38日目. 懐かしの職場
まず一言、遅れてすいませんでした!
受験生なので大目に見てやってください、お願いします。
久々に(といっても5日ぶりであるが)入った職場はすっかり衣替えし、今は年度末の旅行案内の旗が大きく入口を陣取っている。
裏口から入ると、そこには懐かしい顔が。
「おはようございます、店長」
「おはよう――――と、久しぶりに見る顔だな、秦野くん。 どうだ? 有給は有効活用できたか?」
「ええ。久々に奈良観光なんてしたんですが、それなりに楽しめますね」
「そうか、なら良いんだ」
店長はこちらにチラリと目線を入れたが、すぐさま自分の仕事へと戻った。彼女の手元には『九州視察』と書かれた……『九州視察』!?
目を擦ってもう一度見直すが、その表紙には確かに『九州視察』と大々的に銘打たれている。しかも前回のファイルの2倍はあろうかというおまけ付きだ。
これには流石に僕も顔を引きつらせた。この分厚さの企画書内の予定がゴールデンウィーク中に終わる? 冗談じゃない。余裕で半月は超える分厚さだ。
僕は昨日まで有給をもらっていたことさえ忘れ延命措置を取ろうとする。
「店長、忘れてたんですけどゴールデンウィークには色々と用事が」
「ん? ああ、あれは秦野くんに強制させているんじゃない。ただ、秦野くんの代わりは幾らでもいるからなぁ……」
だが、それを簡単に許してくれないのが野村店長、通称「鉄拳宰相」。流石に冗談とは分かるものの、結局は仕事を受け入れてしまう、ということをここ数年ずっと続けている。
もちろん例外はある。………………今までなったことはないが。
例にならって今回も渋々指令を飲む。何故か自然とため息が零れた。
「……これって1人で行くんですか?それとも誰かが一緒なんですか?」
気になって不意に聞いてみるが、返事はなかった。店長は何やら深く考えを巡らせている。
「店長?」
「ん? どうした、何かあったのか?」
「これって1人で行くんですか? それとも他の誰かが着いてきたりするんですか?」
「あぁ、それは1人だな。本社側も『あんまり経費は落とせないから食事は自費で。ついでに旅費も全額負担で』とのことだ」
「……流石に嘘ですよね? 僕家買ったばかりでそんなに余裕ないんですけど」
「………………………………」
「……店長、黙ったら真実味を帯びて怖いんです」
店長は再び黙った。かなり神妙な面持ちで。それが一層僕への恐怖を煽る。
というか本当ならば、一応大手企業なのにこの待遇はあまりにも酷くないか?
「もちろん冗談だ。良かったな秦野くん、君の分は全て会社持ちだ」
「良かった……。でも店長もからかわないでくださいよ……」
「すまんすまん、いつもの癖だ」
店長はカラカラと笑っているが、これ、される側の人間は生きた心地がしないので心当たりのある方は是非止めて頂きたい。
ともあれ費用が会社持ちなのは良かった。前金等で色々と払ったことに加えローンまで支払い、さらには旅行費まで払うとなると財布の厚さがとんでもなく薄くなり、懐が寂しくなる。
「そういえば秦野くん、もう新婚生活には慣れたか?」
「夫婦じゃないです」
ど う し て そ う な っ た 。
「そうか? 私には初々しい夫婦にしか見えなかったんだが」
「傍から見てもそうは見えないと思います」
もしそう見えていたならば、間違いなく僕はこの場にいなかっただろう。あーこわいこわい。
ちなみに話題のメリーさんは今日はいない。何でも「今日は実家に帰って近況報告するの!」といって朝一の新幹線で東京へと帰って行った。最近の小学生は自分で新幹線に乗れるのかと少し驚いたものだ。
「あれ、秦野。今日は奥さん来てないのか?」
「今考えていたことをそのまま言葉にしてくれてありがとうございます。あと、それ本人が聞いたら間違いなく怒るので変に口走らないほうがいいですよ水本先輩」
「お、おう。どういたしまして? ってそうじゃない。どこからどう見てもお前らは仲睦まじい夫婦なんだよな」
「だから違いますって」
ここにメリーさんがいなくて良かった……。もし聞かれてたら首が飛ぶどころかどこからともなく電話がかかってきて「私メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」という声が聞こえ、そこから「私メリーさん。今マンションの前にいるの」「私メリーさん。……あの…………オートロック……はずして……」……あ、違う違う。
えっと……これだ、「私メリーさん。今、玄関にいるの」。そして最後に「私メリーさん。今、貴方のう
「おーい、秦野くん電話だぞ」
「あ、はい、すいません」
始業前なのに電話が鳴った。せっかく良い所だったのに……。
ともあれ始業前の電話ということはお客様ではない(一部例外あり)。つまり誰かの身内という訳で、尚且つ僕に対しての電話でかけてくる人は大体……。
「お電話代わりました、秦野です」
「あ~! ヒロだ~! 久しぶり~」
「何でやねん」
メリーさんだ、と言いたかったのに違った。つい関西弁になって突っ込みを入れてしまう。僕は関西人なので何もおかしいことではないが、いつも標準語を話している身としては少し違和を感じる。
「私だよ~!」
「何だお前か」
「あ~酷い~! せっかく電話したのにその反応は良くないよヒロくん!」
「すまない、つい心の声が」
「それって謝ってないよねそうだよね?」
補足すると奏音だった。メリーさんじゃなかった。あれれ、おかしいなー。
声からは奏音が頬を膨らませて怒っている……ような気配がする。気にはなったが、それを聞いたら余計に怒らせそうなので止めておく。
「で、始業前に何の用だ? 第一何で僕の携帯電話にかけてこなかったんだ?」
「だってヒロの電話番号知らないんだもん。ケータイは家に忘れちゃったし~」
「それは知らん」
本当に知らない。某通話アプリなら通話料0円なので少し勿体無いが、これは会社の電話なのでいいだろう……あの、店長笑顔でこっち見るの止めてください怖いです。
「で、電話の内容は?」
「理由がないと電話しちゃいけないの~?」
「切るわ」
「あ~待って待って! ちゃんと理由あるから!」
「なら勿体ぶらなくていいだろ……」
というか早く用件を言ってくれ店長の笑みが段々と引きつってきてるから頼むから早く!
「えっとね~……」
店長の顔が段々とこわばってきた。僕自身は何も悪いことをしていないのに段々と鼓動が早くなっていくのが分かる。だから早く頼む早く用件を!
「今日の夜空いてる?」
「空いてる空いてる! で? 早く頼む」
「何でそんなに焦ってるの?」
「いいから!」
後ろで店長が拳骨の構えに入ってるから! 早く! は・や・く!
「焼肉行かない? 場所はとってるから」
「もうとってるって!? 行かなかったらどうすんだよそれ!」
「う~ん……取り消し?」
「馬鹿か! 行くからな後でかけ直すからな! スマホ家から取って来い! じゃあな!」
その瞬間頭に物凄い衝撃が。ガチャンと大きな音で受話器を置いたのと、上から拳骨が降り注いだのはほぼ同時だった。
「馬鹿はお前だ。いつまで長電話をしてるんだ」
「まだ3分も経ってないのにそれは言い過ぎじゃないですか!?」
「それよりさっさと仕事の用意につけ。もうすぐ始業時間だ」
時計を見ると、確かに始業1時間半前だ。……「早すぎる」という突っ込みはしてはいけない。ダメなものはダメだ。そんなことをするともれなく、
「店長、それは流石に言い過ぎじゃないですか『ゴチンッ』って痛え!」
けらけら笑っていた水本先輩のように脳天に拳骨を食らうハメになるからだ。
前書きでも書きましたが、改めて、遅れてすいませんでした。今後も遅れることがあるかもしれませんが、暖かい目で見ていただけると幸いです。
そして、1章もそろそろ佳境を迎えてきました!次回も読んで頂けると嬉しい限りです!




