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闇の正体②

 キノが目を伏せる。


「泣くなよ」


「…わかってる」

 キノは鼻を(すす)り、深呼吸をした。ゆっくりと視線を上げ、浩司を見る。

 その顔は笑っていた。そして、同時に泣いているようにも見えた。これほど悲しい笑顔を、キノは見たことがなかった。


「お袋の遺書は、遺書と言っても親父が死ぬ前に書かれた、シェラの呪いについてわかり(やす)くまとめてあるだけのものだった。たぶん、俺に話す時のためにだろう」


「ほかのものと、内容は同じ?」


「大部分はそうだ。だが、俺が初めて知る事実もあった。シェラの遺書から破り取られたらしい2枚の紙とお袋のメモ、そこに書かれていたのは、リシールの(やかた)と継承者についてだった」


「館…?」


「生まれた子供がリシールで、更に、その者に継承者の印が刻まれていた場合、直ちにリシールの館を訪れるようにとな。だが、半信半疑だったお袋は、すぐに俺をそこに連れて行きはしなかった。いずれ、そうするつもりだったのかもしれないが」


「お母さんは、浩司が継承者だってわかってたの?」


「リシールの継承者であるということがどういう意味を持つのかは、知らなかっただろう。ただ、遺書に書かれたその印が俺にあることは知っていた」


 キノが問うような眼差(まなざ)しを向けると、浩司はテーブルに身を乗り出し頭を横に(かたむ)け、髪を()き上げた。


「見えるか?」


 キノは浩司の示す場所に目を()らす。

 髪に隠された頭皮。左耳の後ろ、うなじより少し上のところに紫色の(あざ)がある。細い線が数本。ただの古い傷跡(きずあと)に見えないこともない。けれども、これが何を意味するのか、キノは見知っている。


「IX…9?」


「知ってるのか?」


 一瞬、小さくうなずくキノの()(うかが)うように見つめ、浩司は椅子に座り直した。


「お袋のメモを読んですぐに、俺はその館に行った。書かれた場所のひとつは俺が今住んでる街の、よく行くところの近くだったからな」


「ほかのリシールに会えたのね」


「…奴らだけじゃない」


「え?」


「俺が訪ねた時、そこには大勢のリシールが集まり(ざわ)めき立っていた。俺がラシャも一族も知らないリシールだとわかると、応接室に通され、しばらく待つように言われた。ドアの外では、いくつもの足音が行ったり来たりしてる。だが、いくら待っても誰も来ない。俺は廊下を通りかかった奴に、いった何があったのかと聞いた。そいつは、俺が遠くから今着いたばかりの一族の一人だと思ったんだろう。急ぎ足で歩きながら、その時の状況を説明してくれた」


 キノは、浩司の険しい()を見つめる。


「奴らはラシャの要請で、力の護りを発動した者を探し出した。護りの在処を聞き出そうとしたが失敗し、その者の意識を奪っちまった。そして、継承者がそれを戻そうとしていた。充分な時間をおけば、意識を戻すのは簡単で何の危険もない。だが、その時点ではまだダメージが大きく、もしうまく行かなければ、その者の記憶が壊れちまう。それを承知でやろうとしてるところだった。発動の終了が近い。それまでに、何としても護りを見つけたかったんだろう」


 浩司が軽く頭を振る。


「俺はその時、奴の言うその者(・・・)が誰か、まだ知らなかった。廊下を何度も曲がり館の奥にある部屋に辿(たど)り着くと、30人余りのリシールたちが取り囲むその中央に、継承者らしき女がいた。そして、ベッドに横たえられた女がもうひとり…」


「それが…」


「希由香だ」


 静寂が、二人を包む。緊迫する沈黙ではない。その空気は浩司の悲しみと、そして、静かな怒りを含んでいた。


「俺は人ごみを()き分け、その女に近づいて行った。不審に思うまわりの奴らに押さえ込まれたが、何とか女の腕をつかんだ。女は驚いたように俺を見て『継承者か?』と聞いた。そこにいた全ての者が息を飲み、一斉に俺を見るのがわかった」


 浩司の手が、(あざ)のある辺りを無意識に撫でる。


「わけのわからないまま、そうだと言う俺をしばらく見つめ、継承者の女は…(せき)というが、ほかの者全員を部屋から出した。そして、一晩中、(せき)から話を聞いた。俺が知らずに生きて来たラシャのこと、一族のこと、継承者とは何なのか、力の護りとは、そして、それを発動したのが希由香だということを知った」


「希由香に…何をしたの?」


 浩司の(ひとみ)(かす)かな光を帯びる。


「2年半かけてようやく探し出した発動者は、護りについて全く自覚していない。突然の来訪者が世界やラシャの何を(とな)えても、理解し()る人間は少ないだろう。たとえ、希由香じゃなくてもな。見知らぬ者の突飛(とっぴ)な話を信じられるわけがない」


 浩司がテーブルに(ひじ)を突く。宙を見つめるその()には、暗い怒りがあった。キノにはそれが見える。仄黒(ほのぐろ)く揺れる、冷たい炎。


「時間のない奴らは、強硬手段に出た。希由香を館に連れて来て、あいつの記憶にあるはずの、護りらしきものの在処(ありか)を聞き出そうとしたんだ。(せき)の力を使ってな」


「…コウがしたみたいに?」


「そうだ。ただし、希由香の同意なしにだ。護り自体を認識していないあいつの、発動のあった日の行動を思い出させ、話させようとした。それ以外、それ以上の手がかりはないからな」


「でも…」


「失敗だった。(せき)が言うには、あの日どこで何をしていたかを聞いた瞬間、希由香の全精神力、全神経が彼女の接触を拒み、自分で思考を閉ざしたらしい。ありったけの力で、心を防御するようにな」


 浩司の拳がテーブルを打つ。


「希由香が守ろうとしたのは、愛する者への思い、そして、その者に関する記憶だと(せき)は言った。それを感じたと。つまり…この俺だ」


 目を閉じ額に(しわ)を刻む浩司を見て、キノは知った。その怒りの矛先(ほこさき)はリシールとラシャだけではなく、自分自身へも向けられているものであると。



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