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41日目. それから

令和になって始めての投稿です。遅れてすみませんでした。

 もう見慣れた天井が視線の先にある。


「ん…………もう朝か……」


 顔に当たる日光の暖かさに意識を現実に引き戻され、僕は眠気眼を擦りながらベッドから体を起こす。自分よりも数オクターブ高い小鳥のさえずりが、窓の外から複数聞こえてくる。


 起きたらまず、ルーティンのようにコーヒーを沸かす。いや、「ように」は必要ないな。ルーティンだ。


「ヒロユキ、私は紅茶がいいの」

「はいよ」


 トースターで3分間180wで焼いた食パンにマーガリンを塗り、コーヒーと紅茶を添えて朝食の出来上がりだ。ちなみに味はいつも通り、美味しかったです。


 僕は今やっているニュースを確認するためにテレビをつけた。「春にしては暖かく桜が咲いている」「ここからの1週間は交通安全週間なので、運転には気をつけましょう」など、日本が平和であることをしみじみ思うほのぼのとしたニュースに、僕も穏やかな気持ちへなる、はずだった。


 だが、その液晶にはニュースなど比較にならないほど衝撃的なことが記されていた。


「……11時……だと……?」


 信じられないので一度洗面所で顔を洗ってくる。ついでに寝癖が付いた髪を直し、気づけば生えている無精髭を剃る。


 そういえば、鏡をまじまじと見るのは久方ぶりのような気がする。毎日のように見ている顔だったが、朝は髭を剃ってそのまま会社へ直行、時間がないときはそのままGO! ということばっかりだったので、自分の顔を観察する時間はなかったのだ。


 それにしても……


「もう29歳か、仕事してると月日が経つのは早いもんだな」


 新入社員としてSTBに入ってから既に11年が経過しているのかと、何だか感慨深くなってくる。


「私と会ってからはまだ1ヶ月しか経ってないの」

「ほんとにな。他の時期に比べても密度が濃すぎるわ」


 そして、11年間という時間を積み重ねた思い出を一瞬で塗り替えたのがあの出会いだ。冗談を抜きにして、本気でこの1ヶ月で11歳ほど老けた気がすると思う日もある。


 確かに、この1ヶ月は「無鉄砲」の豚骨ラーメンが白湯に感じるほど濃密だった。


 2月に彼女から初めて電話が届き、そこから半月ほど電話連絡が続いた。下旬には彼女と初めて会い、父親の同意を得て同居生活がスタートした。そして家を買い、さらに1週間ほど有給休暇を使い今に至る。いやはや、濃密すぎではあるまいか。


 そんなことを思案していると時間は驚くほど早く進み、気づけば当初の目的ではなかった髭剃りも完全に終わっていた。


 リビングへと戻ってテレビを確認するが、時刻は何ら変化がない。


「やっぱり11時か。……って仕事! 、は休みか……」


 11時。英語で言えばeleven o'clock。


 あまりにも遅すぎる起床に一瞬クビが飛んだ気配を感じたが、今日は日曜日、僕にとっては休みである。ほっと胸を撫で下ろし、コーヒーを口へと運ぶ。体の芯から温まるその温度で、だんだんと寝ぼけ眼だった僕の意識が覚醒してくる。


 さて、ここに来てもう1つ重大な案件を思い出した。


 私秦野弘行、やっとこさ家を買いました。それま2週間前に。


 有給が終わったあとにすぐさま本契約を済まして鍵を貰い、その翌日には家具も全部搬入してもらった。おかげでその日から通勤時間が40分短縮されたので概ね満足である。


 さらに言うと、谷四では職場の関係上絶対に出来なかったことが出来ることもプラスポイントだ。


「もーしーもーしー、ヒーローユーキー! わーたーしーメリーさーん! そろそろ構って欲しいのー!」

「あ、ああごめんごめん。無視してた訳じゃないんだ」


 と、ここで城主である姫からのお呼びがかかったので紹介する。


 仲夢明梨。通称メリーさん。7歳。


 日本の現外務大臣の娘にして、僕、秦野弘行の弟子。


 ついでに電話をかけると毎回「もしもし、私メリーさん」といって話を始める。今さっきは電話口ではなかったが、例外はあるということで。


 事情などは割愛するが、旅行業界の勉強をするためにわざわざ僕の家へと転がり込んできた――正確には僕自身が彼女の父に弟子にさせてもらえるよう懇願した――少女である。


「休みの日なのに寝てるのはよくないの! 早く遊びに行くの!」

「えー……先月行ったばっかだろ。それにちょっと今日は疲れてるんだ。ゆっくりさせて――」

「だめなの! これは弟子命令なの!」

「それ、おかしいことにそろそろ気づいたほうがいいぞ?」


 と言いつつ外出用の服へと着替える僕優しい。……はい、聞かなかったことにしてください。


「春日大社に東大寺! 少し遠出すれば法隆寺もある! こんな場所に引っ越せて私幸せなの!」


 あと彼女は俗に言う世界遺産マニアで、世界遺産のことになると息切れするレベルで饒舌になる。


 先日も、


「ヒロユキ! 大阪に世界遺産が出来たの!」

「百舌・古市古墳群だっけ?」

「そうなの! 大仙・仁徳陵古墳などの古墳群が世界遺産センターから登録通知を受け取ったの! 事実上の登録なの!」

「世界遺産検定受ける人は大変だな。また勉強する内容が増えて」

「それでも楽しければいいと思うの!」

「そうかもな」


 という話をしたばかりだ。メリーさんが非常に舞い上がっていたことが思い出される。


 前回行った法隆寺でもそのマニアっぷりは遺憾なく発揮され、宝物院の中で約1時間喋り通すという偉業(?)を成し遂げた。世界遺産についてはもう師匠超えてます。もう師匠いらないです。


 閑話休題。


「じゃあ行くか!」

「うん!」


 僕は荷物をまとめ、彼女と一緒に平日の奈良の町へと繰り出した。


 ※   ※   ※


 暖かい日差しの中、早春の大地に、木々の蕾が膨らむ季節――春。


 今日、私たち師弟は、奈良公園で、絶賛散歩中です。


「いやー、卒業の季節だなー」

「……どちらかといえば入学の季節じゃないの? 今4月だし」

「そのツッコミ、僕の胸が痛くなるから止めてください」

「ん?」


 いや、そんな「当たり前のことなのに何を言ってるのかしらん?」って顔止めて。帰りたくなるから!


 メリーさんはさっき買ったホットミルクティーをストローで飲みながら、近くのベンチへと腰掛けた。僕もその隣へと腰を下ろす。


 しかし……。


 ベンチに座ってゆっくりとした奈良の時間を過ごす。この光景ももう見慣れたもんだな。


 最近の日課で毎朝小1時間ほどここ、奈良公園へと散歩しに来るのだが、僕たちはその都度ベンチへと腰掛け、のどかな奈良の空気、ゆっくりとした奈良の時の流れ、草原の中で堂々と草を食んでいる鹿たちを眺め、そして感じている。


 引っ越してからまだ2週間しか経っていないのに感じるこの安心感は、普通ではありえないだろう。


 仕事の関係で県外へ長期出張した際、2ヶ月以上もその地へ滞在したが一向に慣れる気配はなかった。どれだけ辺鄙なところへ行っても、どれだけ都会の町を訪れても、今の安心感を味わうことは一切無かった。むしろ、「元の家に帰りたい」というある一種のホームシックになっていたため安心感とは真逆の感情が出ていた。


 ならば、何故今はこんなにも安心感に満ち足りているのだろう。


「ヒロユキー! こっちにもたくさん鹿がいるのー!」

「分かった分かった、今行くから」

「肩車もして欲しいの!」

「まったく……今日だけだぞ?」

「やったーなの!」


 ……いや、そんなことは考える必要はない。今が暖かければ、それでいいのだ。


 よっこらせ、とメリーさんを肩に乗せそのまま奈良公園を散歩する。何と気持ちのいいことなのだろうか。


 ベートーベンの交響曲第6番が暖かな奈良の空気へ響き渡る中、僕たちはただゆっくりした歩幅で、進み続けた。

1章完結です。ここまでありがとうございました!

そして遅れてすみませんでした。

さて、1章が終わりました。ですが、2章がまだあるんですよ! その後に3章も!……と節操のないことを言っております。

2章プロローグは早めに出す予定です。

今後も秦野とメリーさんの成長を暖かく見守っていただけると幸いです。

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