26日目. 氷の泡ってそれ水蒸気
「おい……ちょっと待って……」
僕は息を切らし、額に汗の滝を流しながらメリーさんに付いて行く。だが、当の彼女は僕とは対照的に息一つ上げずに僕のことをジト目で見ていた。
「ちょっと走ったくらいでだらしないの」
「仕方ねえだろ……ここ何年も運動っていえる運動なんてしてなかったんだから」
最後に走ったのは半月前に店長に呼び出されたときか……あの時も息が切れてたな。
僕は10メートルほど先にいるメリーさんに弱音を吐いた。まったく、情けないったらありゃしないな。
「しかし、かき氷屋はまだ先なのか? もうすでに10分は走ったぞ……」
「まだ10分しか経ってないの」
「『もう』10分だろ?」
「『まだ』10分なの」
10分も走ったら十分な距離だと思うんだが……さすが元気な小学生というべきか。
とはいえ、もう10分は走ったんだ。流石にもうそんなに距離はないはずだろう。ふとG○○gle Mapに視線を落とすと、
「は、はあああああああ!?」
虚しくも、小さな文字で『あと20分』と記されていた。
※ ※ ※
「はあ……はあ…………駄目だ…………もう死ぬ……」
「ヒロユキが死んだら誰がかき氷代を払うの?」
「心配するのはそこじゃないと思うよ!?」
結局、メリーさんにはゆっくりとしたペースで走ってもらって(だが、僕にとっては猛スピードだった)、15分かけてかき氷屋に到着した。
今にも昇天しそうな僕とは対照的に、メリーさんはケロッとして店前のメニューを穴が開くほど見つめている。……後メリーさん。僕に対してもう少し優しくしてくれませんかね? 悲しくて師匠死んじゃう。
「ヒロユキ~! 私早くかき氷食べた~い! 早く入ろうよ~!」
「分かった分かった。今行くから」
残念ながら、僕の悲痛な叫びは華麗にスルーされてしまった。
メリーさんに引かれるまま店内に入ると、外気ほどではないが、少しひんやりとした冷風が脇を通り過ぎてきた。
「いらっしゃいませ、ご注文は食券でお願いします」
「あ、はい。ありがとうございます」
店員さんに言われたとおり食券機の方へ向かうと、食券機にはイチゴ、レモン、ブルーハワイからマンゴーなど、百を優に超えるメニューが記載されていた。
「どれがいい?」
「う~ん……これかな」
そういって彼女が指差したのはこの店一番人気の『カラメルカスタードソース・いちご』。名前のとおりカラメルのカスタードソースといちごがかき氷の上に乗っているやつだ。
「じゃあ僕はこれにするかな」
僕は、メリーさん用の『カラメルカスタードソース・いちご』とその隣にある『いちごミルクヨーグルトソース』の券を購入し、店員さんに渡した。
「ご注文承りました。あちらの席で少々お待ちください」
席に着くと、メリーさんが鞄から本を出して読み始めた。文庫本というよりも、単行本といえるサイズの本を一生懸命に読む姿はなんだか心をほっこりさせられる。
「というか、メリーさんは何読んでるんだ?」
「んー、これ?」
「そうそう」
僕がメリーさんにそう質問するとメリーさんは180度回転させてこちらに見せてくれた。
「えっと、何々……『総合旅行業務取扱管理者試験』とな」
「お父さんにはこれを取るために弟子入りするって言われているから」
「そうだなーそういえばそんなこともあったなー」
酒でほとんど記憶が飛んでいるなんて死んでも言えない。……いや、死んでいたら言えないんだけど。
だが、7歳でその資格取るのは無謀ではあると思うのだが……。
「ちなみに、次の試験はいつにあるかは知ってるのか?」
「うん、確か10月の中旬だったの」
「ならあと7ヶ月とちょっとか……」
それだけの時間があれば十分受かる可能性はあるだろう。普通ならば。
メリーさんの場合は少し状況が異なる。7歳で受験というのはまず体力的にもかなりしんどい。他にも……。
「お待たせしました。カラメルカスタードソース・いちごと、いちごミルクヨーグルトソースです」
「あ、ありがとうございます」
まあこの話は後でするとして、今はかき氷を食べよう。
「このかき氷、ソースがとてもふわふわしてるの!」
「エスプーマっていうらしいな。何でも空気を入れて泡状にするみたいだ」
ソースを泡状にすることでふわっと削られた氷がすぐには溶けず、長時間味わうことができる。しかも、通常のシロップでは重みですぐに下へ行ってしまうが、スプーマ状のソースならば落ちていく速度は非常にゆっくりになる。つまり、上のほうの氷もしっかりソースの味で食べることが可能なのだ。実によく考えられている。
「おいおい、そんなに早く食べると頭が痛くなるぞ」
「ん? 全然ならないよ?」
「そうなのか?」
後で店員さんに聞いてみたところ「ある温度に保っているためアイスクリーム頭痛が起こりにくい」のだそうだ。いやはや、よくできている。
「カラメルソースのコクが氷のさっぱりした風味と合わさってちょうどいいの!」
「こっちはヨーグルトの酸味がいいアクセントになってるな」
そして、2人でかき氷を味わうこと20分。
「ふぅー……いっぱい食べたの……」
「そうだなぁー」
店の外に出た僕とメリーさんは、次の目的地が決まってないことに気づかずならまちの方へ歩き始めるのだった。
次回からはまた週2投稿に戻ると思います。今後ともどうぞよろしくお願いします。
次回は水曜日投稿予定です。
追伸:漢数字を一部アラビア数字に変更しました。




