3日目. 休日の朝は幼馴染と会うに限る
翌朝、休日にもかかわらず目が覚めたのはいつもどおりの4時だった。外はまだ暗く、昼間ならばたくさんの人で賑わっている空堀商店街も、今は人気が無く静まり返っている。
昨日の夜は夜中の3時まで先輩と飲んだくれ、先輩をタクシーで送り返してからの記憶が無い。何か大切なことを忘れてるような……。暫く頭を捻っていたが、結局答えは出ず無駄な時間だけが過ぎていく。
仕方が無いので、ほとんど寝ていないためか鉛のように重い身体を無理やり起こし、暇つぶしがてら手動でコーヒーミルを回し始める。コーヒーミルの中には自動のものもあるが、自分で作っているという気になれるため、僕は手動の方が好きだ。
コーヒーは数少ない自分の趣味だ。特別コーヒーにハマった理由も無いが、紅茶よりはコーヒーのほうが好きなアメリカよりの人間ではある。……英国紳士? はて、何のことでしょう……?
そんなこんなでコーヒー豆を挽き終わった頃には、時計の短針は五時を指差していた。数学的に言うならば、長針と短針の間の角は150度だ。
僕は挽き終えたコーヒー粉をサイフォンのロート部へと入れ、下のアルコールランプで火を点す。
フラスコ部分から水蒸気が昇り、ロート部分へと侵入する。そして火を消すと、抽出されたコーヒーブラウンの雫が滴り落ちてくる。その様子は、さながら学生時代の化学実験のようだ。
その後、淹れたてのコーヒーを波佐見焼のカップへと注ぎ、トーストとともに朝食をとった。少しコーヒーのエグ味が強かったが、他は概ね満足だ。なお、コーヒーのエグ味が出たのは、火力が強すぎた所為だと愛読書に書いてあった。今度改善してみようと思う。
※ ※ ※
空がうっすらと赤みがかってきた。時計の短針はさっきよりも三十度移動している。
さて、本格的にやることが無い。暇つぶしをしたいのだが、今は早朝だ。商店街はまだ開店前で閑散としている。いつもなら絶対にしない朝のニュースでも見ることとするか。
僕はテレビのリモコンに手を掛け、その中の『1』のボタンを押した。テレビ画面に映し出されたのは公共放送のニュース番組だ。
内容はいつものニュース番組と何ら変わらない。強いて言うならば、芸能ニュースが入らないくらいだろうか。『フランスの大統領が近日中に訪日する』、『車のスリップ事故が多発している』、『国勢調査で与党の支持率が上昇している』など、面白みが無い。ニュースは面白みを求めて見るものでもないが。
本当にやることがないのでチャンネルサーフィンでもしようか模索したが、結局はニュースに落ち着く。朝はバラエティをやってないのだ……。
※ ※ ※
暫くすると、固定電話から着信音が流れてきた。「すわ、休日でもメリーさんか!」と驚いたが、ナンバーディスプレイを見る限りそうではないらしい。どこか知らない番号からかかってきている。
「もしもし、秦野です」
「……私、メリーさん」
前言撤回、やっぱりメリーさんだった。
「お、おはよう」
「……おはようございます」
「なんで違う電話からかけてきたんだ? ちょっと驚いたぞ」
「……旅先で……いつもは家の電話からだから」
「なるほどねー……」
旅先から電話するときもある、と。メモメモ。
受話器からは、少し眠そうでゆっくりとしたメリーさんの声が聞こえてくる。
「で、今日は何の話だ?」
「……昨日のお土産……見た?」
「あ……」
頭の中から完全に抜け落ちていた。慌てて郵便受けの中身を確認すると、新聞の上に不在伝票が乗っていた。時刻は20時30分と記されている。
「忘れてた……」
すぐにメリーさんへ言い訳しようとしたが、すぐに諦めた。彼女に言い訳をするのは愚策だ。
どうしよう……さっきの声、眠いんじゃなくてもしかして怒ってるからゆっくりだったんじゃ……。
「えっと……メリーさん。大変申し上げにくいのですが……」
「……忘れてたんでしょ? うちに連絡が来てた」
「あ、そうなんです……」
徳川家康も白目を剥く速度であっさり外堀を埋められてしまった。
「……なら、今日受け取って」
「……え?」
夏の陣だと身構えていたのだが、思いがけない返答に素で声が出てしまう。
「怒ってないの?」
「……何で怒らなきゃいけないの?」
「いや、それは、その……」
そう言われると返答に困る。しかも、電話の中から聞こえるメリーさんの声も怒られている雰囲気がしないので尚更恐怖を煽ってくる。
「……じゃあ今日受け取って」
「……はい」
結局、僕はメリーさんの圧力に押し負けるのでした。めでたしめでたし。……全然めでたくないけどな!
「……明日、大阪に行くの」
「……え? メリーさん大阪に来るの?」
「……うん。……お父さんの仕事で行く」
「昨日、仙台に行ったばっかりだろ。お父さん忙しすぎないか?」
僕なら確実にぶっ倒れる。
「……仕事柄出張ばかり」
「へえ……。メリーさんは毎回付いていってるのか?」
「……うん」
「お前、楽しそうだな……」
心なしかメリーさんの声は弾んでいるように感じる。いいな旅行……お父さんは仕事だろうけど。
「分かった。お土産、受け取っておくわ。ありがとう」
「……うん」
メリーさんの返事を聞いてから、受話器を元の場所に戻す。
あ、何で住所を知ってるのか聞きそびれた……。明日聞いておくか。
すごくデジャブ感を味わったが、そこはどうでもいい事だ。僕は時間を待ってから宅配会社に電話をかけ、休日の街へ足を繰り出すことにしよう。
※ ※ ※
一昨日は立春。つまり暦の上ではもう春なのだが、やはり外に出るには防寒着が必需品となっている。吐く息も白く、街中を歩く人もマフラーや手袋を付けたり、コートやジャケットを羽織ったりしている。
そして、やはりと言うべきか、俺も紺色のトレンチコートを身に着けている。まあ、外の気温は七度六分らしいので、これが最善の選択であることには変わらない。
いや、しかし、外に出てもやることが無い。
食品の買い出しも一昨日のうちに済ませているし、旅行地のリサーチなんてもってのほかだ。そんなことをするなら家のパソコンで事足りる。
じゃあ何故出てきたのか、だって? 簡単なことだ。呼び出されたからだ。……友達にだぞ? 別に彼女なんていないからな?
これからその友達に指定された喫茶店に向かうわけで、今は友人へのお土産を買う最中なわけだ。
……先に買っておくべきだって? そんなこと分かってるよ。でも、昨日買いに行こうとしたら先輩が飲みに誘ってきたんだぞ。断れるわけない。
というわけで近くのスーパーにある少しこじゃれたロールケーキを購入。そのまま喫茶店へと向かう。
……もっと洒落た店で買うべきだって? そんなこと分かってるよ。でも、昨日買いに行こうとしたら(類似表現にて省略)。
とそんなこんなで喫茶店の前まで来てしまった、が
「うそん」
重厚で趣のある扉には『CLOSED』と書かれた看板がかけられていた。ご丁寧に看板の下に店の電話番号を添えられて。
思わぬ事態に喫驚して一分ほど固まった後、友達に電話をかけようとスマホを取り出すためポケットに手を突っ込もうとしたが
「あいて!」
後頭部への軽い衝撃によってキャンセルされた。
「誰だよ! ってお前か……」
振り返ると、そこには肩ほどまでのショートヘアーがよく似合っている二十代前半の女性、そして僕の友人でもある結崎奏音がしてやったりと悪い笑みを浮かべていた。
「やあ〜、久しぶりだね〜」
お久しぶりです。
ヒロインが出ないのにも関わらず登場人物だけが増えていく…。メリーさんはそのうち出るので、それまでしばしお待ちを。
次回は早めに出すつもりです。多分。それでは