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29.5日目. 閑話 割愛したメリーの解説編

次回は日曜日と言ったな? あれは嘘だ!(30話はしっかり日曜に上げます)


ここは前回割愛したメリーさんの解説パートです。本編にはあまり関わらないですが、法隆寺については色々書いたので興味があればどうぞ。

「まず、ここ法隆寺の西院伽藍は東に金堂、西に塔が配置されている「法隆寺式伽藍配置」という様式で配置されているの! これは近くにある法輪寺でも同様の形式が取り入れられているの!」

「へえ、法輪寺でもか」


 法輪寺は法隆寺東院の北方に位置する聖徳宗の寺院であるが、現存する三重塔が1975年の再建のため、世界遺産である「法隆寺地域の仏教建築群」には含まれていない。だが創建されたのは飛鳥時代とその歴史は古く、本尊の薬師如来像と虚空蔵菩薩像も飛鳥時代末期にさかのぼる古像であるなど、法隆寺とは勝るとも劣らない歴史を持つ寺院であるのだ。


「でも、同じ世界遺産に登録されている法起寺では、東が塔、西が金堂という真逆の配置がなされているの! これは「法起寺式伽藍配置」といって、日本でも法起寺のみでしか見ることのできない貴重な伽藍配置なの!」

「そうだよなあ。凄いんだけど……初見では分からないよな」

「それは見る人の目がないだけなの! 法隆寺の西院伽藍を見た人の九分九厘が最初に思うことは「回廊に囲まれたこの小さなスペースの中に金堂と五重塔がまさに軌跡のような配置で存在しているこの美しさが素晴らしい! この素晴らしさを世界中の人々に広めなくては!」なの! この日本美術界でも類を見ない黄金比を生み出しているこの「法隆寺式伽藍配置」を見て何も感じない人々は一から義務教育をやり直したほうがいいの!」

「ストップ、ストーップ! 言いたいことは分かるが、あまり過激になりすぎるのは良くない。もう少し相手の意見も尊重することは忘れない。な?」


 ついでに言おうとした「あとお前、まだ義務教育1年しか受けてないだろ」という突っ込みは喉の奥に押し込んだ。ここまでヒートアップしているメリーさんにこの言葉は、火に油を注ぐ自殺行為である。


「はあ……はあ……ヒロユキがそういうなら仕方ないの…………」

「ご協力感謝します」

「で、次に言いたいのは法隆寺特有の建築様式についてなの」


 メリーさんに引っ張られるまま金堂の下まで来ると、なるほど、雲形の部材が使われた構造が見受けられる。


「もしかしてこの組木のことか?」

プラーヴィリナ(そのとおり)なの!」

「なぜにロシア語?!」

「この組木は雲形組物といって、日本では法隆寺金堂・五重塔・中門、法起寺三重塔、法輪寺三重塔(焼失)のみに見られる飛鳥様式のうちの1つなの! 特徴は雲形の斗や肘木などの曲線を多用した部材を用いていることなの!」

「あ、スルーなのね」

「そして他にも建物の四隅の組物が斜め5度のみにに突出してることや、卍くずしの高欄(手すり)、その高欄を支える「人」字形のつかなどがあるの!」

「あ、これもそうなのか」


 確かに金堂には卍型の手すりが見られ、五重塔からは四隅から組物が飛び出している。これが世界的にも珍しいのか……普段仕事で身近に関わる分余計に不思議だと感じる。


「入母屋造りの建築や2階建てなのにも関わらず2階は外観だけなことにも触れたいけど今日はパスなの!」


 今日触れなかったら一生触れることがなさそうなお題ばっかりなんだが……今見納めすればいいか。


 頭上の入母屋根を見上げながら感傷に浸っていると、メリーさんは金堂へ入ろうと僕の手をぐいぐい引っ張ってくる。


「さあ、早く金堂に入るの! ここにも紹介したいことがいっぱいあるの!」

「分かった、分かったから落ち着け。走らなくても法隆寺は逃げないから」


 と言われても走っていくのがメリーさんがまだ小学生であるところか。


 彼女に連れられるまま金堂に入ると、本尊である釈迦如来像・薬師如来像・阿弥陀如来像が微笑をもって出迎えてくれた。


「この釈迦三尊像、あまり見ない様式だよな。 東大寺とか薬師寺で見た仏像とはまた少し違うというか……」

「流石ヒロユキ、私の師匠であるだけはあるの」

「そう思ってるなら、もう少し扱いは丁寧にしてくれると有難いんだが」

「ご検討させていただきます、なの」

「それ、絶対変える気ないよな」


 政治家がよく使う使い文句である。そして十中八九しない。


「で、この釈迦三尊像は古代中国の影響を多々受けているの! その最たる例がこのアルカイック・スマイルなの!」


 アルカイック・スマイルは、紀元前6世紀頃の古代ギリシャで発達したアルカイク美術の作品に多く見られる彫刻の微笑のことで、一説にはこの笑みが生命感と幸福感を表しているという。


 彼女が言うには、アルカイック・スマイルの他にも、太い耳たぶ、アーモンド形の瞳も日本の後世に造られた他の仏像とは違い、中国などの大陸風が顕著に現れている、とのことらしい。


 よく見ればその違いは分かるのだろうが……やはり初見の人が見分けるのは中々難しいと思う。僕分からないし。


「あと、この柱にも注目して欲しいの!」

「あ、これは知ってる。エンタシスの柱だよな?」

プラーヴィリナ(そのとおり)なの! ここにも古代ギリシャの建築様式が用いられているの!」


 柱が上部に行くにつれて段々と細くなっていくこの形式は歴史や日本史の教科書で見たことがある人も多いだろう。


「エンタシスといい、アルカイック・スマイルといい、どうして法隆寺には古代ギリシャ美術との共通点が多いんだろうな?」

「う~ん……私には分からないの」


 メリーさんがズバッと教えてくれるだろうと踏んだ質問だったのだが、そのメリーさんも今回は首を傾げるだけだった。


 後日気になって調べたところ、「共通点があるのは全くの偶然」という研究結果が出ていた。僕たちが知ってなくても当然だ、と僕とメリーさんが気づくのはまた少し先の話。


「では、本命の五重塔に行くの!」

「金堂も十二分に主役級を務められると思うけどな」

「でも柿を食べて鐘が鳴るのは法隆寺の五重塔なの!」

「正岡子規の句の評論で適当なことを言うんじゃない。五重塔に鐘はついてないよ」


 ちなみに鐘があるのは凸字型になっている西院伽藍回廊の東肩部に位置する鐘楼である。決して五重塔に鐘があるわけではないので悪しからず。


「で、法隆寺の五重塔といえばやっぱり中央の心柱は外せないの!」

「ああ、これな。スカイツリーにも使われているやつだっけ」


 残念だが少し割愛(29話で話したことそのままのため)。


「……で、他にも法隆寺の五重塔は現存の日本最古の塔ということでも有名だけど、実は完成したのは世界最古ではないの!」

「そマ?」


 驚きの余り間の語彙が抜け落ちて2文字になってしまう。


「マジも大マジ。現存する日本で最初に完成した塔は法起寺の三重塔なの!」

「あれが? 凄いなあのお寺」


 法隆寺とは違い国道からも離れた場所にあるため穴場の観光スポットとしてよく知られる。秋にはコスモスが周辺に咲き誇るため一度は行きたいオススメスポットだ。


「でも、建設着工が法隆寺の五重塔が先だったから、現存する日本最古の塔はは法隆寺の五重塔になっているの!」

「なるほどな」


 あとメリーさんから解説はなかったが、法隆寺の東西南北それぞれの面塔本四面具と呼ばれる、粘土でできた塑造の群像を安置しており、東面は『維摩経(ゆいまきょう)』に登場する、文殊菩薩と維摩居士の問答の場面、北面は釈迦の涅槃、西面は分舎利(釈迦の遺骨を分配する)の場面、南面は弥勒の浄土を表しているそうだ。


「あと、法隆寺の五重塔は初重から五重までの屋根の逓減率(大きさが減る率)が高いことが特色で、五重の屋根の一辺は初重屋根の約半分なの!」

「確かに興福寺で見た五重塔はもっと真っ直ぐ立ってたな」

「似た形の塔はやっぱり法起寺の三重塔なの」

「やっぱりというか、一緒の時代に建てられたらそうなるよな」


 法隆寺と法起寺はいわば兄弟みたいなものだろう。


「さて、そろそろ玉虫厨子を見に行くの!」

「はいはい」


 笑顔で大宝蔵院へ走っていくメリーさんを僕は苦笑いしながら追いかけていく。


 無邪気な彼女を見ていると、子供に戻ったようなどこか懐かしい感触が感じられた。

本編で解説ばかりは嫌なので閑話という形にさせていただきました。

完全に趣味丸出しの小説ですが、どうぞよろしくお願いします!


次回は日曜日投稿予定です(2度目)。

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