です。いずれにせよ…ラシャの者も浩司も同行せずにあなたをヴァイのリシールのもとへ置くことは出来ません」


 涼醒が眉を寄せる。


「ヴァイの奴らが、希音に何するっていうんだよ?」


 シキは黙って涼醒に視線を向けた。


「いったい何を心配してる?」


「…涼醒。近年のリシールたちが何を予言しているか知っていますね?」


「世界の崩壊だろ? 何が原因かは知らないけど…確か5年後から15年後の間だったよな」


「そうです」


「それを防ぐために護りが必要なのに、見つける希音の邪魔をする? 奴らは護りを見つけたくないとでもいうのか?」


「…いいえ。その逆です。護りを、そして、護りの発見及び発動の鍵を握る海路希音を、ヴァイのリシールが我がものにしようとする可能性があります」


 シキの(あか)(ひとみ)が、息を飲む二人の姿を交互に映す。その視線を(とら)え、キノが静かに口を開く。


「何の…ために?」


「…遠い昔になされた、ある予言があります。『九つの力が地にて(おのれ)の繁栄を願う時、放つ力は世界を壊す』これは、先に話した、何らかの手段を講じなければ必ず起こる崩壊とは違い、仮定された条件下のみに起こるもの。この場合は、起こしてはならないという(いまし)めです」


「それが、護りを手に入れるのとどう関係あるの? 九つの力っていうのは?」


 話の飲み込めないキノと違い、涼醒は(かす)かに眉を寄せた。


「九つの力とは、9人の継承者を指します。涼醒、あなたも聞かされていますね? リシールがその使命を忘れ、(おのれ)の繁栄を願ってはならないと。それは、この予言をもとに言い伝えられているのです」


「…自分たちが何者かくらい、ちゃんとわかってるさ。それに、崩壊覚悟でリシールを増やしたいなんて考えは誰も持っちゃいないだろ」


「イエルではそうでしょう」



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