32日目. 奈良にも祭りはある(後編)
前回の続きです(といってもそのままでも見れますが…)。話を忘れた方は前編とともにご覧下さい。
「お買い物! お買い物! なの!」
「散財するほどはないからなー、計画的にお金は使えよー」
「分かってるの!」
彼女に3000円ほど入ったMSTを渡し、ここからは別行動をとることにする。
チラッと彼女のほうを見やると、「分かってるの!」といいながら彼女はさっそくかき氷を買い食いしている。とても先が思いやられるが、僕もやりたいことがあるので骨董品エリアへと向かう。
目当ての店のテントをくぐると、後ろに髪をまとめてジャンパーを羽織ながら作業をしていた女性いた。
彼女はこちらを見るなり、作業の手を止め僕の方まで来て肩を叩く。
「あー! 秦野くんじゃん! 元気してた?」
「お久しぶりです。……肩痛いのでもう少し力加減してもらえませんか?」
「ごめんごめん! 何か後でまけとくわ!」
「そんなこと勝手に決めて良いんですか……店長だから良いのか」
お店の人が苦言を呈しかねて複雑な顔をしているということは言わないであげた。
「要さんこそ元気でしたか?」
「元気元気! ちょっと前に、足の上に壷を落としたくらいだから!」
「それって大丈夫じゃないですよね……」
「大丈夫だよ! ちょっと骨折しただけだから!」
「骨折はちょっととは言わないですよ普通!?」
女性ながらかなり男性のような風格を見せるこの女性は、ここのテントの本店「三芳骨董店」の3代目店主・三芳要さんだ。
仕事上よく顔合わせする機会があるのだが、その度にどこかしらに新しい怪我を作ってくる凄い人だ。今日も大丈夫だといっている右足にはしっかりテーピングが施されている。
「で、秦野くんは何の用だい? まさかプライベートで来た、ってわけじゃないでしょ?」
「そのまさかですよ。というか僕がプライベートで来たらいつもそのくだりをするの、そろそろ止めませんか?」
「やめないよー! 秦野くんの反応が面白いもん!」
「この人は……」
仕事の上でよく付き合いがあるため、プライベートで来たときにはどうも違和感があるらしい。スーツを着ていないことかな?
「まあ、暫く見させてもらいますね」
「ほいほーい、どうぞごゆっくりー」
彼女はそういうとすぐに別のお客さんへ接客を始めた。仕事上は抜かりのない人である。仕事上は。
テント内を見渡すと、壷や皿の骨董品をはじめ、靴下や筆などの日用雑貨までずらっと並んでいる。テントの中とは思えない品揃えに僕は思わず舌を巻いた。
僕はいつもは奈良駅近くにある本店のほうで仕事を受け持っているのだが、これはそこで見てきたいつもの品揃えと比べても遜色ないほどの品数だ。
ちなみに骨董店というが、中身はほとんど雑貨屋といっても過言ではない。というか売り上げの9割は靴下や日用品の雑貨だと要さんは言っていた。骨董品店とは一体……。
さて、目当てのもの……というほどでもないが、興味があった奈良県名物の布巾を手にとる。表面には鹿の模様が印刷されており、一目で奈良のものだと分かる仕様になっている。流石奈良県、鹿しか分かるものがない。
「すいません、この布巾いくらですか?」
「ああそれ? 100円でいいよ100円で」
「え? ほんとに100円でいいんですか?」
品質的にはもっとお金を取れるものだと考えていただけに、僕は目を丸くする。
すると頭にタオルを巻いた店員の1人が僕に耳打ちをしてきた。
「本当は良くないんですけどね、店長が「秦野くんには安くしとけ」との命令が下っているんですわ」
「うわぁ……」
堂々と賄賂を渡してくる要さんマジ半端ないって。
しっかり恩は返すことを約束し、布巾を2枚購入。ちょうど家の布巾が切れていたのでお手ごろ値段だったのは非常にありがたい。
他に何かないかと店内を探すと、靴下がでかでかとスペースを取っておかれている。その大きさ、畳2畳分。テントのスペースをかなり陣取っていた。
「これは置き過ぎなんじゃ……」
「あ、それ、詰め放題500円だから」
「安いなぁこれも」
「奈良県は靴下生産量日本一だからね、こういうところで押していかないと!」
百均なんて眼じゃない、もはやロハの域まで到達しそうである。だが、ここで1つ疑問が生まれる。
「じゃあもっと奈良柄のものにすればよかったんじゃないですか? こんなキャラクター柄ばかりじゃなくて」
さっきの布巾とは違ってここにある靴下は無地のものや小学生に人気のキャラクターが描かれたものばかり、奈良名物の鹿や大仏はほとんど見当たらない。
だが、返ってきた返事で僕は全てを察した。
「売れない」
なるほど、最もな理由だ。
地元の人を見ても観光客を見ても、体の正面に鹿柄が印刷されている人なんてほとんど見ない。皆家に帰ったらそんなTシャツ着なくなるのだ、誰がそんなもの買うのだろうか。
僕は無地のものや奈良柄のもの(自分が言い出したので当然購入)を20個ほど詰め込んだ後、「ああ、やっぱり300円でいいよ」という要さんに500円を押し付け、骨董品エリアへとムービングする。
赤膚焼の皿や壷が並んで置かれる中、僕は真ん中に置かれる少し、いやかなり小さめの鉱石に目が行った。
なぜ目を惹かれたのか僕にも分からないが、どこかこの石に特別な魅力を持ったのだろう。
気になったらとりあえず質問、僕は要さんに質問する。
「すいません、この石なんですか?」
「分からん」
「えー……」
だが返答は虚しくも「分からん」の一言。しっかりしてくれよ店長……。
「山村に聞けば分かるんだけどなー。今日は来てないみたいやわ」
「しれっと居ないことにするの止めてくださいね店長?」
「うわおった! いたんか山村!」
「いましたよさっきから秦野さんの接客して他の僕なんですから」
あ、さっきの人。山村っていうのか……覚えておこう。
そして、彼らは僕のことそっちのけで口論(?)を始めた。
「前もこんなことありましたよね、いつでしたっけ? 去年の年末近くでしたっけ? 僕にだけボーナス渡しそびれていた事件」
「あったなーそんなこと。でもいいやん! 結局は渡したんやし」
「普通はよくないですからね、僕の家計そのせいで火車になりかけたんですからね?」
「それは山村の金遣いが荒いからやろ!」
「それは……そうですけど」
「ほら見てみい! やっぱり関係ないやろ?」
「あのー……そろそろ石について説明を……」
「「あっ……」」
見ているだけなら漫才みたいで楽しいけどね、早く説明も聞きたいから話に水を差さしてもらいました。あと山村さん影薄いのか分からないけど中々不憫だな……。
「ゴホンッ」
山村さんは自分に注目を集める……というよりかは忘れられないようにと、わざとらしく咳払いした。
「この石、ただの石ころに見えますよね。でもねこの石、奈良県以外ではメキシコでしか取れない貴重な石なんですわ」
「この黒っぽいだけの石が?」
何処に惹かれたかも分からないような石だが、なんだか珍しい石らしい。
C U T !!(訳:素晴らしい解説を思いついたが、ここの余白が狭すぎるため割愛!)
「その名もレインボーガーネット! 1個2000円でどうですか?」
「やっぱり高いんですね、その石」
「……反応薄くないですか。ほら、「えー! そんなに高いんですか!」とかあるじゃないですか」
「とても貴重なことは分かったので、そんな某テレビショッピングみたいなコメントはしないですよ」
そのレアリティーでこのお値段なら昼食代を削ってでも買うだろう。もうお昼食べたけど。
「でもその石良いですね、買います」
「毎度ありがとうございますー」
僕は少しふてくされた顔をする山村さんにお金を渡し、他にも雑貨を数点購入した。
「それじゃ要さん、また仕事場で」
「……ちょっと気になったんやけどさ」
「? 何でしょう?」
挨拶をしてメリーさんと合流しようと思った矢先、要さんから少し引き止められる。
「秦野君結婚した?」
「は?」
そして意味の分からない質問が来た。頭が混乱してはたらかない。
「いや、なんとなくそんな雰囲気がしたから聞いてみただけ」
「してないですよ」
ましてや恋人すらいないぜ、コンチクショウめ!
「そっかー、思い違いやったかー」
要さんはわざとらしく頭の後ろを掻いたあと、僕にこそっと耳打ちした。
「秦野君……小さい子に手を出したらアカンで」
「何処情報ですかそれ」
「ノムさんかな? 確か」
「あんの店長……」
あっけらかんと僕をロリコン扱いしないでいただきたい。
それにしても店長……次あったらタダじゃおかねえ……。
「それじゃ、また仕事場でー」
「あ、ありがとうございました」
僕は袋いっぱいの靴下やレインボーガーネットを手に持ち、メリーさんに合流しに行く。
「あ、ヒロユキー!」
「おお、いたいた」
そして笑顔で駆け寄ってきたメリーさんの左手にはさっき見たものとは違うかき氷が……めっちゃ食べてるなメリーさん。
「そんなに氷ばっかり食べたらおなか冷やすぞ」
「ヒロユキこそ、さっきより疲れがたまっているように見えるの」
「……確かに疲れたな」
主に要さんのせいで。
「もう夕方だしそろそろホテルに戻るか」
「そうするの」
僕は朝来たルートをそのまま引き返しホテルへと向かった。
奈良旅行・2日目、完。
要さんのような性格の女性、私は好きなんですけどねー。あまり見かけないですよね。関西人特有でしょうか?
あと、割愛のネタ、フェルマーさんから引用しましたのでご報告をば。
次回は水曜日投稿予定です。




