29日目. 法隆寺∽東京スカイツリー
「で、ヒロユキは何で寝不足なの?」
「仕事のことが忘れられませんでした……」
昨夜は午後10時には床に伏したはずだったが、結局深夜の2時ごろまでノンレム睡眠はおろかレム睡眠さえ取れなかった。4時間ずっとお目々ぱっちり。
早起き癖も災いして、本日の僕の睡眠時間はたったの2時間しかない。
これも全て送られてきた仕事ファイルが悪いのだ。送ってきたやつは次会ったら店長に言いつけてやる! ……あ、このファイル送ってきたの店長だったわ……。
なんて茶番はさておき、今はJR奈良駅のホームである。
南北に開けたホームの上では、冷たい冬の季節風が肌に当たってから、また脇を通り過ぎてからそのまま後ろへと駆け抜けていく。今の季節は暖かな日も増えてきたが、朝は手はかじかみ吐く息は白いなど、まだまだ冬真っ盛りである。
だがしかし、雪が積もらないのが奈良クオリティー。周りを紀伊山地に覆われた奈良盆地では寒さだけは一丁前に寒く、雪が降ることさえ稀、雪が積もれば学生は授業そっちのけでお祭り騒ぎである。
積雪が一切ないことは、ポジティブに考えれば交通網が麻痺しないとも考えられるが……やはりこの季節になると奈良で積雪を一度は見てみたいと、ことある度にふと空を見上げるのだ。……あ、屋根だった……。
……話が逸れてしまった、本筋へ戻そう。
さて、僕たちが何故JR奈良駅にいるのか、その答えは……CMのあ
「ヒロユキ、電車来たから早く行くの!」
「ちょっと待ってメリーさん、今いいところだから」
「私は早く暖房の効いた車内に行きたいの! 乗らないなら私1人で先に行くの!」
「大丈夫だよ、急がなくても電車は逃げないから」
「でも私は早く法隆寺が見たいの! 法隆寺に行って玉虫厨子が見たいの!」
「それはまたマニアックなところを……」
というか答えを言われてしまった。はい正解は『法隆寺に行く』でした。
「だから早く行くのー!」
「でも法隆寺って、そこまで言うほど魅力的か? 僕はあまり分からないんだよな」
奈良の2大名所といえば、1つは奈良公園の鹿&東大寺の大仏、言わずと知れた奈良の代名詞だ。そして東大寺とあわせて双璧を成すのは、奈良県斑鳩町にかの有名な聖徳太子が建立した寺院、法隆寺だ。
だが、僕にとってはただでかい五重塔があるくらいの印象しかもっていない。凄いのは分かるんだが……どうしても他の場所と比べると魅力が欠けていると感じてしまう。
「……ふん、法隆寺の魅力が分からないなんて、師匠も大したことないの」
「何?」
だが、隣の小さな少女は僕とは違った目線で見ている子だった。
「私が法隆寺について、ヒロユキに一から叩き込んであげるの!」
「お、おう……」
何やらとんでもなく乗り気になっているが、せっかくなのでご教授願おうか。
あれ、プシューって何の音だろう……あっ。
「メリーさん、ちょっと……」
「? どうしたのヒロユキ? いつも死んでる目が更に死んでるの」
「その言い方に色々言いたいことはあるが、電車乗り遅れたな……」
「あ……」
目の前で閉まったドアが南へ向かう。甲高い音を立てて遠ざかっていく汽笛……はないが、通り過ぎた後に追ってくる冷たい空気の塊。そしてホームに取り残された僕とメリーさん……。
「…………下の喫茶店行くか」
「……しょうがないの」
※皆さんはしょうもないことはせず、電車には遅れずにしっかり乗りましょう。
※ ※ ※
JR法隆寺駅からバスに乗り換え、約8分間ゆったりとした縦揺れを感じながら目的地である法隆寺へと向かう。途中隣のおばあさんからミカンを貰うなどのハプニング(?)もあったが、僕たち一行は無事法隆寺に到着した。あ、ミカンは美味しくいただきました、見知らぬおばあさんありがとうございました。
南大門をくぐって境内に入ると、まず目の前に飛び込んでくるのは金堂、五重塔を擁する西院伽藍だ。
「はい! ここで仲夢明梨の『知っておきたい法隆寺!』のコーナー!」
そして何か始まった。
メリーさんはいつの間にかバスガイドさんが持っている旗を掲げている。いつ手に入れたんだろその旗。
「このコーナーでは私仲夢明梨が、皆さんの知らない法隆寺の魅力についてご紹介するコーナーです!」
「このコーナーの参加者僕しかいないんだけどな」
「いいの! 誰かが見てるかもしれないの!」
「そんな訳ないだろ、目を覚ませ」
駄々をこねるメリーさんを何とかなだめ、西院伽藍内部へと向かう。
西院伽藍への拝観料2人分を支払い中に入ると右手に金堂、左手に五重塔という見事な法隆寺伽藍がそびえ立っている。
「世界的に見ても凄いってのはよく分かるんだけどなー……いまいちピンとこないんだよな」
「まず! 法隆寺は言わずと知れた日本初の世界文化遺産なの! あの姫路城と同じ1992年に登録されたの!」
「あ、まだやるんだ……」
「バスガイド明梨の実力を世間にさらしめるの!」
バスガイドじゃないけどな、という突っ込みはもう止めた。色々疲れる。
ビシッと決めポーズを取ったメリーさんを連れて金堂のほうまで向かう。
金堂は創建年は西暦593年ともいわれ、火災によって再建された現存する方は推定672年ともいわれている。もちろん国宝。
「そして、法隆寺といえば何といっても飛鳥様式が残る日本でも貴重な史跡なの!」
「飛鳥様式ね、あれだっけ? あの雲斗とか高欄の卍くずしだったり……」
「そう! それなの!」
うわ、目めっちゃ輝いてる! どんだけ法隆寺好きなんだよ!
そして、法隆寺に関しては留まることを知らないメリーさんは、続けざまにとんでもない情報量を流し込んできた……が割愛。とてもじゃないが文字数が多くなりすぎる。
20分間の長い解説を聞き終わり、今度は隣の五重塔に向かうと、メリーさんは水を得た魚みたいにまた活発に話し始めた。
「五重塔といえば心柱については外せないの!」
「それは流石に知ってるぞ。東京スカイツリーの話だな」
「そうなの! この心柱のおかげで五重塔は阪神・淡路大震災の揺れに耐えることができたの!」
そうなのだ、更に言うとこの五重塔、2006年に地震の実験にも使われたそうで(もちろん模型だが)、心柱ありの場合は何とM7.3の揺れにも耐えたそうだ。そして驚くべきことに、心柱を外した場合でもこの揺れに耐えたというデータが上がっている。
積み上げ構造とも呼ばれるこの建築方式は、東京スカイツリーだけでなく、今や世界中の高層建築物で使用されているそうだ。
さらに、この五重塔が創建されたのは700年頃、つまり今から1300年前にはこれほどの技術を持った職人や設計士が存在していたということになる。ここまで来ると感心を通り越して呆れ果てる。
「はうぅ~~~法隆寺には一度来てみたかったの~~! 世界遺産最高なの~~!」
「あれ、メリーさんって世界遺産マニアだっけ?」
「そうなの~~次は姫路城に行きたいの~~」
「そうなのか、だから法隆寺に来たがってた……なるほど、合点はいく」
確かに世界遺産マニアにとっては法隆寺は聖地である(個人差あり)。メリーさんが法隆寺についてここまで深い知識があるのも頷ける。
「でもメリーさんは玉虫厨子を見にきたんじゃなかったのか?」
「そうなの! 次は大宝蔵院に行くの!」
「あ、おい」
法隆寺での時間はまだまだ続く。
法隆寺は日本初の世界遺産です。奈良に旅行に来た時は東大寺だけでなくぜひ法隆寺にも。
次回は日曜日投稿予定です。
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