4日目. パリといえば紅茶? いえいえ、コーヒーです。
「やあ、久しぶりだね〜、って痛い!」
とりあえず奏音のしてやったりという顔が気に食わないので脛を蹴っておく。これで恨みっこ無しだ。
「ヒロ! いつからこんなに乱暴になったのよ〜!」
「お前もさっき後頭部にヴィトンのバッグぶつけてきただろうが。チャラだチャラ」
一応こいつについて説明を。結崎奏音、子供の頃からの友達もとい幼馴染。なんか今はバックパッカーをしていて世界中を回っているらしい。どっから出るんだよそんな金。
「で、何で空いてない店を待ち合わせにし たんだ? 理由が無いなら帰るぞ」
「一番近かったから〜! ごめんね〜!」
「うん、帰るわ」
てへぺろ♪とでも聞こえてきそうなその仕草に、思わず手が出そうになったが我慢だ。流石に人目のあるところでは殴ってはいけない。……さっきのは報復だからセーフね。
踵を返して帰路に着こうとしたが、左足に強烈な重力がかかって動けない。見れば、奏音が必死の形相でしがみついていた。それはもう、鼈も引くレベルで。
「そんなあああ!」
「泣くな暑苦しい」
「ちょっとでい〜から〜! ここのコーヒー奢るから〜!」
「どうみても店閉まってるだろ。あと重いから離せ」
「大丈夫だもん! ここ私の店だもん!」
「だから店閉まって……は?」
看板の端を良く見ると、隠れ○ッキーばりの小ささで『喫茶KANON』と書かれている。……早く言えや。
※ ※ ※
「はい、ど〜ぞ!」
「……うん、ありがとう」
店内は今流行の曲……ではなく5、6年前に流行ったバラード曲が流れ、竜宮城のようなゆっくりとした時間が流れている。
わずかに埃の被ったカウンターに置かれたコーヒーからは香ばしい香りが漂ってくる。そのコーヒーを挟んで椅子に座るのが僕、ネルへと湯を落としているのは奏音だ。
僕はスーパーで買ってきたロールケーキ(税抜き360円)を切り分けながら、コーヒーをすする。
「……美味いな」
「そうでしょそうでしょ〜!」
「自分で肯定するのか……」
美味いことに変わりは無いがな。悔しいが、僕の趣味で入れるコーヒーより全然美味い。
2割くらい飲んだところでソーサーにカップを置いた。陶器同士が当たる音が少し鳴る。
「それで、今日のネタって何?」
「え〜? 何それ〜?」
「やっぱ帰るわ」
「わー! ストップスト〜ップ! これ、これだから帰らないで!」
そういうと、奏音は慌ててファインダーを取り出して俺に渡した。
「最初からそう言えば良いのに……」
「だって〜、ヒロをいじるの楽しいんだも〜ん」
「いじれてないし、むしろカウンターをもろに食らってるだろ……ありがとう」
渡されたファインダーの中には『フランス パリ近郊』と書かれ、その下にはカフェやレストランの名前、料理、値段、味などが事細かに記されている。驚きなのが、おそらく隠し味である調味料まで逐一書かれている。料理人涙目だな。
そう、僕は仕事(?)の都合上海外にいることの多い奏音に、現地の料理店を調査してもらっているのだ。僕は観光ガイドにも載っていない情報を(ほとんど)タダで入手でき、奏音は料理を堪能できる。まさにwin-winの関係だ。
「毎度毎度えげつねえなあ……これ全部食ったのか?」
「食べたよ〜。3週間くらいかかったけど」
対する料理数は500以上。化けもんだわこいつ。
「よく太らないよな。体重いくつだっけ?」
「いや、言わないよ〜? たとえヒロが幼馴染だとしても言わないよ〜?」
「ふーん。大体50キロか」
「何で分かるのよ! ……あ」
「ふーん。そうなんだ〜」
「今凄いヒロの頭に熱湯かけたいんだけど」
「んじゃ帰るわ」
「逃げるな!」
首根っこを掴まれ、そのままズルズルとカウンターへと引き戻される。痛い、主に首が。
「なんかないの? 面白い話」
「特に無いよ」
「ほんとに〜?」
ジト目でジーッと睨んでくる。何だか小動物みたいで可愛らしい。
「あっ、あれ話したっけ? メリーさんが家に電話かけてきた話」
「聞いてないよ〜。メリーさんが家に電話かけてきた話なんて〜」
「話し方に悪意しか感じないが……まあいいや」
※ ※ ※
とりあえず、ここ1ヶ月の電話について洗いざらい伝えた。その返答は
「うん、やっぱりヒロってロリコンなんだね〜」
どうしてそうなるんだ。
「これ、弘行の妄想でしょ〜? 昔からヒロってそういうところあるよね〜」
「いや、違うからな? あと、昔から妄想癖があるように言うのはやめろ」
「でもさ~、ヒロって昔から小さい子が好きだったよね。ほら、私が7歳のときにさ~」
「お前が7歳のとき僕も7歳だからな? 僕は決してロリコンじゃないからな?」
「過度な否定は肯定と取られかねないよ〜?」
「いや、過度ではないだろ……」
というか彼女とは今日だけでこの話を4周はした気がする。連続王手の千日手で負けだぞ奏音。
「で、冗談抜きに話すとさ、結局彼女は何がしたいんだろ〜?」
「さあ? 彼女に直接聞いておこうか?」
ここでの彼女はもちろんメリーさんのことだ。
「妄想なんだし今考えたら〜?」
「……お前冗談抜きって言ったよな」
「あはは〜! 冗談冗談〜!」
……何だろう。素直にコイツのことぶん殴りたい。
そんなオーラが漏れ出したのか、奏音はカウンターの裏へそそくさと逃げてしまった。危機察知能力の高いやつめ。
「で、本当に何がしたいんだろうね〜」
「それさっき聞いた。あとカウンターから顔出せ、僕は何もしない」
「だってさっきのヒロの雰囲気怖かったんだもん」
「そりゃロリコンって連呼されたら誰だって怒るだろ」
「それもそっか〜」
分かってるなら止めていただきたいが、多分そのことは知ってていじってるんだろうなあ……幼馴染ってこういうのがあるから辛い。
「どうしたの溜め息ついて」
「カノは俺のこと分かっててやってるよな絶対そうだよな?」
「やっとカノって呼んでくれた~!」
「え?」
「ねえ、私はずっとヒロって呼んでたのになんでヒロは私のことカノって呼んでくれなかったの?」
「ごめん、今の今まで忘れてたわ」
「ふーん」
本当に忘れていたので睨むのは止めて欲しい。あと、持ってる鍋もできれば下ろしてというか怖いから止めて下さいお願いします。
「でも、全く心当たりが無いんだよな」
「なんかないの? 児ポル法にでも引っかかってな〜い?」
「そろそろ本気で怒るぞ?」
「そうかーなんにもないのかー」
「お前……」
もうコイツの矯正は諦めよう、そうしようそうしよう。
「なんかあったらまた相談するわ」
「え〜、もう帰るの〜?」
「言っとくけど今もう5時半だからな?」
昼飯もろくに食べず、6時間以上駄弁っていたことになる。そういえばお腹すいたな……。
「そっか~、1週間はここにいる予定だからまた来てね」
「用があったらな。それじゃ」
ドアベルを鳴らしながら外に出ると、既に日は赤くなり始めていた。さて、帰りに何か食って帰ろうかと国道を目指して歩き始めようとしたのと同時にスマホのバイブが鳴った。画面には『店長』の文字が。
「もしもし、秦野です」
「そんなのは分かってる。緊急事態だ。今すぐ店に来い」
「あのー、僕まだ昼食食べてない」
「早く来い。以上だ」
ブツン。
ツーツーツー……。
……もう何なんだよ。
コーヒーのネルドリップって皆さん分かりますか? 興味があればググってみてくださいね。
次回から新展開です。メリーさんは……乞うご期待。




