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23日目. もしもし私、今新居にいるの

「お話は野村さんから伺ってますよ。何でも少女と二人暮らしするための家が欲しいってことらしいじゃないですか」


「言いたいことが山ほどあるんですが」「さらっとロリコン認定しないでください」いつもならそう言っただろう。だか今日は違った。


 僕の左袖口をメリーさんは少し引っ張ってきたのだ。


 すらりと垂れる金の髪に純粋無垢な表情でこちらを見つめるメリーさん。その頬は少し赤みを帯びているが、その蒼穹の瞳はしっかり僕を捉えていた。


「……私はヒロユキと一緒に暮らしたい」

「そ、そうか」

「ヒロユキもそうでしょ? 私とひとつ屋根の下、同じ部屋に住みたくない?」

「……そうだな。僕もそっちの方が良いと思う」

「あーはいはい降参降参、甘いのろけ話なら案件が終わってからやってくださいねー。あ、ここ左でーす」


 手のひらを上に向けて降参の意を示した吉岡さんは、僕達を連れて車通りの多い国道から1本曲がって住宅街へと進んでいく。


 平日の朝という理由もあるだろうが、閑静な住宅街という表現がぴったり当てはまる。京都に比べて奈良は人が少なく静かだ、とよく言われるが、その傾向は住宅街に行くほど顕著に現れるのではないのだろうか。


「ヒロユキ、奈良県って何があるの? ごめんなさい、私大仏と鹿しか知らなくて……」

「いや、別に謝るほどでもないよ。でも、そうだなー……」


 奈良県といえば大仏と鹿、他府県民にはそう植え付けられているのかもしれない。現に僕はそうだった。


 だが、そんな奈良県にも魅力的な観光地があるのも事実。


「じゃあ物件が決まったら奈良観光にでも行くか。せっかく4連休を取ったんだ、休みは有効活用しないと勿体ないしな」

「……うん!」


 その提案にメリーさんは満面の笑顔で応えた。何と言うかな、そう、幸せだ。


 普段は物静かでクールなメリーさんも、自分の好きなことになるとパッと花が咲くように笑顔になるのだ。世間ではギャップ萌えとでもいうのだろうか。


「ヒロユキは何処か良い場所知らない?」

「でも奈良県って寺と神社ばかりだからなぁ」


 観光の約束を取り付けた僕とメリーさんは、ノリノリで物件への道を進んでいる。袖口を持つメリーさんの力も心なしか強くなっていることからも、彼女が観光が楽しみであることが窺える。


「……はい、着きましたよー」


 そんな僕たちの姿を呆れ半分諦め半分の視線で見る吉岡さんは、自身の左側にある住居を指差した。


「……広いですね」


 真っ先に浮かんだ印象はそれだ。


 2階建て、庭付き。真っ白な外壁に瓦屋根。現在僕が住んでいる住居と比べると約3倍ほどの広さではないかと窺えるほど立派な住宅。


 正直、もっとこじんまりした部屋を予想していた僕はいい意味で予想を外された。


「……そう? 普通の大きさじゃないの?」

「……本気で言ってる?」

「うん、お父さんの実家はここよりもずっと大きかったよ」

「……お嬢様はそうかもしれないな」


 しかし、やはりと言うべきか、メリーさんの感覚は常人のそれを遥かに逸脱していた。メリーさんに一般サイズを聞くのは止めた方が良さそうだ。


「とりあえず中に入りましょうか」

「そうですね」


 鍵を開けて家に入り、まず目に飛び込んできたのはその内装。


「……思ったより綺麗ですね」

「まだ築3年程ですから」

「ちなみに値段を聞いても?」

「土地込みで940万円ですね」

「え?」


 聞き間違えかな?


「えっと、940万円、ですか?」

「はい、940万円ですね」

「……正直安すぎませんか?」

「ですよねー、僕もそう思ったんですけど何やら噂があるみたいで」

「噂、ですか?」

「ええ。聞いた話によると、何でもここには毎日電話がかかってくるみたいなんです。で、その電話の主が、来る日も来る日も自分の旅行体験記を話して、気づいたら一日が終わっている、なんてことが続いたんだそうです。その電話に耐えきれなくて今まで何人も引っ越したんだとか。それで事故物件扱いされてるみたいですね」

「………………」


 吉岡さん、その犯人ソファ()腰掛け()て紅茶()飲んで()あの子()です!


 なんて言えるはずもなく……。


「そ、そうなんですねー」

「いやー困りますよね、せっかくの物件に悪霊が取り付いているなんて噂が流れたら。売れるものも売れなくなりますよー」

「ですよねー、困りますよねー」


 僕は必死に吉岡さんの調子に合わせ続けた。あとメリーさんには後で問い詰めておこう。


「2階もありますが一応見ますか?」

「あ、はい、お願いします。メリーさん、上行くよー」

「はーい」


 律儀に食器をシンクに置き、てこてことこちらに向かってきたメリーさんを連れ、上の階へ進む。


「ここは書斎ですね」

「……めっちゃ広いじゃないですか」

「うん、広い」


 まるで図書館の一スペースのように本棚がずらりと並んでいる。思ったより二回りほど広い書斎に僕は感嘆の声を漏らす。


「隣にはそれぞれ空いた部屋が2つありますね」

「ぴったりじゃないですか」


 何かの策略でもあったのではないかという程のマッチングの良さにそう呟いてしまう。


「駅からは少し遠いですけど、それでも徒歩15分ほどですし……いかがなさいますか?」

「買います」


 即決だった。


 むしろこれほどの好物件を無碍にする方が勿体ない。


「では、後日予定を合わせていただいてご購入、という流れで宜しいですか?」

「それは勿論」


 餅は餅屋、このような場面ではエキスパートに任せる方がよい。僕は首を縦に振って快諾した。


「分かりました。準備が整い次第こちらから連絡させていただきます。ご購入ありがとうございました」

「まだ買ってないですけどね、こちらこそありがとうございました」


 吉岡さんは礼を言うと、そのまま本社まで帰って行った。「駅まで送りましょうか?」と誘われたが、これからやることがあるので丁重に断りを入れた。


「……さてと」


 僕は1回伸びをすると、メリーさんに向かって全力の笑顔で問いかける。


「行くか!」

「うん!」


 残りの3連休を奈良観光に費やすべく、僕とメリーさんは一度奈良公園へと戻った。

すいません、最近忙しいもので……。

来週は少し更新頻度を落とさせてもらいます、私用ですがご理解の程よろしくお願いします。


次回は来週日曜日投稿予定です。

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