6日目. 京奈合戦
読む前にまず一言。
この物語はフィクションです。よって物語の登場人物の主観は私がそう思っているわけではないので悪しからず。
「失礼します」
会議室の扉を開けると、スーツ姿の男性が3人、女性が1人の計4人が既に席に着いていた。
「おお、よく来ましたな。ひとまず席にお座りください」
黒髪で眼鏡をかけた男性に促されるまま、僕たちは彼らとは対岸にある席へと座った。
黒髪眼鏡の男性の隣にいる男性二人が、おそらく外務省の職員だろう。そして後ろに控えている女性は十中八九秘書だろう。何故ならば……
「改めて、外務大臣の仲夢と言います。以後お見知りおきを」
彼が日本の外務省のトップ、仲夢譲二なのだから。
※ ※ ※
「大臣、この度はこのような機会にお誘いいただきありがとうございます」
「いやいや、むしろこちらの方が礼を言いたいくらいですよ」
「一応お名刺を。私、STB奈良支店長の野村と申します」
「同じく、STB奈良支店の秦野です」
「では私が」
そういって出てきたのは仲夢大臣の左隣に座っていた白髪の男性だ。
「今後、こちらの担当になる外務省の道下といいます。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
優しげなその瞳には、何か他の事を見透かしているかのような気配を感じた。が、それは一瞬、すぐにその気配は滅却した。
お互い名刺交換をし、軽く社交辞令を済ましたところで本題へと切り込もうとした、が。
「失礼、もう1組相席してもよろしいですか?」
その試みは後ろからの声に遮られた。
後方の扉には、スーツ姿……ではなく何故か朱色を基調とした着物を身に纏った女性が、男性一人を連れて会議の場へと入ってきた。
「おお、そちらもよく来てくださいましたな、伏見さん」
「いえ、前回の節はお世話になりました、仲夢大臣」
大臣と握手を結び終えた京都弁を話す着物姿の女性は、店長の隣の席に腰掛けた。
「あら、伏見さんじゃない。久しぶりね」
「あら、そちらは野村はんやないの。影が薄いので見逃してもうたわぁ」
「そう、こっちもあなたの見た目の所為で目が腐るかと思ったわ」
「ふーん……」
「へぇ……」
……なんか空気が重たいぞ。
「店長、彼女は誰ですか?」
「……伏見暦美。STB京都支店長で、私の同期よ」
「あらあら、わざわざこなたの紹介をしてくださって、おおきに」
「ほんと、世界で一番無駄な時間を過ごしたわ」
「うふふふふ」
「あはははは」
「「はははははははははははははははははははははは」」
そして、どうやら店長と何やら因縁がありそうだ。……頭が痛くなってきたぞ。
※ ※ ※
一部のせいで険悪となった雰囲気のまま、会議は始まった。
なお仲夢大臣は「少し公務が残っているのでお先に失礼します」と言葉と道下さんを残して、会議開始前に帰ってしまっている。
そして、その会議が当然順調に進むはずもなく……。
「マイロン大統領は21日に関西国際空港に到着後、矢部総理と会談、そして22日に京都、奈良観光となっています。午後6時半の新幹線に乗って東京へ向かうため、午後6時には京都駅着です。何か意見はありますか?」
「ねぇ、道下さん? 奈良なんて古びた街なんて行かへんで、いっその事京都観光だけにしよし?」
「いや、それは……」
「道下さん。こんな京都の女狐の話なんて話半分に聞いた方がいいですよ。京都なんて奈良のパクリばっかりなんですから」
「いや、だから……」
「ほう……随分と言ってくれますなぁ野村はん」
「あんたもな、伏見さん」
はい、見てくださいこの惨状を。店長と伏見さんが奈良と京都を使った代理戦争を行うという状況に、道下さん、伏見さんの付き添い人までもが頭を抱えている。
「奈良なんて鹿と大仏だけのしょうもない街でしょう?」
「京都こそ、結局東京に首都を盗られた没落都市でしょう?」
「上京という言葉は昔は京都に使われたんどすがなぁ」
「今では上洛という言葉があるのに、京都人も大したこと無いな」
「……言うてくれはりますなぁ」
「そっちもね」
しかし、頭を抱えただけでこの状況が快方に向かうはずもなく、
「大仏なんて鎌倉にも、もちろん京都にもおわします。それに比べて京都は他の街にはない風流が、いうなれば趣のある街なんどす」
「奈良には古くからの伝統があります。それはもう、京都とは桁が違う歴史が詰まっているんです。それを古臭いと言う京都人の感性が分かりませんな」
「あら、私は古びたって言っただけなのに古臭いって聞こえたんどすなぁ、かんにんかんにん」
「ほう……喧嘩なら買いますよ、伏見さん」
「あら、京都のもんは喧嘩なんて野蛮なことはおわしまへん。奈良のもんはえらい野蛮なんどすなぁ」
「ちょ、ストップストップ!」
間一髪のところで僕と伏見さんの付き添い人が割って入る。
「店長、落ち着いてください」
「伏見店長も落ち着いて!」
「大丈夫だ秦野くん。全部あいつの所為だからな」
「山科くん、こなたは十分落ち着いています。でも、野蛮な奈良のもんはかなんなぁ」
と、持ち直したのもつかの間、伏見さんの煽りを店長が買ってしまった。僕は店長が殴りかかりそうになる寸前で何とか止めた。
「離せ秦野くん。私はあいつに一発入れんと気が済まない」
「だったらせめて暴力以外でお願いします」
「……ふん。命拾いしたな、伏見」
そのまま店長は会議室を出て行ってしまった。
僕はさっきまで空気に徹していた道下さんに「後日、案を持ってきますのでそのときはお願いします」と一声かけ、店長の後を付いていく。
すると、会議室を出たすぐに声をかけられた。振り返ると、それは伏見さんの付添い人である男性だった。
「すいません、うちの伏見がこんなことにしてしまって」
「いえ、うちの野村も喧嘩腰でしたので」
「しかし……伏見店長は実力は確かなんですが、如何せん京都愛が強すぎまして……本当に申し訳ありません」
「そんな……野村店長も奈良愛が強いですから、そこで衝突が起こったのでしょう」
『それだけが理由じゃないと思うが』という言葉は胸のうちに秘めておく
「これからも付き合いがあると思いますので、私、STB奈良支店の秦野といいます」
「あっ、あなたが秦野さんなんですね。噂には聞いてますよ」
「……噂ですか?」
「申し遅れました、STB京都支店の山科といいます。これからもどうぞよろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いします」
山科と言った好青年は「それでは」と言うとすぐに会議室へと戻ってしまった。
「秦野くん、早く行くぞ」
「すいません、今行きます」
それにしても……噂か。
何かそんなのあったっけなぁ……。
お互いの県を散々罵り合っていますが、私はたまに観光に行く程度には両方好きです。
あと、京言葉、難しいですね。美しくて聞く方は好きなんですけど話すのは無理です。伏見さん凄いなー。
今週は少し忙しくなるので、もしかすると水曜に出せないかもしれません。仮にそうなった場合は「こいつサボりやがったな」とでも思っていただければ幸いです。