7日目. フランス大統領おもてなし計画(仮)
「で、どうだ? 女狐を懲らしめる方法は浮かんだか?」
帰りの電車の中、店長は僕に問いかけてきた。
「いえ全然。というか、変な言い方するの止めてください」
「そうか……だが、あと半月あるし秦野くんなら大丈夫か」
「そう言ってプレッシャー与えるのも止めてください。あとそのスルースキルはさっき使って欲しかったです」
さっきとは、まあ色々あったのだ。
「しかし、観光地と言っても東大寺や法隆寺じゃ目新しさが無いですよね」
「だからと言ってマイナーな観光地に行くのも違うだろう。なにせ、今回の相手はあのマイロン大統領だからな」
「そう考えると奈良って思ったよりも観光地が限定されますよね。地元なのであまり言いたくはないですけど」
「それは分かっている。そこから何とか秦野くんが大統領に喜んでもらえるか搾り出すんだ」
「……なんでそこ強調して言ったんですか?」
予想は大体ついているが、その予想が外れることを祈って店長に問いを投げかける。
「私と伏見が一緒にいると戦争になるからな、あとは君に全面的に任せる」
「それは店長が我慢すればいい話なのでは……」
しかし、僅かな希望も虚しく砕け散り、代わりに巨大な責務が上から降り注いできた。というか注がれた。
「私があいつと同じ部屋で戦わずにできると思うか?」
「そんなこと自慢げに言わないでください。だから店長が我慢すれば……」
「秦野くん、これは店長命令だ」
「……え?」
「ネタ探しならいくらでも手伝ってやるから、その分思いっきりやってくれ。頼むぞ?」
「はぁ……分かりました」
ということで仏大統領おもてなし計画(仮)は僕1人で進めることとなったとさ。めでたくないめでたくない。
※ ※ ※
その後店長と別れ、自宅に到着したのは平日の帰宅時間よりも早い午後六時だった。休日出勤万歳だ。
あと明日は月曜日だが、僕には特別業務があるので通常業務の方はしなくてもいいと店長命令が下ったので明日は自宅勤務だ。店長命令万歳だ。
ひとまずレトルトコーヒーを手にソファへと腰掛け、今後の方針について思考を巡らせる、がそれより少し前にインターホンが鳴った。
「はーい」
「すいませ~ん。白猫宅急便で~す」
どうやら宅急便らしい。僕は荷物を受け取りにシャチハタを取って玄関へと向かい、そのまま荷物を受け取った。
荷物片手に室内へと戻るついでに郵便受けを確認したところ、広告の間に1枚の手紙が挟まっていた。差出人は不明だったが、この荷物といい、手紙といい、もう予想はつく。
手紙を開くとまず可愛らしい丸文字が目に入った。そしてその内容だが……。
『ヒロユキへ 私、メリーさん。大阪からこの手紙を出しているの。大阪に来た理由? またお父さんの仕事のついでなの。でも、すぐに東京に帰ったから一日しか遊べなかったの。その代わり、大阪の美味しいものは一通り制覇してきたの! 粉もんはやっぱり大阪が一番なの! あ、お土産は少し有名なケーキ屋さんのケーキを送っておくの。2日後くらいに着くからもう少し待っててなの!』
そのケーキ屋うちから徒歩5分なんだけど……まあ高いしありがたく受け取ろう。
ちなみに荷物の正体はずんだもちだった。やはり定番のお土産であるだけあって非常に美味しかった。
あと、礼を言おうとメリーさんの家に電話したら家政婦の人に「お嬢様は今ここにはいらっしゃいません」と言われた。また日を改めて電話することにしよう。
とりあえず、そのことは後でするとして、僕は淹れてからすっかり時間がたって冷めてしまったコーヒーをすすりながら計画の思案へと舵を傾ける。
まず、奈良と京都に午後六時まで、かつ帰りは京都駅なので奈良観光は実質午前中のみ。つまり奈良南部の吉野や十津川方面への観光は不可能、したがって北部観光のみだ。
奈良の観光地と言われて、真っ先に浮かぶのは奈良公園だ。公園内には興福寺、東大寺、春日大社などの世界遺産や猿沢池、浮身堂などの名所があり、何より鹿がいる。鹿せんべいを持つと周りに群がってくる光景は、現地民からすればもはやお馴染みで、東大寺の大仏は言うまでもなく奈良の代名詞、興福寺の阿修羅像は世界的にも有名だ。
次に出てくるのは斑鳩の法隆寺だ。七世紀初頭に聖徳太子が創建し、現存する世界で最も古い木造建築としても有名な世界遺産で、柱にはエンタシスという古代ギリシャでも用いられた技法が施されている。中でも五重塔の構造は東京スカイツリーにも用いられている。
他にも平城宮跡、薬師寺、唐招提寺、元興寺の世界遺産チームや稗田阿礼縁の賣太神社、神剣を祀る石上神宮、三輪山を御神体とする日本最古の神社、大神神社など、挙げるだけならば枚挙に暇がない。
しかし、この中から大統領が気に入ってくれ、かつ午前中で回れる観光地となると……。
※ ※ ※
「んで、出社しなくてもいい秦野くんが何で来てるんだ?」
「……アイデアが出ません」
日は変わって、今日は2月10日水曜日。三日三晩考えたものの結局アイデアが出ず、僕は気分転換に出社するという一般社員ならば即クビになるレベルの暴挙に出た。
僕に仕事を押し付けた店長はというと、普通に、至って普通に仕事していた。
「秦野くんがそんなに困るなんて珍しいな。よし、手伝ってやろうか?」
「これ、もともと僕と店長の仕事ですよねそれを僕に押し付けたんですよね?」
「すまん秦野くん、急用を思い出した。水本君、秦野くんの手伝いをしてやってくれ」
何となく普通に仕事している店長に腹が立ったので食い気味に質問すると、店長は反射鏡を水本先輩に向けてその質問を回避した。
理不尽なとばっちりに流石の水本先輩も反撃するが、店内では『鉄拳宰相』と呼ばれている彼女に平社員の水本先輩が勝てるはずもなく……。
「えっ、ちょ、何で俺なんですか店長!?」
「……やるな?」
「……はい」
「それじゃあ、後は頼んだ。私は航空会社と交渉に行ってくる」
あっけなく撃墜した。
店長は交渉のためにすぐに出て行ってしまったが、店内(というより店員)には深い傷跡を残していった。
「……秦野……今日の夜は空いてるか?」
「空いてますけど……」
「……今夜は飲むぞ。俺の奢りだ」
「あ、分かりました」
その瞬間、僕はすべてを察したが、今の状態の先輩には流石に「NO」とは言えなかった。
その後、酔いつぶれた先輩をタクシーで自宅まで送り、家に着いてからメリーさんからの不在着信に気が付くのは草木も眠る夜中の3時のことだった。
……なんだかデジャブ感が凄いな。
案の定遅れてしまいすいません。
タイトル詐欺と言われても仕方のないレベルで旅していませんが、既にプロットは上がっているので気長にお待ちください、というより待ってくださいお願いします!
さて、次回は水曜日……と行きたい所なんですが、私用でまた忙しくなるので次回も日曜日になるかと思います。再来週からは更新ペースを上げるので来週だけは待っていてください!