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39日目. 幼なじみと食う焼肉は当たり前だが美味い

「ほら、早く食べないと冷えるよ~」

「……どーも」


 網の上で肉が焼ける音、肉から出た油が炭へと落ちて吹き上がる肉汁の香りを纏った白煙、そして、仕事帰りであろうヨッパライの陽気な笑い声。


 今、僕は奏音と共に焼肉の街、鶴橋で絶賛外食中である。何の店かは言うまでもないだろう。


 あの後高速で仕事を片付け、店長と水本先輩のイジリを無視しながら定時に退社、その足のまま鶴橋へと向かった。鶴橋は自宅への帰り道であり特に困ることも無い。奈良から電車1本で鶴橋まで行ける近鉄はやはり神だと常々思う。


 重ねて今日の相手は幼なじみの奏音。会社の上司よりもよっぽど気は楽である。別のことで気を揉まなければいけないことは確かだが、犬も食わぬ上司の愚痴を聞くよりマシだ。


「すいませ~ん! 追加でビール2杯くださ~い!」

「さっきも思ったんだけど、お前もビール飲むんだな」


 てっきりカシオレなどを飲むのかと予想していたので、ビールを頼んだことが少し意外だった。


 奏音は何故か頬を膨らませて怒っている……と思ったら鼻で笑ってきやがった。何だこいつ。


「長い付き合いなのに、ヒロもまだまだだね~」

「でもそんなにお前飲まないだろ? 大抵ウーロンハイとか軽めの酒にするじゃん」

「そうだよ~」


 彼女は首を縦に振ったが、その回答は全肯定とは少し違っていた。


「でもね~、焼肉はやっぱりビールでしょ?」

「ごめん、全然分からない」


 奏音特有の謎理論。これには僕も頭をかしげる他ない。


 あと、僕は焼肉でもチューハイを余裕で飲める人種である。寧ろ酒を飲まないことも多々。


 ただ、脂っこい食事とビールとのマリアージュが非常に良いことは認める。実際、今日のビールは普段飲むビールにくらべると格段に美味しい気がする。


「えっと、このカルビと塩タンを2人前ずつくださ~い! あ、カルビはタレでお願いしま~す!」


 奏音の注文に、店員さんの活気溢れる挨拶が店内に響く。さっきまで僕と話していたはずの奏音は、いつの間にか肉へと関心を移していた。つまり『肉>僕』だ。……言ってて悲しくなってきたから止めよう……。


「はい、ビールです」

「あ、ありがとうございます」


 僕は受け取ったビールを奏音に渡すと、それはもう凄い飲みっぷりでビールを喉へと流し込んだ。思わず拍手しそうになるほど見事な飲みっぷりである。


 美味そうに飲むなー、と彼女の顔を眺めていたところ、奏音はこちらの視線に気づくと、眉間にしわを寄せてこちらを睨んできた。そしてカルビ(タレ味)を頬張った。ついでと言わんばかりにロース(塩味)も口の中へとほおりこんだ。……元から無い彼女の威厳がさらに無くなっていく。


「……何?」

「いや、ビール美味そうに飲むなー、って」

「な~んだ。なら普通に言えばよかったのに~」

「だな、今度からそうするわ。……いてっ!」


 何故かすねをハイヒールの先で蹴られた。蹴られたところがジンジンと腫れてきていることが分かる。要はめっちゃ痛い。


「……何で蹴った?」

「もう少し……いや、何でもない! えっと、フラストレーションをディスパージョンするため?」

「なるほど、つまりストレス発散のために、何の罪もない僕を蹴ったんだな?」

「そ、そう! イグザクトリ~!」


 彼女のしてやったり顔が異様に腹立つので、とりあえず報復に彼女が隅に寄せて取っていたミノを強奪して口の中へと入れる。独特の食感が口の中に広がり、噛み締めるたびに肉汁が溢れ出す。一言で言うと、美味い。


「あ! 私のミノ! ヒロ! それ私のやつなんだけど!」

「ストレス発散代だ! これでも普通よりは安いんだから感謝されても恨まれる筋合いはねえ!」

「でも! ……あ、ハラミありがと。ふむふむ、これも悪くない」


 僕の取り皿へ箸をかける奏音の猛攻を凌ぎながら、網から奏音の皿へと肉を置いていく。なお、値引きしてなければさらにカルビまで奪っていたところだ。肉を置いていることも合わせて、僕の慈悲深さに感謝していただきたい。


「で、今日は何の用で僕を呼んだんだ?」

「ふぇ?」


 奏音は首をかしげた。そもそもまだ口の中に食べ物が入っているときに質問していた。


「ふぇじゃないだろ……何か用事があったんだろ?」

「ふぇ~ほ、ほふへふぇひはふへへふぃふぁんはいんふぁ」

「すまん、今聞いた僕が悪かった。食べ終わってから教えてくれ」


 奏音が飲み込み終わるまで、僕は暇つぶし――ビールを飲んだり追加の注文をしたり――をした。といっても奏音はすぐに飲み込み終わったのでそんなに時間はなかったのだが。


「あのさ、ヒロのいう『メリーさん』ってどんな子なのかな~って」

「ん? そんなことで呼び出したのか?」

「そんなこととは失礼な! 私を出し抜……私の許可なしにヒロと勝手に住むのはどんな子なのかな!」

「何でお前の許可がいるんだよ」

「それはもういいの! で、どんな子なの!?」

「分かった分かったから一旦落ち着け周りの人も見てる!」


 急にまくし立てて質問してくる奏音に思わずたじろいでしまう。とりあえず肩で息している奏音にお冷を渡し、どう説明しようかと頭を捻る。


 別に疚しいことはないので包み隠さず言おうとは思うのだが、たまに変なものがメリーさんにとってのNGワードとして引っかかるのでじっくり言葉を選んでから話す。


 で、10分後。


「ふーーーーん……」


 何故か奏音が拗ねた。いみわかんない。


「他の女性の前で他の女の子の話をするんだー。ヒロってそういう男だったんだー」

「それかなり理不尽言ってる自覚あるか?」

「しらなーい」


 しかもいつも暢気に話す奏音が抑揚の無い話し方になっている。ほんとにいみわかんない。ただメリーさんが外務大臣の娘で、総合旅行業務取扱管理者の資格をとるために内弟子になったことを言っただけなのに。


「何で拗ねてんだよ。お前が言い始めたことだろ?」

「『メリーさん』のことずっと可愛い可愛いって気持ち悪かった」

「そ、そんなに言ってたか?」


 気持ち的には数回しか言ってないんだが……。


 そんな僕の懸念は他所に、奏音は手元のメモを僕の目の前に突き出してきた。何で今メモを持ってるんだ、という突っ込みは目の前の情報によってかき消された。


「何これ? ……って289回?! 嘘つくな! 僕はこんなに言ってないぞ!」

「私の数え方が間違えてるっていうの!?」

「当たり前だろ! 10分間でこれは言い過ぎにもほどがあるだろ!」


 単純計算で2秒に1回言っていることになる。本当なら念仏か何かである。そんな奴ならもう既に捕まっているだろ。


「と、とにかく! 今後は私の前で他の女の話をしないで!」

「んな理不尽な……」


 そんなに顔を真っ赤にして怒らなくても……。あとすね蹴らないで……。


 でもそんな奏音の顔は少し嬉しそうで、何だか楽しそうだった。


 奏音が怒っている姿を見て、彼女には悪いが可愛いなと思ってしまった。


 ※   ※   ※


「でね~、最近師匠がね~」


 奏音のおっさんじみた愚痴を、僕は三味線を弾いて対応する。さっきまでの可愛らしさはどこへ……。


 さっきから2時間以上経ち、日付もそろそろ変わるだろうかという頃……は言いすぎか。大体午後10時頃。


 奏音は完全に酒が回ってベロンベロンになっている。口調もいつもより数段ゆっくりになり、まぶたも重そうにしている。なのに滑舌はしっかりしているのはどうしてなのだろうか。やはり酒豪なのだろうか。


 ちなみに僕は最初のビールのみで後はアルコールを摂取していない。ビール2杯は両方奏音が飲んだのだ。やはり酒豪、うわばみであった。


 で、こいつが何の話をしているかと言うと、奏音の師匠――実際には彼女の祖父――が近頃お小遣いをくれないやら何やらの話をしている。もう社会人なのだからしっかりしていただきたい。


「あ、師匠といえばさ~」


 急に話題を振られ、半自動的にうなづちを打っていた意識を引き戻し、彼女の話へと耳を傾ける。


「ヒロ、あの子が試験に受かったらどうするの?」

「え……」


 奏音の言う「あの子」といえば十中八九あの子しかいないだろう。2時間前に自らの口で禁句だといっていた彼女の話を自分で掘り返しやがった。


 そして……彼女の質問に返す言葉が見つからなかった。俯いて何か言い返す言葉を捜すが、出てくるのは「何とかなるだろ」「そのとき考えればいい」などの気持ちのこもっていない言葉ばかり。


 ふと奏音の顔へ視線を向けると、さっきまでへべれけとしていた彼女はどこへやら、真面目な顔つきでこちらを射るように見つめていた。


「あの子、試験に受かったらヒロなんて必要ないじゃない。その後のこと、ヒロユキは考えてるの?」

週一ペースに落ちて申し訳ございません、お久しぶりです。

焼肉といえば鶴橋、鶴橋といえば焼肉ですね!行ったことないですが、いつか訪れて「今日は俺の奢りだから」なんて言ってみたいですね!

第1章も残り僅か、ゆっくりとですがどうぞよろしくお願いします!

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