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呪われた血①

 キノが目を開けると、自分の部屋だった。朦朧(もうろう)とする頭で考える。


 あれ? 私…何してたんだっけ。仕事終わって、涼醒と、湶樹ちゃんの家に…そこで、コウはラシャの者じゃなくて、浩司だって聞いて…。


 キノは、勢い良く身体を起こす。


 そうだ…洞窟みたいな部屋に、コウがいて、でも、あれはコウじゃなくて…。


「気がついたのか」


「浩司!」


 開いたドアの前に、浩司が立っている。


「浩司…なんでしょう?」


 キノがつぶやくように(たず)ねる。


「そうだ。おまえがコウと呼んでいた俺は、もういない」


「…いつから?」


「今朝、夜明けにラシャの暗示が()けた。予定通りな」


「どうして、初めから浩司のまま来なかったの? ラシャが、そうさせたの?」


 浩司が目を伏せる。


「ああ。ラシャは、おまえが…いや、おまえの中の希由香の記憶が、俺を思い出すのを拒否する可能性があると思っていたからな。力の護りと希由香について説明し、おまえが自分の意思で護りを探す気になるまでは、俺じゃない方がいいと。だが、使いが俺である必要は、ラシャも認めた。だから、暗示をかけて俺を寄越したんだ」


 浩司の視線がキノに向けられる。キノはしばらくの間、無言のままその(ひとみ)を見つめた。ベッドから降り、浩司へと近づいていく。

 二人の間の距離が30センチ足らずになったところで、キノは足を止めた。


「浩司である必要…希由香なら浩司のために何でもするから、私もってこと? 今でもそうだって、言い切れるの?」


「…何があっても、あいつは俺を愛し続ける。おまえにはわかるはずだ」


 二人の視線が絡む。先に逸らしたのは、キノの方だった。深い溜息(ためいき)をつく。


「聞きたいことが、いっぱいあるの」


「わかってる。向こうで話そう」


 キッチンに入ると、浩司はドアの近くの椅子に腰を下ろした。


「コウの時の記憶はあるのね」


「一応は、俺だからな」


 キノがコーヒーを煎れる。その間、浩司はぼんやりと宙を見ていた。その()は、むこうの世界の風景を映しているかのように遠い。


 キノは浩司の()に闇を見る。夢の中で希由香の目から見たのと同じ、悲しみの深い闇。コウの()と違い浩司のそれは、同一のものでありながら、まるで異質に見える。キノと同じ、黒い(ひとみ)。ただしそこには、見てしまった何かが作る暗い闇がある。

 キノの置いたカップを手に取り、浩司が微笑む。


「お互い、本当の自分で会うのは初めてか。コウとして見てたかぎり、おまえはいい女だな。俺は…ろくでもないが」


 浩司と向かい合って座ったキノが、眉をひそめる。


「どうしてそんなこと言うの?」


「夢で見て、俺を知ってるだろう。希由香を散々傷つけた。何であいつが俺を嫌いにならないのか、不思議に思わなかったか?」


何故(なぜ)惹かれたのかはわからないけど、嫌にならないのはどうしてかわかる。愛してたからよ。傷つくよりも何よりも、浩司がいなくなることの方が怖かった。いなくなってからの希由香がどう思ってるか、私はまだ知らないけど…」


「おまえには悪いが、思い出してくれ。どうしても護りを見つけたい」


「ラシャのため? リシールだから? 希由香は、浩司が何者か知ってたの?」


 浩司の表情が暗くなる。


「俺さえ知らなかったのに、希由香が知るはずないだろう。あいつといる頃は、ラシャもリシールもほとんど知らずにいたんだ」


「でも、今は知ってる。それに、浩司は継承者なんでしょう? その力に、気づかないでいられるものなの?」


「ラシャで覚醒(かくせい)するまで、継承者の力は使えない。俺は、半月前に初めてラシャに行った。そして、希由香が発動した護りのことを聞いた。あいつが意識をなくし、リシールのところにいる理由(わけ)も」


「希由香は…リシールの家にいるの?」


「むこうの世界のな」


「ちょっと待って。頭が混乱する。よくわからないよ。どうして、浩司は自分がリシールだって知らなかったの? どうして、今頃知ることになったの? それは、希由香が護りを発動したことと関係あるの?」


 一気(いっき)にそう言うと、キノは息をついた。浩司は考えるように目をつむり、深い溜息(ためいき)とともに開く。


「おまえには知る権利があるな。曖昧(あいまい)なところもあるが、順を追って話そう」


 キノは煙草に火を点けた。浩司が伸ばした手を見つめ、それを渡す。


「煙草、吸うのね」


「…たまにはな」


 浩司は、深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出した。


「131年前、力の護りを持ち出したのは、ラシャの者の一人だった。彼は護りを手に、無の空間へと身を投げた。無の空間とは、ラシャと地上それぞれの世界を繋ぐ道のことを言う。そこを開く際、ラシャの者が地上から戻るには夜明けであるだけでいいが、ラシャから降りる時には、出口となるリシールの中空の間に継承者の力が必要だ。どっちから行くにしろ、道が完全に開いていない時に入るのは危険だ」


「もし入ったらどうなるの?」


「どこにも出られない。戻ることさえもな。何かの弾みで道が開けば抜け出せるかもしれないが…無の空間は、文字通り何もないところだ。道の通じていない時に入り込んだら、人間ならすぐに死ぬ。ラシャの者であれば、力の(かたまり)として少しは存在していられる。だが、長くは()たない」


「死んじゃうの?」


「ラシャの者の感覚でいうと、消える(・・・)だな。飛び込んだその者は知っていたはずだ。自分を無に(かえ)してまで、ラシャから護りをなくしたかった…その理由はわからないが」


「でも、護りは…」


「そうだ。ヴァイに存在する。しかも、しばらくの間、鏡は彼の姿を映していた。つまり、祈りを与え発動させていたことになる。無の空間でだ。今はもういないが、かなりの力を持つ者だったんだろう」


「どうして、護りはヴァイに?」


「そのラシャの者が護りとともに無の空間にいる間に、ヴァイの出口がほんの短い時間だけ開いた。恐らくその一瞬の(すき)に、エネルギー体であった護りはヴァイに解放され、やがて石になり地に着いたんだろう」


「誰かが開けたの?」


 キノのその質問に、浩司の()がほんの一瞬暗くなる。


「当時、ヴァイのリシールでシェラという女がいた。継承者だったシェラは、その時10人ほどの一族の者とともに中空の間にいた。さっき見ただろう。どの世界の、どこの中空の間もほとんど同じだ。部屋の中央に石の溜池(ためいけ)のようなものがある。そこが、ラシャと世界を繋ぐ道の入口であり、出口だ。使う時以外は、ただの岩だがな」


 キノは、湶樹のところで見た洞窟を思い浮かべる。


「ラシャからの要請、あるいは許可なしに道を開くことは禁じられている。もちろん、片側だけの力じゃ道は正常に通じない。だが、シェラは、無の空間に落ちたそのラシャの者の意識を感じ取り、開けちまった。どうなるか考える前に、反射的にな」


「どうなったの?」


 浩司の()が、再びその闇を深める。


「その時中空の間にいたシェラを除く全ての者が、無の空間に吸い込まれ亡くなった。その中には、シェラの母親と妹もいた」


 キノが息を飲む。


「何で、彼女だけ無事に?」


「…わからない。本人にもわからなかった。わかったのは、自分の(あやま)ちで愛する家族を、一族の者を死なせちまったという事実だけだった。ラシャも、ともに中空の間を守っていたリシール達も、シェラを責めも罰しもしなかった。継承者としてのシェラの力が必要だったからだろう。だが…シェラは自分を責め、悔いた。気が狂うほどにな」


「…それで?」


「自分の存在を消そうとした。継承者としての使命より、ラシャへの忠誠より、良心の呵責(かしゃく)の方が大きかったんだ。だが、リシールは自分自身も含め、リシールの血を引く者を殺すことは出来ない」


「それは…信仰として?」


「実際にもだ。命を奪う可能性のあるその行動を起こす一瞬前に、一時的に意識が失われる。何度繰り返そうとな。飢えや呼吸困難なんかにも、自分から(おちい)ることは不可能だ」


 キノは黙って先を待つ。


「自分の命を断つ代わりにシェラが選んだのは…愚かなものだった。継承者である者のすることじゃない。その時のシェラの精神状態は、普通じゃなかったんだろう」


 浩司は乱暴に煙草を揉み消し、新たに火を点ける。


「シェラは一族から、ラシャから、姿を消した。そして、持てる力の全てで自分に呪いをかけた。誰も愛さず独りで生を終え、自分の血を絶やす、その苦しみをと」


「それが呪いなの?」


「時が来るまで死ねないシェラが、自分に与えた罰だ。リシールの、特に継承者の生命力は強く、寿命以外で死ぬことは少ない。肉体的な限界はあるが、身体に損傷を受けても、高まる治癒力がそれを治す。頭をぶち抜かれたり、首を落とされたりすれば別だがな。そして、普通の人間より数倍強い種の保存本能を持つ。簡単に言えば、自分の子孫を残すための欲求が強い。だが…その血は女にしか残せない」


「…少しだけ聞いたよ。男は…子孫を残せないって」


「そうだ。男にも本能はあるが、その能力はない。理由は知らないがな。女も、必ずリシールの子を生むわけじゃない。種を絶やさないための本能を持ちながらも、増え過ぎはしないようにリシールとして生まれる者は制限される。矛盾してるがそういうことだ。そのリシールの本能を無視したシェラの呪いは、効いたと思うか?」


「継承者の力とリシールの本能…どっちが強いの?」


「結果からすると、両方だな。シェラの呪いは、誰も愛さずその血を絶やすこと。リシールの本能はそれを凌駕(りょうが)し、呪い自体も…シェラの意図したものから残酷な変異を遂げ、成立した」


 キノが()で問いかける。


「シェラはある男に出会い…彼を愛しちまった。あれから5年後、23歳の時だ。力の全てを使ってまでかけた呪いは効かなかったのか。そんなはずはない。けれども、腹に子供まで宿した。そして、彼が死んだ。原因らしい原因もなく、突然な」


「どうして…?」


 浩司がキノの()を見つめる。


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