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19日目. 新たなる船出

「……はい?」


 思わぬ方向へ話が飛躍していくため、脳の処理が追いつかずフリーズした。その所為で少し品性の欠けた言葉で聞き返してしまう。


「……だから、私がメリーさんなの」


 メリーさんと名乗る幼……少女は少し不機嫌そうに答えた。


「……本気で言ってるのか?」

「……わざわざ嘘をつく理由なんてないんだけど」

「いや、それはそうなんだけどさ……」


 メリーさん、そして仲夢大臣の意味深な発言から正体は何となく予想はついていたが、まさか本当に彼女が幼j……少女だと誰が思うだろうか。


「……前回のお土産は」

「ショートケーキ」

「……その前は」

「ずんだ餅」

「……本物か」

「だから嘘ついてないって」


 俄かには信じ難いが、どうやら彼女がメリーさんみたいだ。ならば相対的に……


「てことはそのお父様というのが」

「いかにも、私だ」


 仲夢大臣がメリーさんの父親ということとなる。


 僕は速攻で彼に向かって頭を垂れた。


「お父様、この度はご高説誠にありがとうございました」

「君にお父さんと言われる筋合いはないけどね、礼は前受け取ったから別にかまわんよ」


 彼は苦笑しながらメリーさんの頭を撫でている。メリーさんはそれを嫌がることなく受け止めている。彼らの姿はさながら親子のようだ。……いや、実際に親子ではあるのだが。


「ひとまずお互い席に着こうか、あまり店で騒がしくしてもいかんからな」

「あ、はい。そうでうね」


 大臣に勧められるがまま僕は席に着いた。メリーさんも大臣の隣の席へと腰を下ろし、夕食をとり始める。


 隣同士に座る彼らを交互に見ながら、オードブルを口に運ぶ。そんな僕を見て、大臣は苦笑を漏らした。


「未だに信じられんかね?」

「……ええ。顔はとても似ているのですが……」


 彼らの顔を見比べると、輪郭や鼻、口や耳まで、眼と髪の色以外は本当によく似ている。目と髪の色以外は。


 染めた、という訳ではないだろうが養子として他所の子を引き取ったにしては生い立ちが似すぎている。だとすれば、


「……もしかしてハーフですか?」

「正確にはクォーターだがね」

「……お婆ちゃんがロシアの人」

「なるほど」


 クォーターにしては綺麗な金髪・碧眼はかなりロシアの血が濃い気がすることの証明でもあるのか。


「こちらの皿、お下げ致します」

「あ、どうも……」


 ウエイトレスに一礼し、目の前のメインディッシュへと箸を掛ける。


「秦野くん、フランス料理ならフォークとナイフを使うのが一般的ではないのかね?」

「えっと、僕フランス料理そんなに食べたことなくて……箸の方が馴染みがあるというか」


 箸しか使えないわけでもないが、西洋料理の類は苦手である。こんなときに奏音がいてくれたらどれくらい嬉しいことか……いないので考えるだけ無駄ではあるが。


「まあいい。本題へ移らさせてもらおう」


 皿の上にフォークとナイフを置いた仲夢大臣が、こちらを凝視しながら真面目なトーンで語りかけてきた。


「秦野くん、私の娘を弟子に取る気はないかね?」

「…………はい?」


 再度脳がフリーズした。弟子? メリーさんを? 話が飛躍しすぎて流石に意味が分からない。その所為で思わず素の声で聞き返してしまった。


「理由は2つある。ひとつは私の仕事の話だ」


 大臣は僕の失礼な態度を見事に受け流して話を進めてくれた。ありがとうございます。


「私が旅行が好きなのは知っているだろう?」

「……ええ、それは僕たちの業界でも有名ですから」


 彼が数々の資格を持ち、旅行へ頻繁に行っていたこと、さらにお土産を毎回購入していた事実は既にリサーチ済みだ。


「しかし、最近仕事が忙しくてね。国の事業に関われることはとても光栄なんだが、旅行に行くことはめっきり少なくなってしまったんだ。今までは出張があったので良かったんだが、これからの仕事は基本的に東京から動かないんだ」


 その後すぐに「この話は外には漏らすなよ?」と釘を刺された。もちろん流出させるつもりはなかったが一応首を縦に振っておく。


「私だけならば良かったんだがね……明梨も旅行好きなんだよ」


 ああ、そんなことか。ならすぐに……。


「何あほなこと言ってるんですか!?」

「私は至極真面目な話をしているのだが?」


 大臣は僕を不思議なものと遭遇したような目で見ていた。誠に遺憾である。


「妻も仕事が重なっていて忙しいんだ。つまり明梨を旅行に行かせることが出来るのは秦野くん、君しかいないんだよ」

「僕を選ぶよりもっと良い選択肢があったでしょう!? 知り合いにいないんですか旅行好きかつ今暇な人?」

「もちろん巨万(ごまん)といる」

「ならどうして!?」

「そこでもう一つの理由だ。秦野くん、君は最年少で国家資格『総合旅行業務取扱管理者』に合格した張本人だろう?」

「っ……」


 その一言で僕は二の句を継げなくなった。そこに追い討ちをかけるように言葉のマシンガンが降り注ぐ。


「わずか八歳で『総合旅行業務取扱管理者』に合格、その後のセンター試験では社会科系教科全てで満点、しかし大学には行かずそのままSTBへと入社、そして今は――――――の1人。そんな人間が私の娘の師匠になるならば、私はどんな手でも使うがね」

「……知ってたんですか」

「国務大臣の情報網を舐めてもらっては困るな」


 別に隠していたわけでもないが、僕の情報なんてほとんどネットには載っていない。精々2、3件あるかどうかだ。


 しかしこれだけのためにそこまでするか……もはや賞賛しても良いレベルだな。


「……でも僕がこれを受けるかどうかは別問題ですよね?」

「……まあそうだな」


 だが僕が受けるかどうかは別問題だ。そして僕は受ける気はない。つまり僕の勝ち……。



「……ヒロユキ、師匠になってくれないの?」



 だと思っていた。少なくともそれまでは。


 視線を横にスライドさせると、メリーさんが可愛らしい目に涙を浮かべてこちらを見つめていた。


「……私、ヒロユキと旅行に行きたいよ。ヒロユキがたまに話してくれた旅行の話、私とても好きなんだよ? 前話してくれた沖縄のこと、北海道のこと、フランスのこと、そして仕事のこと。ヒロユキの話をもっと聞いて、そして一緒に旅行に行きたいの」


 その言葉は涙ぐんでいたが、何故か自然と耳に入ってきた。


「私、ヒロユキと旅行の話をするのが楽しかった。お土産を送ったときも、私の知らないことを色々教えてくれて、私がヒロユキに色々なことを教えて、お互いに旅行の話で盛り上がることが凄く楽しかったんだよ」


 その声音は小さかったが、何故か自然と耳に入ってきた。


「私、これからもヒロユキにいろんなことを教えて欲しい。旅行のことでも、仕事のことでも、もちろんヒロユキのことでもいい。私もそれだけいろんな話を教えてあげる。だから」



「弘行さん。私の、師匠になってくれませんか?」



「………………」


 すぐには言い返せなかった。彼女の言葉が嘘偽りない本心だったから。


「………………」


 そして言い返す気になれなかった。彼女の気持ちが純粋無垢の本物だったから。


 その後2分ほど沈黙が続いた。お互いに何も言わない時間が続き、3分目に突入しかけたとき、「はぁー……」とため息が漏れた。


「……仕方ねえな」


 僕は後頭部をガシガシと擦ると、仲夢大臣へと向き直って短く端的にその言葉を伝えた。


「……お父さん、娘さんを僕にください」


「……ああ、よろしく頼む」


 短い言葉。されど、その中にはきっと無限大の気持ちが籠められているのだろう。



 2月25日、日本国に新しい師弟関係がまた1つ、誕生した。

メリーさん可愛いですね。

次回は水曜日投稿予定です。

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