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24日目. 鹿せんべいを持ってると絡まれるのでご注意を

「見て見て! 鹿がたくさんいるの!」

「そうだな」


 奈良公園の昼下がり、僕とメリーさんは一度奈良公園へ戻ってきた。


「鹿さんがたくさんなの!」

「そうだな」


 暖かな日差しが注ぐ中、鹿たちはのんびりと草を食んでいる。鹿を見ているとなんだかゆっくりと時間が流れているように感じる。


「鹿せんべい渡してきてもいい?」

「ああ、いいよ」


 メリーさんは150円を握り締め、売り場のおばちゃんへ「鹿せんべい1束ください!」と元気に注文をした。「はい、どうぞ」と朗らかな笑顔でせんべいを渡すおばちゃんと、「ありがとう!」と溌剌とした笑顔でせんべいを受け取るメリーさんの姿が何とも微笑ましい。


「鹿せんべい買ってきたよ!」

「そうか、じゃあ鹿せんべいあげにいくか?」

「うん!」

「……でもわざわざ自分から近づかなくてもいいのは楽だな」


 メリーさんの後ろに見やると、大量の鹿がステンバーイしている。


 鹿は食べられなくなることを知っているため鹿せんべいの売り場を襲わないが、売り場を離れた観光客に対しては話が別だ。今まで草を食んでいたはずの鹿が明らかに血相を変えてこちらへ突っ込んでくる。猪突猛進(ちょとつもうしん)、改め鹿突猛進(かとつもうしん)してくる姿がトラウマになっている奈良県民は意外と多かったりするのだ。


 そんな話はさておき、完全にロックオンされたメリーさんの手元(にある鹿せんべい)に鹿たちが突っ込んできた。


「きゃー! ちょっと! そんなに焦らなくてもいいってば!」


 公園内を縦横無尽に駆け回るメリーさんを、ナパーム弾の如く追い掛け回す鹿たち、そしてそれを見ているだけの僕。平和なはずの奈良公園が戦場と化した瞬間である。


 鹿の追尾を蝶のように舞い、軽やかに避けるメリーさんの姿はさながらムレータ()を片手に牛を避け続ける闘牛士のようだ。周りからも拍手の幻聴が舞い起こる。そして避けながらも餌付けは忘れない、流石である。


「…………いてっ」


 そんなメリーさんの姿に視線を奪われていると、太もものあたりに衝撃が走った。


 衝撃があった方向に目を向けると、まだ生まれたばかりの小鹿がジーンズに向かって頭突きをしていたのだ。頭突きというよりも擦りつけるその仕草に、その小鹿は何かをねだっているようにも見える。


「……もしかして鹿せんべいか?」


 もし鹿せんべいをねだっているのであれば、僕ではなくメリーさんに行くべきだろう、という言葉は喉の奥に引っ込めた。小鹿に対して何かを言うのは豆腐に鎹だろう。


 その小鹿は未だ一心不乱にジーンズに頭を擦り付けている。……もしかしてマーキングしているのではあるまいな?


 その懸念が気のせいだと信じて、僕は売り場のおばちゃんの元へ向かう。もちろん鹿せんべいを買うためだ。


「すいません、鹿せんべい1束ください」

「はい、150円ですよ」


 僕は財布から小銭を取り出しおばちゃんに渡す。そのついでにおばちゃんに気になっていたことを尋ねた。


「そういえば、『鹿せんべいの販売所は鹿に狙われない』ってよく耳にしますけど実際どうなんですか?」

「いやいや、そんなわけないわ」


 僕の質問をおばちゃんは豪快に笑い飛ばした。


「シカって意外と賢いんや。ちょっと目を離した隙にすぐ盗みよる。ほら、あそこでもこっち向いて狙っとるシカがおるやろ?」


 彼女が指差した方向に視線を向けると、ああ確かにこっちを見ている鹿がいる。あ、視線を逸らした。


「シカも盗むんは悪いと思っとるから、私と視線が合うとすぐそっぽを向きおる。でも、未だにそういう悪戯ばっかする奴もおるからな、そういう奴には1回お仕置きしなあかんねん」

「お仕置き、ですか?」

「そうそう、いうてもシカを叩くわけやないで? ただ目の前で手のひらを打ち鳴らしたりするだけや。それでも、悪戯しようとするシカにとってはかなり効果的なんや。はい鹿せんべい」

「あ、ありがとうございます」


 僕は鹿せんべいを受け取り、後ろにいる小鹿に対して鹿せんべいを与えた。


 そして同時に気づいたのだ。後ろに並ぶ大勢の鹿の群れに……。


「ああ、言うの忘れてたけどな、それはシカからの信頼あっての話や。信頼のない、要は舐められた販売員はその信頼を勝ち取るのが第一優先やな」

「は、は、早く言ってくださいよー!!」


 僕は鹿の群れから思いっきり追いかけられ、僕の悲痛な叫びは冷たく澄んだ奈良公園の青空に吸い込まれていった。


 ※   ※   ※


「…………ヒロユキ、大丈夫?」

「……大丈夫じゃないです」


 結局僕は鹿に捕まり、鹿せんべいを1つ残さず強奪され、更に鹿の角がまだ生え揃ってない頭から本物の頭突きを食らうという散々な目を受けた。


 一方のメリーさんは最後まで鹿にせんべいを奪われることなく配り終え、今は近くの売り場で買ったソフトクリーム(宇治抹茶味)を舐めている。


 そして僕たちは(少なくとも僕は)ベンチに座ってゆっくりとした時間を感じている最中である。


「……何かどっと疲れたな。何か食べに行きたいんだけど何処がいい?」

「んー……かき氷かな。私冷たいの好きだし」


 ※今は2月です。


「ソフトクリームは抹茶味だったから、かき氷はマンゴー味とかも食べてみたいかなーって」


 ※今は2月です。


「だから私はかき氷がいい!」

「……まあ僕も今はかき氷でもいいかな」


 さっきまで走り回っていた所為で身体の中に熱が篭っている。確かに冷たいものは食べたい気分だ。


 腹は膨れないが、冷たさを求めて僕たちはかき氷屋へと向かうことにした。

お久しぶりです。

申し訳ないですが二月いっぱいは週一のペースにさせてください。三月になると一段落着くので週二に戻します。

次回も来週日曜日投稿予定です。

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