闇の正体③
「ラシャはもうひとつの世界、イエルに希由香と同じ魂を持つ者の存在を突き止め、その者から護りの場所を聞き出すつもりでいると汐から聞いた。あいつからが、無理だった場合に備えてな」
「それが…私なのね」
「そうだ」
キノの視線が、浩司のそれに絡む。
「俺が一族と一切のかかわりを持たずにいた理由を知った汐は、一刻も早くラシャに行き、継承者として覚醒するように言った。一族にとって必要なことだと。俺にはリシールの思想も信念も、ましてや継承者の使命なんかない。だが、俺はラシャに行く必要があった。汐と同様の力を得る必要もな。俺自身の意思でだ」
「どうして?」
「リシールとラシャから、守るためだ。希由香と…おまえをな」
キノは開きかけた口を閉じる。
「ラシャに行き、継承者として覚醒する。そして、俺を、希由香と同じ魂を持つ者に接触するその使いにさせる。そうすれば、これ以上希由香を危険に晒すこともなく、おまえをあいつの二の舞にしなくてすむ」
キノが再び口を開く。
「どうして? 希由香が護りを発動したのは彼女の意思でだよ。たとえ、知らずにだとしても。希由香は自分の運命の責任を、浩司に取らせる気なんかない。負担になりたくなんかない…私もよ」
キノは鋭い目で、浩司の瞳を射る。
「護りを見つけるのは、私の使命だって、そう言ったじゃない」
「その通りだ。だが、俺にもあるんだ。使命も、背負うべき十字架も、望みも。俺自身のためのな」
浩司の瞳の闇は、その暗さに共存する光を内包している。黒い、闇自身の放つ光。この瞳はこの先、これ以上、何を見なければならない運命なのだろう。
キノの心が、引き絞られるように痛んだ。
「汐さんは…納得したの?」
浩司が鼻で笑った。
「するしかないだろう。継承者の力を一番必要としてるのは、奴らだからな。汐には、希由香に何の手出しもするなと言ってある。もしあいつに何かあったら、俺の力がおまえたちのためになることはない。その逆だと」
「ラシャは?」
「…話し合いは長くかかったが、最後には了承した。お互い、相手の出す条件全てを飲んでな」
「条件?」
「合意するためには不可欠だろう。いろいろあるが…俺も向こうも、最優先するものは譲らずにすんだ」
「…浩司は何を手に入れて、何を…犠牲として払うの?」
「ほとんどは、護りが無事ラシャに戻ってからの話だ。おまえは知らなくていい」
「嫌よ!」
キノがいきなり立ち上がった。倒れた椅子の床にぶつかる音が、深い夜に響く。
「キノ…」
「私は、自分が護りを見つけたらどうなるか知らずに探すのは…嫌よ」
浩司は、キノの強い瞳を見つめる。
「世界を救うには、護りの力がどうしても必要だと言っただろう」
「だから何? 私は…私はこれ以上浩司に辛い思いをさせてまで、世界を救う気なんかない」
浩司は溜息をつきながら腰を上げ、キノに近づいて行く。
「私を眠らせる?」
その言葉に、浩司が足を止める。キノの涙は溢れる寸前だった。
「希由香には…世界よりも大切なものがあるの。希由香が守りたかったのは…浩司なんだよ。あなたを…闇から救いたかったのに…!」
力の限り、キノは浩司を抱き締める。かつて浩司が希由香にそうしたように。言葉に出せない切ない思いを、強く、優しく包み込むように。
「おまえに、希由香の記憶があるのはわかってる。これから更に思い出さなけりゃならないのもな。だが、おまえは希由香じゃない。それを忘れるな。俺に…忘れさせるな」
浩司はそっとキノの腕をほどく。
「これだけは信じろ。俺は、希由香を愛することは出来ないが、もう二度と、悲しませることもしない」
「…本当に?」
「ああ。護りが見つかれば、俺は何も失わない。得るものがあるだけだ」
「それなら、今は聞かない。でも、お願い。私に護りの場所がわかったら、手にする前に教えて。浩司が自分のために守りを見つけたいその理由…約束して」
浩司は一瞬躊躇し、うなずいた。
「わかった」
「嘘もなしよ」
「約束しなけりゃ、おまえは引き下がらないだろうからな」
そう言った途端、浩司の身体が揺れた。キノがそれを支える。
「どうしたの? どこか…?」
「ただ、少し…疲れてるだけだ。休めば治る」
「今日はもう寝た方がいいよ。ちゃんとベッドでゆっくり眠って。そうだ! コウの時はラシャの者だから大丈夫だって思ってたけど、浩司は生身の人間じゃない。今まで、随分無理してたんでしょ?」
「心配性なのは、あいつと一緒だな」
浩司が微笑む。
「とにかく横になって」
キノは、浩司を寝室へと連れて行く。心身ともに消耗しきっている浩司は、言われるままに身体を横たえた。
「朝までぐっすり眠って」
「おまえは…?」
「一緒に寝るよ。浩司が眠ったらね」
上体を起こそうとする浩司を制し、キノは浩司を見おろした。
「安心して。私も、襲ったりなんてしないから」
「自分の身の安全は? 俺はどんなに弱っても、その気になれば女を抱ける」
浩司の言葉に、キノは意味ありげな笑みを浮かべる。
「私もって言ったでしょう? 浩司が私に手を出すことはないもん。何故かは、自分でよくわかってるはずよ」
浩司が苦笑する。
「頭の切れ過ぎる女は、男には厄介だな」
「納得したら、眠って」
浩司が目を閉じるのを待って、キノは部屋の灯りを落とす。
「キノ…すまないな」
「おやすみなさい…いい夢を」
浩司の束の間の安息を願いながら、キノは静かにドアを閉めた。