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22日目. ビーフストロガノフの「ビーフ」は牛じゃない

「ただいまー」

「ただいまー」


 玄関のドアを開けると、メリーさんはすぐに居間へと駆け出した。


 ちなみに、今日もメリーさんは僕の職場に来て、バックヤードで勉学に励んでいた。宿題の内容は確か、小学2年生レベルの算数と漢字、そして英語とフランス語だ。まだ1年生なのに1つ上の学年の勉強をしているのを見る限り、彼女の頭の良さが…………あれ? フランス語?


 今の小学校低学年はフランス語まで習うのか、と一瞬脳裏をよぎったが、そんなわけない。小学1年生でフランス語を習うのはフランス語を母国語としている国だけだろう。


 僕は居間にいるメリーさんへ、疑問をそのまま吹っかけた。


「……なんでフランス語?」

「えっと、お父さんが『将来絶対役立つから』って」

「そうか……お父さん外務大臣だもんな」


 僕も一応フランス語は会得して現在の仕事に就いているため、将来役に立つことは分かる。ただ、幼少期からフランス語を勉強させる習わしがあるのは驚きだ。


「他にもロシア語も勉強してるの」

「さいですか」


 もう突っ込むのはやめよう、そうしよう。


「そういえばメリーさん」


 興味を引きつけるため、今思いついたように本題を繰り出す。


「明日から奈良に物件探しに行こうと思うんだけど、何か希望とかある?」

「ん〜……自分の室屋が欲しい」

「自分の部屋ね、あとは?」

「……特にない。自分の部屋さえあれば満足」

「了解、とりあえず自室ね」


 こちら側の要望としては『それぞれの部屋』『書庫(僕要望)』『広めのリビング(僕要望)』『南向き(僕要望)』、そのうち最優先は『それぞれの部屋』だ。


 さて、新居の要望も決まったことだし、夕食作ってさっさと明日に備えるとするか。冷蔵庫に何が残ってたかな? えっと、人参に牛肉に、あ、玉ねぎもある。ならカレーでも作ろうか


「ねぇヒロユキ」

「なぁ!?」


 不意に後ろから聞こえた声に振り向くと、エプロンに三角巾を身にまとったメリーさんがこちらを見上げていた。


「あぁ、メリーさんか……びっくりした」

「? どうしたの急に大声出して?」

「いや、まだ2人暮らしに慣れてなくて。ごめんな」

「ううん、別に気にしてない」

「そうか、なら良かった」


 事実、昨日までの10年間程はずっと1人暮らしだったのだ。そんな中に人が1人加わったのだから動揺もする。


 それよりも、だ。


「……メリーさん、どうしてエプロン着けてるの?」


 さっきはスルーしたが、メリーさんはエプロン姿でキッチンにいるのだ。答えは聞かなくとも分かっているが、さっきからエプロンをゆらゆら揺らしているあたり聞いて欲しいのだろう。僕も定跡通りに質問をした。


「夕食を作るの」

「そっか、何か食べたいものでもあるのか?」

「ビーフストロガノフなの」

「おおぅ……それはまたロシアンティックだな……」


 カレーやハンバーグを予想していた僕は完璧に裏をかかれた。……いやかかれても別にいいんだけれどもな、少し悔しいじゃないか。


 ちなみにビーフストロガノフとは代表的なロシア料理の一つであるが、本場では牛肉が入ってないこともあるらしい。


「なら作るか」

「やったー!」


 珍しくテンションの高いメリーさんと共に冷蔵庫を覗く。


 材料は牛肉、玉ねぎ、マッシュルーム、コンソメスープにサワークリームだ。


「えっと、まずは牛肉の細切りとタマネギ、マッシュルームをバターで炒める、と」


 玉ねぎがしんなりとなったら今度は若干スープをいれて煮込む。


「メリーさんは何かビーフストロガノフにこだわりでもあるのか?」

「マッシュルームと一緒にケッパーを入れるの、今日は無かったけどいつも家では入れてもらってたの」

「そ、そうか。次は買っておくよ」


 仕上げとしてサワークリームをたっぷりいれる。


「サワークリームの酸味で肉のしつこさが消えて食べやすくなるんだよな」


 煮込むと酸味が飛ぶのであくまで最後に使うのだそうだ。


「できたー!」

「んじゃ、冷めないうちに早く食べようか」


 サフランライスを皿へとよそい、ダイニングテーブルへと運んで2人とも席に着く。


「それじゃあ」

「「いただきまーす!」」


 1口分すくって口の中へ入れると、確かにサワークリームが肉のしつこさを消して食べやすくなっている。玉ねぎの甘みとサワークリームの酸味、そして牛肉の旨味が丁度良い塩梅で合わさっていた。


「美味しいの!」


 どうやらメリーさんもご満悦のようだ、良かった。


「次はケッパーも入れるの!」

「はいはい」


 久々に自宅で他人と食べた夕食は、いつもの会食とはまた違った美味しさが、いや、温かさがあった。


 ※   ※   ※


「しっかり条件にあった部屋あるかなー」

「自分の部屋があれば私はいいよ」

「そうだなー」


 朝10時、仕事を休み物件探しへと向かう僕とメリーさんは奈良公園をぶらぶらと散歩していた。


 もちろん無意味の行動ではない。


「店長が紹介してくれた人がこの近くにいるはずなんだけど……」

「……あの人じゃない?」


 店長いわく「眼鏡をかけていて、中肉中背の男」という特徴のない人だが、外国人が多い奈良公園ではむしろ一つの特徴である。


「……ぽいな。声掛けてみようか」


 その男へと近づくと、彼もこちらに気づいたのか会釈をしている。


「すいません、あなたが秦野さんですか?」

「はい、そうです」


 どうやらこの人で間違いないみたいだ。


「私STB住宅サービスの吉岡といいます。今回はどうぞよろしくお願いします」


 ……そして店長が会社のコネクションを使っているのもよく分かった。

最近投稿が遅れてすみません。次回はしっかり出します。

次回は日曜日投稿予定です。

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