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ラシャ②

 突然回復したキノの視界の真ん中で、浩司が微笑んでいる。つかまれた腕が感覚を取り戻し、肌に触れるその手の感触を思い出す。


「浩司…!」


「大丈夫か?」


 聞き慣れた浩司の声。キノの心に安堵感(あんどかん)が込み上げる。


 ここが…ラシャ…?


 浩司に手を引かれるまま2、3歩足を進めてキノが振り向くと、そこには(あか)い光を発する円形の穴が開いている。その周りには囲いも何もない。


「ここから出て来たの?」


「そうだ。道を抜けると、ここに着く。一旦(いったん)光から出た後でまた入ると、無の空間に逆戻りすることになる。気をつけろ。今はどっちかには出られるが、もし道が開いていない時に落ちたら命はない」


 少し離れたところにキノを座らせると、浩司は再び光に目をやった。


 キノは辺りを見まわす。幅の広い通路の突きあたりにいるらしい。ただし、洞窟のようなその壁は普通の岩ではなかった。


 継ぎ目なく繋がる天井も床も、全てが透き通る瑠璃色(るりいろ)のガラスのようなもので出来ている。これらは澄んだ透明感を持ちながらも、その先を透かすこともその身に何かを映すこともなく、鈍い輝きを放っている。


 ラシャ…何故(なぜ)だろう…生まれて初めて来たところなのに、この(あお)い空間が…何となく(なつ)かしい…? あの無の空間への入口が閉じている時、(あか)い光のない時を知っているような…なんて、そんなはずないのに。私、どうかしてる…。


「涼醒に落とされずに来れたようだな」


 その声に我に返ったキノは、浩司の横顔に目を向ける。


「だって…その方が怖いもん。随分(ずいぶん)待たせちゃった?」


 浩司が笑う。


「おまえがそう言うってことは…道の中でいろいろ考え込んでたのか?」


「うん…何か、不思議なところだなって思いながら、つい…。私、どれくらいあの中にいたのかな。 もしかして、涼醒はとっくに着いて先に行っちゃったの?」


「いや。俺が待ったのは、中空の間で俺が道に入ってからおまえが入るまでにかかった時間だけだからな。その後、涼醒がすぐに入っていればもう着くはずだ」


「どういうこと?」


 キノが不思議そうに尋ねる。


「無の空間の中で、時間は経たない。たとえおまえが一年もいるように感じたとしても、現実には入った瞬間と出る瞬間は同じ時だ。それでも、早く出るに越したことはない。身体(からだ)は何の影響も受けないが…精神は消耗するからな」


 光を見つめる浩司の目が鋭くなる。


「涼醒だ」


 その言葉に、キノも(あか)い光を見る。


 視線を向けた一瞬後には、涼醒が立っていた。キノの目にそれは、空中から突然現れたように見えた。


「希音…無事か?」


 二人の姿を認め、涼醒が光の中から歩き出す。その足が途中でふらついた。額に手をやり、その場にしゃがみ込む。キノは驚いて涼醒に()け寄った。


「どうしたの? 大丈夫?」


 青ざめた涼醒の顔を見て、キノは浩司を振り返る。


「どうしちゃったの? 涼醒は…」


「…ラシャの空間は、地上とは比べ物にならないほど多くの目には見えないエネルギーが張り巡らされ、飛び交っている。おまえは感じなくて済むが…リシールの能力のある者は、もろにそれを感知する」


 浩司が静かに言う。


「神経が過敏になり、そこに受ける刺激に精神を圧迫される。ラシャと同質の力を持つ継承者は容易(たやす)く耐えられるが、涼醒にはかなりきついだろう。だが、どうしてやることも出来ないんだ」


「そんな…」


 二人は涼醒を見つめる。


「涼醒、大丈夫だな?」


 浩司の声にうなずいた涼醒が顔を上げる。


「承知の上で来たんだ。そのうち慣れるさ。弱音は吐かない」


 涼醒はキノを見て微笑み、その目を前方に向けた。浩司が後ろを見る。


「迎えが来たようだな」


「人に見えるのに人間じゃない…相変わらず奇妙だな」


 つぶくようにそう言った涼醒の視線の先に何がいるのか、キノが聞くまでもなかった。ゆっくりと振り向いたキノの目に映る人影がひとつ、()えた足音を響かせながら、段々と大きくなって来る。


 ラシャの者…湶樹ちゃんが言ってたように、ちゃんと人の姿をしてる…それでも、会ってたらラシャの者かどうかすぐにわかったって言ったのは…。


 目の前で足を止めたラシャの者の顔を、キノは呆然と見つめる。


 この人の、()が…。


 彼の背格好は、人間の平均的な男とほとんど変わらない。浩司が着ているのと同じ(あお)い布を身に(まと)い、手には5本の指もある。


 もし、彼の(ひとみ)と髪が黒ければ東洋人に、金髪や褐色(かっしょく)の髪に青や緑の(ひとみ)なら欧米人に、焼けた肌なら南国系に、それ以外のどこの国の人間でも通用するほど、その顔は無国籍なものだった。顔立ちそのものに限ってならば。


 けれども、彼は地上の者ではない。それを一目(ひとめ)で明白にしているのは、北欧の最果てにさえもいないであろうほどの青白い肌に、蒼銀(そうぎん)の髪。そして、燃えるような光を放つ、深紅の()だった。


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