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43日目. 新人が入れば当然僕は先輩

『丘野友禅』の指導役は水本先輩になった。本来ならば僕のところを、九州視察があるため水本先輩が代役をかってでてくれた。


 本音を言うと、得体の知れない人物と同姓同名の後輩の面倒を見れる自信は億に1つもないのでありがたく変わっていただいた。後で水本先輩に借りを返さないとな。


 だが、中々どうして、『丘野友禅』は優秀だった。


 仕事は出来るし、気配りも出来る。新人なのに他の社員と遜色ないほどの働きぶりだった。


 ある時は、


「先輩、資料まとめ終わりました」

「おお、ありがとう丘野くん」


 またある時は、


「先輩、今回の顧客データ、不備があったので訂正入れておきました」

「おっと、すまないな丘野くん」


 有能すぎて僕の出る幕がない。いや、無い方が良いんだけどな?


 平常心をどうにか保つため、必死にタイピングしながら心を無にする。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……。


「先輩。この資料の配置が分かり辛かったので組みなおしておきました」

「お、気が利くな。ありがとう」


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……。


「先輩。お茶淹れました」

「おお、ありがとう丘野くん」


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……。


「秦野くん、終業時刻はとっくに過ぎてるぞ」

「……はっ!」


 気付けば8時半。メリーさんはもう既に家に帰っている時間だ。


 声のする背後へ顔を向けると、店長が呆れ顔をしながら缶コーヒーを飲んでいた。


「もう閉めるから早く身支度してくれ」

「はい……すいませんでした」

「何も謝ることじゃない。仕事をしてるのはむしろプラスポイントだ」


 差し入れだ、と缶コーヒーを渡してくれる店長。僕はありがたくいただくことにする。


「……生き返る」

「秦野くん……まだ死んでないだろう」


 仕事終わりの缶コーヒーは中々身に沁みる。店長のおかげで身体も心も幾分か温まった気がする。店長の冷たいツッコミも気にならない。ああ、気にならないったら気にならないね!


「何か悩み事か? 少しだけなら聞くぞ?」

「いや、悩みはないですけど」

「そうか。そんな気がしたんだけど気のせいか」


 店長や他の人に心配させるのはよくない。表情に出ていたのならば、次からは気をつけないと……。


「それはそうとして、早く家に帰ったほうがいいぞ」

「? 何でですか?」

「君のところの姫から相当連絡が来てる」

「え……も、もしかして良からぬことが」

「『早く帰ってきて』『ヒロユキは今どこですか?』『お腹すきました』と、さっきから数分おきに連続でな」

「あーーーー……」


 完全に失念してた……。おのれ丘野! ※完全にとばっちりです。


 それより、


「どうして店長に連絡が行ってるんですか?」


 僕の電話番号を教えているはずなので店にかけてくるのは殆どありえないはずだ。


「私のところというよりも、店のほうにだな。あとおそらくだが……秦野くん、君の携帯の電源が入ってるか?」

「それは当然――――あ」


 しっかり電源が切れていた。それはもう、ものの見事に切れていた。画面真っ黒だった。


「あーー……」


 やらかした。


 現在再起動中の携帯を見ながら、小声で店長に質問してみる。


「……どうしましょう店長?」

「私に聞かれても困るなぁ。それはそっちの家の事情だろう?」

「そんなぁ……店長の薄情者」

「ん? 何か言ったか?」

「イエナンデモナイデスゴメンナサイ」


 ほんとに何でもないので指をポキポキ鳴らすのはやめてください。あと拳骨落とす素振りするのやめてください怖すぎます。


 再起動を終えた携帯には、メリーさんからの不在着信が次々と送られてくる。


「ほら、秦野くん。電話だ」

「あ、すいません」


 店長から受話器を渡され、おそるおそる電話に出る。


「……もしもし?」

『遅いの』

「すいません」

『何で電話の電源入れてなかったの?』

「いつも仕事中は見る癖がないからつい……」

『ふーん……』


 ヤバい、ご立腹だ……。


『プリン』

「え?」

『プリン買って欲しいの』

「いいけど……」

『やったー! じゃあ待ってるから早く帰ってきてほしいの!』


 ブツンッ。


「……大変だな、秦野くんも。コーヒーもう1ついるか?」

「……ありがとうございます」


 仕事や丘野よりも、メリーさんの相手をするほうが何十倍もしんどいなぁ、などとわずかに灯っている蛍光灯を見ながらコーヒーを飲む。カフェインよりも早く、その温かさが身体をゆっくりとまどろみへと……


「秦野くん、早く帰ったほうがいいんじゃないか?」

「そうでした」


 いかんいかん……二度もメリーさんに怒られては敵わん。このままだと店長にも怒られるおまけつきだ。


 荷物をささっと詰め込み、店長に一礼してから外へ出た。まだ四月なのに、少し暖かな風が吹いていた。


「もう春だなぁ」


 そんな僕の呟く声は、静かな奈良の町ではよく響いた気がした。


半月に1回投稿する海ぶどうです。毎度遅くなってすいません。

ゆっくりですが、よろしくお願いします。

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