28日目. 嫌じゃ!わしゃ仕事しとうない!
「はぁー疲れたー……」
「疲れたの〜……」
おもちゃ館を出て、夕食を取った後にすぐビジネスホテルに向かい、さっさとチェックインを済ました僕たちは、部屋に入ると二人揃ってホテルのベットにダイブ、そのまま2分ほど固まってからの第一声がこれだ。
ただ、疲れているのは1日の内容が濃かったため間違いではないのだが、総移動距離は余り長くないため実際は身体的疲労ではなく精神的疲労が主な原因である。
「それで、何か連絡は……うわっ」
「? ヒロユキどうしたの? 急に堅くてHPが高い敵と遭遇したみたいな顔して」
「まんま思っていたこと言ってくれてありがとうございます」
ポケットからスマホを取り出し画面を見ると、某メッセージアプリの通知が10件ほど溜まっていた。
1件は水本先輩からの飲みのお誘いだった。連れがいるので今回は丁重にお断りしたが、機会があればまた誘っていただきたい。
そして、他の通知も全てその類の用件ならどうということはなかったのだが、世の中はそれほど甘くない。
残りは全て店長からのものだった。この時点で嫌な予感がする。仕事とか仕事とか仕事とか仕事(ry。
さらに、最後に届いた通知が『よろしく頼む。』と書かれているのがその予感を増幅させる。
僕はスマホの画面を落とし、裏向きにして自分もベッドに顔を埋めた。
「……見なくていいかな」
「いいんじゃないの? ヒロユキにとって嫌なことなんでしょ? まぁ仕事とか信用は減るかもしれないけどね~」
「いや見ます見るからお前までそんな目をして見ないでメンタル削れるから!」
だからといって見ないわけにもいかず、無駄な抵抗虚しく、結局店長とのトーク画面を開く。
内容を端的に記すとこうだ。
『旅行中にすまない』
『次の仕事の案件についてのファイルを送っておく』
『ファイルを送信しました』×6
『よろしく頼む』
……正直不安しかないんだが。次も仕事ってなんだよ僕その仕事の話聞いた覚えがないよ。
「はあ……」
「……大丈夫?」
「大丈夫だ…………多分」
僕は送信されたファイルをタップし、もう少しだけ仕事の内容に踏み込もうとする。
『今年度の九州地域視察について』
『期間:4月29日~5月5日』
『場所:九州地方(福岡、長崎、佐賀、大分、熊本、宮崎、鹿児島)』
ああ、これあれだ。ゴールデンウィーク全潰れだ。
ベッドに再度顔を埋め、音にならない呻き声を発する。
「ヒロユキ、ジュース買ってきていい?」
そこへ僕のメンタルに追い討ちをかけるが如く、メリーさんの「ジュース買ってきていい?」発言。僕のMPが少し削れた。
「んー……いいよ、はいお金」
「ありがとうなの」
「はいよー」
僕は生返事をした後にメリーさんに小銭を渡す。メリーさんはルンルン気分で1回のフロントまで駆け降りていった。
正直仕事が増えたことで今日の疲れが一段と重く圧し掛かり、冷静に対応することが出来なくなってることを感じる。今の返事だって普段だったら絶対にしないものだ。
仕事の内容もさながら、何よりも厳しいのはその時期だ。ゴールデンウィーク丸つぶれっていうのは中々しんどい。
今年のゴールデンウィークは、天皇様が譲位するということで10連休になったはずだったのに、といっても旅行会社にとって休日は繁盛期なのでほぼ休みと呼べる代物でもないのだが。
だが、ここまで有給を貰っておいて仕事をサボるわけにもいかず泣く泣く九州視察を決行しなければならない。
分かるか? この辛さが! 周りは観光客で一杯の中を1人寂しく視察しなければならない苦しみが! 博多ラーメンを食べるときも、熊本で一文字ぐるぐるを食べたり熊本城を探索したり、長崎でハウステンボスを観光したり、大分で温泉に浸かったり、鹿児島で……えっとー……ああ、もう色々だ! とにかく! 1人で観光地を回ったら中々心に傷を負うんだ!
はあ……はあ……失敬、取り乱してしまった。にしてもメリーさん遅いな。飲み物買いに行くだけだったはずなのに。
心配になってベッドから顔を上げ見に行こうかと考えた矢先、ふいにインターホンが鳴った。そこからはメリーさんの声が。
「はい」
「私メリーさん。……あの…………オートロック……」
「あ、ごめん!」
扉を開けると、そこにはオレンジジュースのペットボトルを持ったメリーさんが。少しだけ目が潤んでいるようにも見える。
「不覚……オートロックを忘れるなんて……」
「不覚なんて使う人あんまり見ないぞ」
そう言いながら彼女はオレンジジュースをクピクピと飲む。
傷心を癒すため可愛らしくジュースを飲むメリーさんをぼーっと眺めていると、メリーさんがこちらへ地図を持ってきた。持っているのは奈良県の地図(ホテルに備え付け)みたいだ。
「……ヒロユキ、明日どこ行こう?」
僕は少し思案したあと、県の中心から少し北東に向かったところ、斑鳩町を指差した。
「……法隆寺あたりをぶらぶらするか」
「ん、じゃあ今日は早く寝るの。嫌なことは綺麗さっぱり忘れるの」
「それはいかんだろ」
「いいから、今日は明日に備えて早く寝るの」
「……はいよ、おやすみ」
「おやすみなさいなの」
電気を消してすぐ、隣のベッドからはすーすーと可愛い寝息が聞こえてくる。メリーさんはもう寝たようだ。
というか、このままだとどっちが師匠か分からないな……。
「さて、なら僕も寝るか」
僕は暗さに身を任せ、そのまま舟を漕ぎ出した。
遅れて、かつ短めですみません。
次回はもう少し長くできる……かと思います。
次回は水曜投稿予定です。




