31日目. 奈良にも祭りはある(前編)
「お祭り! お祭り!」
「だからそんな急がなくってお祭りは逃げないよ」
いつもよりテンション3割増しで走っていくメリーさんに手を引かれながら音の鳴るほうへ進んでいく。
時刻はそろそろ12時を迎える頃なので、出来ればここら辺で昼食を取りたいのだが、交差点を曲がった僕達を出迎えてくれたのは『奈良県ご当地もの即売会』と書かれた大段幕だった。僕は肩を落としてため息をついた。何だったんだよさっきの太鼓の音。
それはメリーさんを同様のようで、彼女のテンションも2回りほど小さくなっているに違いない。
「お祭りなのー!」
「あれ?!」
と思案いたのも束の間、メリーさんは法隆寺のときと変わらぬテンションを維持し続けている。落胆したメリーさんをどうフォローすべきか色々思考を巡らせた僕の苦労は、一瞬で水の泡でとなった。まぁ、落ち込まなかったので良し!
「ヒロユキ! 私あそこの大仏プリンが食べたいの!」
「あ、なるほど。ここにも食べるものはあるのか」
メリーさんの指差す方には、なるほど確かに「大仏プリン」と書かれた看板がそこにはあった。
大仏プリンは昼食ではなく、出来れば3時のおやつとして食べたいものだが、他にも奈良の名産品があるならそちらで満たせばいいだろう。
大段幕の下を通り会場を見渡すと、そこには奈良県の名産品が見渡す限り一面にずらりと並んでおり、商品を宣伝する人やその商品を買い求める人々、正面のステージで握手会を開くせんとくんの気迫に圧倒される。
……せんとくんの握手会なんで需要あるのだろうか、もっと映えるキャラクターを呼んだ方が良かった気がしなくもない。ナライガーとか、まんとくんとか。
「ヒロユキ、あの人頭に角を生やしてるの。何で?」
「あれはそういうキャラクターなんだよ。気にしないであげてくれ」
「えー、私あの人と握手したいー!」
「あ、需要発見」
「ん? 何のこと?」
「いや、こっちの話。ほら、せんとくんが皆に手を振ってるぞ」
奈良県民としては、せんとくんのどこに魅力があるのだろうかさっぱり分からない。角? 白毫? ……世の中分からないことだらけである。
メリーさんは一直線でせんとくんの方へ向かい、握手してもらった後に写真を撮ってもらうサービスまで受けていた、無料で。よ! 奈良県太っ腹!
せんとくんのモフモフの手と握手し終わったメリーさんはホクホク顔でこちらに戻ってきた。
「さて、私は今何を考えているでしょう!」
メリーさんはキラキラとした目でこちらを向き……いや、柿の葉寿司の看板を見ながら質問した。答え分かるやないかい。まぁ、とりあえず、
「お腹空いたな」
僕の思っていることをありのまま言葉にする。時刻はもう昼過ぎである。
「その通りなの! 私メリーさん。今、柿の葉寿司を食べたい気分なの!」
「懐かしいなそれ」
一緒に住んでからは聞くことが無くなった言葉にどこか懐かしさを感じる。
「んじゃ、柿の葉寿司買って昼食にするか」
「やったー、なの!」
僕たちは柿の葉寿司弁当を2人分購入し、会場内にあるテントの張られたランチスペースにて昼食をとるためにベンチへと腰掛けた。
「やっぱり柿の葉寿司は奈良県随一の名産品だよな」
お土産ランキングは現在1位(独断と偏見による)である。
「でも、私富山でも似たようなものを見たことがあるの」
「それはます寿司だからな、あれは柿の葉寿司とは違うものだからな?」
「わ、分かったの……。ヒロユキの気迫が凄いの……」
富山にも確かにます寿司という押し寿司が存在するが、あれは奈良の柿の葉寿司とは似て非なるものなのだ。
柿の葉寿司の特徴は、ネタが1つずつ柿の葉に包まれている点だ。これによって手を汚さず、さらに小さく小分けになっているため非常に食べやすくなっている。
対してます寿司は1つのシャリの上にネタが乗っており、その上から押されているのである。これは食べるために切り取らなくてはならない。
さらに、柿の葉寿司は鮭だけではなく、鮪、鯖、海老、鯛、さらには鰻など多数のネタを使用する。以上の点から奈良の柿の葉寿司は富山のます寿司に完全に勝利しているといえるだろう(富山県民の皆さん、ごめんなさい。作者はます寿司好きですよ!)。
「ヒロユキ、顔怖いの……」
「あ、ごめん……」
気がつくと、メリーさんがこちらを怯えるように見ている。熱くなり過ぎたようだ、反省反省。冷静に冷静に。
海老の柿の葉寿司をメリーさんに渡し、僕は柿の葉寿司のうんちくをさらに語り始める。
「柿の葉寿司の特徴は何といっても、ネタが柿の葉に包まれている点だ」
「当然なの」
……もう少しいい反応をしてくれても良いんじゃないか? いや、聞いてくれているだけありがたい。
「そして、柿の葉寿司の素晴らしい点は、柿の葉に含まれているタンニンが、酢飯の酢と共に防腐作用を果たしていることだ。これによって、長期保存方法がまだ確立していなかった魚類を旬を過ぎた頃に食べることができ、さらに生魚特有の生臭さを柿の葉の香りによってかき消すことができるんだ。そしてそして……」
「ヒロユキ、次は大仏プリン食べに行ってみたいの!」
「あ、いいよ……」
前言撤回、この子やっぱり話聞いてないわ。トホホ……。
メリーさんは大仏プリンをペロッとたいらげた後、さらなる食事を求めて屋台巡りを始めた。お金はもちろん僕の財布からである。
「ヒロユキ! 奈良漬けが食べたいの!」
「朝ごはんに奈良漬あっただろ? ……僕が好きだから買うけどさ」
奈良漬けだけでなく、漬け物は僕の大好物である。2袋購入。
「ヒロユキ! かき氷屋さんが出店してるの!」
「前食べただろ? しかも今は冬だからな? 季節感、大切にしよう、な?」
「むぅ…………じゃあ、この葛餅は?」
「それは値段が高い……」
からダメだ! 、という前にメリーさんが上目遣いでこちらを見つめてくる。ヤバい、これは非常にヤバいぞ……。
「ダメ?」
「すみません、葛餅2つください」
「はい、1200円です」
はい、チョロい。もう少し慣れたいものなんだが……そうしなければ財布がいくらあっても足りない。
「お買い上げありがとうございますー!」
「ヒロユキ、ありがとうなの!」
「……ああ、別にいいよこれくらい」
まぁ、メリーさんの笑顔が見えるし良いか。
葛餅もペロッとたいらげたメリーさんは、次は三輪そうめんに目を付けた。
僕はまだ食べるのかと彼女へ戦慄の感情を覚える。が、ちょっと違ったようだ。
「これはお土産なの!」
「あ、お父さんへのか」
「うん!」
仲夢氏へのお土産として三輪そうめんを20束セットを、さらに自分たち用に10束購入。
「また今度家で流しそうめんするの!」
「夏でな? 季節感大切」
三輪そうめんの袋を片手に、もう片手をメリーさんに繋がれたまま、僕らは食品コーナーを後にし、工芸品コーナーへと向かうことにした。
前編といっても、食品を主に置いただけです。後編は工芸品を中心に書いていきます。
あと、富山県民の皆さん、許してください。
次回は日曜日投稿予定です。




