27日目. それはかの有名なカラクリ玩具
「それで奈良町まで来たはいいんだが……」
「……どこに行けばいいのか分からないの」
「本当にな……」
もう少しで日も落ちる時間帯であるということもあるが、目に見える店舗は殆どシャッターを降ろしていた(実際はシャッター式ではないが)。
『午後10時まで空いてる店が殆ど無い』というのは完全なデマだと思っていたのだが……良くも悪くも、さす奈良、といった所だろうか。
しかし、5分ほど歩いていると中から電灯の光が漏れ出している店を発見した。
「お、空いてる店はあるな。えっと、何何……『奈良町からくりおもちゃ館』か」
「……面白そう」
「どうする? 折角だし、夕食食べる前に見ていくか?」
「うん、見に行きたい」
看板に流暢な字で『奈良町からくりおもちゃ館』と書かれたその店は、奈良町のゆっくりとした時間の流れと合わさって、 ノスタルジックな昭和の雰囲気を醸し出している。
横引きの扉を開け中に入ると、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような温かな光が室内を照らしていた。
周りを見渡すと、江戸時代のものと思われるからくり人形や玩具がそこかしこに並んでいる。
「これは何というか…………いや、何だこれ?」
「見たことないおもちゃばっかりなの」
「だよなぁ……僕でさえ見たことないのに」
年齢で勝っている分、流石に経験で劣っているということはないだろう。僕が見たことがないものはメリーさんも見たことがない……はずだ、多分。
メリーさんは置いてあった玩具のひとつを手に取り、試行錯誤して動かそうとしたものの、正しい挙動をただの1回もできず終わってしまった。
「これはどうやって使うの?」
「ん? あぁ、それはな、えっと………………」
僕はメリーさんからその玩具を手に取りじっくりと観察する。
その箱型の玩具の中には、小僧が撞木を手に持ち、鐘を打ち鳴らそうとしている。腕の部分が可動域のようだが、触ってみても特に変わった挙動をする訳でもなく、鐘を鳴らす力も無くゆっくりと動くだけだった。
「これ、どうやって使うんだろ?」
「それ今私が聞いたこと……」
メリーさんのため息に、僕は苦笑を漏らす。
すると、背後から2人のものでは無い声が聞こえ、
「それはね、1回上下逆さまにするんだよ」
「「うわ、ビックリした!」」
「何だい、人を幽霊みたいに言うんじゃないよ!」
僕たちは思わずその声から距離を取っていた。
「どうして避けるんだい? 別に怖いことでもしたわけじゃないやろ?」
「いや、後ろから急に声をかけられたら誰でも驚きますよ!」
「わ、私は別に驚いてないの! ヒロユキだけが驚いて後ずさったの! 私はヒロユキに着いて行っただけで別に怖がってないの!」
「あ、お前遂に僕を売りやがったな!」
「別に私は嘘をついてヒロユキを売ったんじゃないの! 私はただ、怖がってないっていう正直なことを言っただけなの!」
「売ったって言った! お前今俺のことを売ったって言っただろ!」
「売ったんじゃない! 私は事実を述べただけなの!」
「あんたら、ここには親子喧嘩をしに来たんじゃないんだろ? ほれ、使い方を教えてやるから」
「「………………」」
親子じゃないです! と普通ならツッコミを入れるとこだが、ここにきてさらに事態を混乱させることは避けた方が良いだろう。普段であってもツッコミは入れないが。
「親子じゃないです、師弟です!」
「ん? してい?」
と思った傍から何言ってるんだメリーさん!?
「私がヒロユキに弟子入りしたんです!」
「ん? 君がヒロユキくんだよね。てことは…………」
「いや、やましいことなんて一切ないですからね? 勘違いしないでくださいね?」
「でもヒロユキ、私と一緒のベッドで寝たことあるよね?」
「余計なことを言うんじゃないよ!」
あれはメリーさんが勝手に入ってきただけなのでセーフだ、そうあれはセーフだ(個人の感想です)。
「あんた、あれかい? 俗に言う『ろりこん』ってやつかい?」
「違いますよ! というかあなたも自己紹介せずによくここまでズケズケ人の心の中を歩けますね!?」
「私かい? 私ゃ近所に住んでる通りすがりのおばちゃんだよ」
「何でただのおばちゃんがここでしゃしゃり出てきたんですか!?」
「人のことをおばちゃんだなんて言うんじゃないよ!」
「痛っ!」
言われたことをそのまま返したら杖が脛に飛んできた。気難しいなぁ……。
「でも、何でここにいるんですか?」
「そりゃここが近所のおばちゃん達で管理してるからよ」
「あ、そうなんですね」
てっきりそういう趣味の人なのかと……いや、何でもない。
「それでこの玩具の使い方なんですけど……」
「ああこれね、1回上下逆さまにするんや。いっぺんやってみ」
「こうですか?」
言われた通りに上下逆さまにしたが、目立った変化はなかった。強いて言うならば、小僧の腕が上がったくらいだ。
「それをね、もう1回上下逆さまにして元に戻すんだよ」
「え、たったそれだけですか?」
「うん、たったそれだけ」
「そんな簡単に……メリーさん、やってみるか?」
「うん! やってみる!」
さっきまで喧嘩をしていたことが嘘のよう。メリーさんの機嫌は元に戻るどころかプラスに吹っ切れていた。凄いな、この玩具、まだどうやって動くかも知らないけど。
メリーさんが元の向きに箱を戻すと、何と言うことでしょう。不思議なことに小僧がリズム良く鐘をつき始めたではありませんか。
その不思議な現象に、僕もメリーさんも釘付けになってしまった。
3分後、鐘をつき終えたその玩具の解説を例のおばちゃんがしてくれた。
「これね、後ろのところを開けてみ」
「これですか? …………あ、これは……砂、ですか?」
「そうそう。これはね、よく見る砂時計とかと原理は同じなんやけど、それに鹿威しを合わせたみたいなやつやな」
「鹿威し! 私知ってる! あの竹で出来たやつでしょ?」
「そうそう、よく知ってるな」
「うん、お父さんと料理食べに行ったらよく目にしたの!」
「あー、なるほどー」
鹿威しがある店は大抵いい店が多い、つまりそういうことだ。
「なるほど、時間が経つまでは砂が器の上に乗るから連動して腕が上がる。そして砂が一定数溜まると砂が重さで落ちるからその反動で小僧の腕が鐘をつく。面白い仕組みですね、これ」
「しかもこれが江戸時代っていうのがねぇ、昔の人は偉いねぇ」
「本当にそうですよね。僕なんかはこんなこと思いつきませんよ」
「他にも色々玩具があるから見ていってな」
「はい! おばちゃん、ありがとうなの!」
「あらあら、いい子やねぇ。いっそのことうちに住む?」
「ありがとうなの! でも、師匠の家に住んでるから大丈夫なの!」
「おい、誤解を招くようなことは言うなってさっきも……」
おばちゃんの方へ視線を向けると、そこからは酷く冷たい視線が僕を貫いて……。
「まぁ、閉店は6時やから心ゆくまで楽しんでってな」
「あ、ありがとうございます」
いたのは気の所為だ、うん。
その後、言われた通り他の玩具も面白く出来ており、僕とメリーさんは1日目の最後まで楽しい時間を過ごせたのだった。
週2投稿は中々しんどいですね…昔の自分がこんなことをしていたなんて想像ができません。
あとこれは余談なのですが、この話の舞台である『奈良町からくりおもちゃ館』は実際に存在する場所ですが、閉店時間は午後5時です。話の都合上1時間遅らせましたが、気にせず読んでいただけると幸いです。
次回は日曜日投稿予定です。




