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願いは誰のために②

 隣に立つキノの(まぶた)を、浩司の指がそっと閉じる。


「いいと言うまで、目を開けるな」


「わかった」


「じっとしてろ。すぐに着く」


 浩司はキノの腕をしっかりつかむと、指輪をはめた指を白いドアに近付けた。




 全方位からの遠心力が一度に体にかかり、自分ではなくまわりの空間が(はし)るようなその振動が(おさ)まるまで、ほんの10秒足らずだった。


 キノが深い息を吐く。


「もう、目を開けても大丈夫だ」


 まばたきながら開いたキノの目に、灰色の岩壁が映る。中央に石の溜池(ためいけ)のある、洞窟のような部屋。二人が立っているのは、中空の間の壁の前だった。


「ここで、夜明けを待つ」


 そう言った浩司の目が、鋭く一点を見つめる。同じ方向を向いたキノの目の前で、石の扉が開いた。


「湶樹ちゃん…!」


 駆け寄るキノに、湶樹が微笑む。


「そろそろ来ると思って待ってたの。キノさん…護りを、見つけるのね」


 湶樹の真剣な()が、キノを見つめる。


「世界を救うためだけじゃなく、ほかにも理由があって…。湶樹ちゃんの言うように、不安はあるけど…もう決めたの」


 キノの視線を(とら)えたまま、湶樹がうなずく。


「わかったわ」


「ありがとう」


 キノは部屋を見まわした。


「涼醒は?」


「…ここ3日間、ほとんど自分の部屋から出て来ないの。だけど…」


 湶樹が左側の壁に目をやる。


「今、隣にいるわ。多分、キノさんたちが来たから…。ちょっと見て来てくれる?」


「隣って、この前いたところ?」


「そう。出てすぐ右の部屋よ」


 キノは浩司を見る。


「行ってやれ」


「…わかった」


 まるで(にら)み合うように無言で向き合う浩司と湶樹を扉の前で一度振り返り、キノは静かに廊下へと出ていった。




 わずかに開いているドアをそっと押し、キノは部屋に足を踏み入れた。以前来た時に座っていたソファーに、涼醒の後姿が見える。


「希音か…?」


 キノが近づく前に涼醒が言った。


「うん。今来たの」


 涼醒の向かい側に、キノが腰を下ろす。


「ずっと部屋にこもってたんだって? 何があったの?」


 キノを見る涼醒の顔には、どこか暗い(かげ)が差している。


「どうしたの?」


 心配そうに(たず)ねるキノの()を、涼醒は黙ったまま見つめている。


「涼醒…?」


「…あの男は?」


「え?」


「ラシャの使いの…」


「浩司のこと? 向こうの部屋にいるよ。湶樹ちゃんと…何か、私がいると話しづらいことがあるみたい。でも、後で聞けば教えてくれると思う」


 涼醒が冷ややかに笑う。


随分(ずいぶん)、信用してるんだな」


 キノは眉を寄せる。


「どういう意味?」


「希音と同じ魂を持つ者が、ヴァイで護りを発動した。その女の彼氏だったんだろ? だから、ここに来た。意識をなくした発動者の代わりに、おまえに護りを見つけさせるために。湶樹から聞いた。その通りだな?」


「そうだけど…浩司は、自分の意思で動いてるの。ラシャに護りを戻すためもあるんだろうけど、それだけじゃないよ。私は、浩司を信じてる」


「…あいつと寝たのか?」


 涼醒を映すキノの視界が凝固(ぎょうこ)する。明確に聞こえたその言葉が、聞き違いだと思いたかった。


「もう一度言って」


「あいつは…」


 射るようなキノの視線から目を(そむ)け、涼醒がつぶやく。


「ヴァイのリシールで、継承者だ」


「だから何?」


「そばにいる女を抱くのなんか、何とも思っちゃいないさ。おまえに、あいつを好きな女の記憶があるんなら、その気にさせるのは簡単だろ。どうせヴァイに帰るんだ。別れた女を思い出して、今だけ楽しむつもり…」


 涼醒の言葉が終わるか終わらないかのうちに、その頬をキノの手が打った。


「何をどれだけわかってて…そんなことが言えるの? 浩司は…」


 キノの声が震える。


「頼んだって、私に手を出すようなことはしないよ。涼醒が、ラシャに反感を持つのは勝手だけど…浩司を侮辱(ぶじょく)しないで」


 涼醒は微動(びどう)だにしない。


「どんなに苦しんでるか…知りもしないで…。あの二人を救いたいのに…護りを見つけることしか、私には出来ない。だから…」


 ソファーに身を沈め、キノは両手で顔を覆った。その目から涙がこぼれる。


「悪かった…」


 湿った沈黙で静まり返った空気に、涼醒の声が響く。


「もう二度と、馬鹿なことは言わない」


 キノは(まぶた)(ぬぐ)い、顔を上げた。濡れた(ひとみ)で涼醒を見つめる。


「浩司は…涼醒が思ってるような人じゃないよ」


 キノを見つめ、涼醒がうなずいた。


「ごめんね、引っ(ぱた)いたりして…」


「…それだけのことを言った、俺が悪い。ここ何日かずっと、自分に嫌気が差して(いら)ついて…ただのガキだな。半分は、八つ当りだ。悪かった」


 涼醒はぎこちなく微笑んだ。先刻(せんこく)の平手打ちで(かす)かに赤味を帯びたその頬に、キノがそっと触れる。


「何があったの? 何か…悩み事でもあるの?」


 涼醒がキノの手をつかむ。


「あいつが、希音を連れ帰った後…」


 言葉の途中で、弾かれたように涼醒が後ろを振り返る。


「涼醒?」


 数秒後に開いたドアから、入って来たのは浩司だった。赤い目をしたキノと、その手を放し(うつむ)く涼醒を交互に見やる。


「話は終わったの?」


 何事もなかったかのように微笑み、キノが言う。


「俺の方はな。こっちの話はついたのか?」


 顔を上げた涼醒に、浩司の視線が移る。


「そろそろ時間だ」


 一瞬、涼醒が(いど)むような眼差(まなざ)しを浩司に向け、すぐに()らす。


「涼醒…帰って来たら、話してね」


 困惑(こんわく)気味にキノが言った。涼醒はしばし宙を見つめ、その目を再び浩司へと向ける。


「俺も…連れてってくれ」


 浩司の強い視線が、涼醒を射抜く。


「この前、言ってたよな。あんたがヴァイに戻った後、希音を守れって。今からだって早過ぎやしないだろ」


「本気か? ラシャが、リシールにはきつい空間だと知っているだろう」


「わかってるさ。特に、継承者でもない俺にはな」


「…それでもか?」


「あんたの邪魔にはならない。俺は、ラシャから希音を無事に戻したいだけだ」


「涼醒…」


 緊迫した空気に、キノのつぶやきが()ける。涼醒は、浩司を見据えたまま動かない。その()は、本人以外には変えられぬ決意に満ちている。


「わかった。一緒に来い。おまえがいた方が、都合のいいこともあるしな」


 浩司の言葉に深い息をつき、涼醒は目をまたたいた。


「だが、これだけは言っておく。おまえは…もうキノを泣かせたりするな」


「言われなくても、そうするさ」


 涼醒がそう言うと、浩司はキノを見てうなずいた。


「行こうか。じき夜が明ける」 


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