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45日目 酒飲みは甘い物が苦手

毎度毎度不定期投稿です。

 丘野が入社して二日。今日も彼が相変わらず優秀な人材であった点以外には特に特筆することも無く終わった。それにしても本当に優秀過ぎて何も教えることない。流石(?)丘野。


 ついでに水本先輩が早めの夏休みを取ったが、あまり仕事量に変化は無いので深く掘り下げなくても良いだろう。


 彼の行動に逐一感心しながら仕事を済ましていると、時計の長針がいつの間にか240度ほど回っていた。


「お先。後は頼んだ」

「おう、お疲れ」


 同僚の空返事を背に、自販機でブラックコーヒーを二本買ってから荷物をまとめる。


 きっかり定時でタイムカードを切ってから職場を出ると、長い髪をたなびかせ、いつもよりきっちりとした黒のパンツスーツを身に纏った店長が外でタバコを吸って待っていた。


「お疲れ様です」

「ああ、お疲れ。遅かったな?」

「そんなことないでしょ……」


 事実、今日は丘野の教育に当てるはずだった時間がほぼ必要無くなったのでサクサク仕事は終わった。一日で接客を完璧にできるとは化け物か。


 定時丁度に退社したので、そこまで遅い時間であるということもないはずなのだが……店長は首を横に振った。


「いや、少し遅いな。三十分ほど待ってしまった」

「なら少しくらい財務処理手伝ってくださっても」

「私は上司だからな。部下の力を伸ばすのが仕事だ」


 あぁ……文面だけ見たらダメな上司だ……。


 勿論、この人はこの人で忙しいのは理解しているのでそこは黙っておく。


「店長は本社会議でしたっけ? 何か厄介事貰ってきてませんよね?」

女狐(伏見)と殴り合った以外は何もないな」

「Oh……後で山科から話聞いておきます」

「心配するな。当たったのは右ストレート一本だけだ」

「しかも物理ですか!? てっきり口論だと思ってたんですけど!?」

「冗談だ。お偉い方の前じゃ流石に無謀なことは出来ない」

「外務大臣の前でやったあんたが言っても信用無いですって……」


 彼女たち例の同期組は、かつて仲夢大臣の前で口論という名のドンパチを繰り広げた前科があるのでどうも安心して気が置けない。後で山科と互いに電話口で謝罪しあう様子が目に見える。何でこんなに仲が悪いんだろうか。


 僕は缶コーヒーを渡すと、店長は「今日は割り勘だからな?」と言いながら受け取り、そのままポケットへしまった。そんな意図は無い。


 まだ五時台なので人がまだまだ多い商店街を歩きながら、目的の居酒屋までゆっくりと進んでいく。奈良とはいえ、流石に五時台で猫の子一匹いなくなることは無い。二時間ほど経ったならば保証が出来ないのが何とも残念な県だ。


 ふと気がついたのか、店長が前を向きながら尋ねた。


「そういえば、連続で帰るのが遅くなったりして姫は大丈夫なのか?」

「……知り合いに子守りを頼んだので問題無いです」


 それはその時確認して欲しかったです、という言葉が喉から出掛かったが何とか押さえ込んだ。危ない危ない。


 子守の代償(お礼)お菓子を奢ることを約束した奏音には「今じゃなくてもいい」って言われたが、かなり高いの買わされるんだろうな……。


「それにしても姫ってあだ名何ですか? いや、彼女に姫素質があるのは認めますけども」

「認めてるじゃないか」


 店長は苦笑いを浮かべながらコーヒー缶を開けた。それに合わせて僕も缶コーヒーを飲んだ。


「私はもう少し甘い方が好きなんだがな」

「次からは砂糖入り買います」

「砂糖は君の惚気話で十分だ」

「それは無いです。断じて無い」


 店長は快活な笑い声をあげた。いや、ないよね? ……ね?


「まぁ君が過保護に彼女を育ててるように見えるのでつい、な」

「逆に育てられているように見られなくて僕はホッとしてますよ……」

「見えなくはないな!」

「言わんでくださいよ……それは重々承知してるんですから」


 スパスパとした性格は好きだが、いざ自分に刃先が向くと中々心にくるものがある。

 気晴らしにコーヒーを喉を通すと、苦味が身体中へと広がっていった。


 話の話題を逸らそうと、近くにあった和菓子の店の話を振る。


「店長は和菓子とかだったら何が好きなんですか?」

「お? 何だ藪から棒に?」


 ただ話から逃げたかっただけなのでそう言われると説明に困る。


 あれこれ考えている僕の心中を察してくれたのか、店長は


「私は甘党なのでな、挙げろと言われたら法図がないが……やはり羊羹かな」

「意外ですね、てっきり酒ばっかり飲んでるから甘いのは苦手なのかと」

「その偏見はどうかと思うぞ?」

「……すいません。ちょっと僻見が過ぎましたね……」

「いやいや、酒で充分な等分を摂ってる人もいるからな。偏見って程じゃない」


 まあ私は甘党だがな、と店長は大笑していた。


 僕自身酒が飲めないので何ともいえないが、甘いものが好きな人がいるのも確かだ。


 しばし無言の空気が続いた後、ぼそっと店長が呟いた。


「……なあ秦野くん」

「はい」

「姫、じゃない。明梨さん、今幸せそうか?」

「……おそらく」


 彼女が我が家へ入門する前にどんな生活を送ってきたかは聞き伝えのみだけでしか知らないが、少なくとも一切笑っていないということはない。目新しい奈良の光景に目を輝かせ、ゆっくりとした大和の時を泳いでいる……ことを祈っている。


「秦野くん頬が緩んでるぞ」

「え、ホントですか!?」


 店長のほうを見ると、してやったりと言わんばかりの莞爾を浮かべている。これは、いっぱい食わされたな。


「彼女もそうだが、君も幸せそうで良かったよ」

「…………そっすね」


 小っ恥ずかしくなって残っていたコーヒーを一気に飲み込んだ。

 さっきまで苦かったはずのコーヒーが、今はやけに酸っぱく感じた。

今回はいつもよりゆっくりとしたペースで進めてます。

何か思ったことがあるならば感想の方へ書いていただけると助かります。


余談ですが、現在日本ではコロナによる自粛ムードが漂っており、それによって観光業界は大きな影響を受けている状況です。当然自衛のため、はたまた不可抗力によって旅行の中止を余儀なくされた方もいるかと思われます。


その点、小説ではウイルスの影響を受けることはありません。ましてや、無料で、いつでも、どこへでも旅が出来るものです。予定していた旅行の代わりになるとは到底言えませんが、少しでも気分を楽しんで頂けるよう執筆していきたいと考えています。


この騒動が収束した際には皆さんが旅行を楽しめることを心より願っております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 奈良の五時台思い出します。どこもなかったなーと懐かしさがよぎります。いつも楽しませてもらってます、
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