18日目. もしもし、私
2月23日、昨日の疲れを癒すため、今日は有給をとって惰眠を貪った。あれだけの大仕事を終えたんだ、有給の1日2日くらいは免除してくれるだろう。
目覚まし時計をセットはしたはいいが二度寝、三度寝と繰り返し、ベッドから這いずり出た頃には午後3時前になっていた。
休みといっても今はもう夕方前。やることがなく暇なので、久しぶりにミルに手を乗せ回し始める。ここ最近は仕事で忙しくコーヒーを一から入れる暇がなかったため、なんだか懐かしさを感じた.1ヶ月触れていないだけでこんな懐かしさが溢れ出たことが、随分と内容が濃い1ヶ月だったことを再認識させる。
「しっかし、まさか大統領が怒るとは思わねぇよな……」
これが大統領の策略であったとしても、思わず怯んでしまった。あれだけ日本愛を存分にさらけ出し「もしかして本当はもっと気さくな人なのでは?」と思わせられたが流石は一国の首相、その気迫は本物であった。
もっとも、彼が気さくな人だったことに変わりはなかったが。
引き終わったコーヒー豆をペーパーフィルターをつけたドリッパーへと投入し、その上から少しずつ熱湯を注ぐ。1回目は少なめに入れて少し蒸らし、2回目は多めに、3回目以降は徐々に減らしていき完成だ。
コーヒーカップへと移した1ヵ月ぶりのドリップコーヒーの味は、酸味と苦味が丁度良く合わさった我ながら素晴らしい出来だった。
何となくチャンネルリモコンをテレビの方向へ向けニュース番組をつけると、首脳会談を終え会見をするマイロン大統領の姿が画面へと映し出された。
『本日の首脳会談、手応えはどうでしたか?』
『お互いの立場を再確認し、有意義な時間をすごせたと思います』
『日本との貿易について、大統領はどのような考えをお持ちですか?』
『お互いの利益になるよう、互いの立場を尊重して計画を立てていこうと考えています』
当たり障りのないことを言って質問を捌き、切り抜ける。常套手段ではあるが最強の手段でもある。
そうしてぼーっとテレビを眺めていると、
『今回、大統領は首脳会談を入るにあたって、関西を観光で訪れたとのことですが、感想などはありますか?』
いつの間にか僕たちの話へと切り替わっていた。
『そうですね……』
大統領は一度目をつぶって少考してから再び顔を上げた。
『今回の観光で、私は色々なことを発見しました。古くからの伝統に、古人の知恵、さらに現代の日本や我が祖国との繋がりまで、実に幅広い分野を再確認することができました。このような機会を設けていただいた日本政府と、この観光を企画していただいた人々に改めて感謝の意を示させていただいたい』
そのとき僕は、涙を流した。何故だかは分からないが、気づけば自然と涙が出て頬を伝っていたのだ。
人に感謝される。たったそれだけのことだが、このようなことがあるから僕は「この仕事をやっていて良かった」と思えるのだろう。
『まぁ、もっといい方法はあったと思いますけどね』
そして、真面目な話の後に茶化すことが出来るのは流石マイロン大統領といったところだろうか。
「あ、そうだ新聞新聞」
昨日の新聞を取っていないことに気づき郵便受けを開けると、中から二日分の郵便がドサドサっと音を立ててなだれ込んできた。
中身は新聞、広告など色々あるが、その中で目を引いたのは封をされた白い封筒だった。
「ん? なんだこれ」
封を切って中身を見ると、中には当然手紙が入っていた。ただし内容は普通ではなく、
『秦野くんへ
今回はお疲れ様。連絡先を交換していなかったので手紙で連絡させてもらうよ。
さて、本題なんだが、今月25日の夜にフランス料理店「ラ・コルセ」に予約を取ってある。午後7時からだが、もし遅れるならば書いてある電話番号にかけてくれ。21日の続きを話そうじゃないか。 仲夢譲二 090-○○○○-○○○○』
と、いうことで大臣と晩餐会だー、やったー。
いや、そんな呑気な事は言ってられない。服装はどうすればいいのだ? 何分前に着いておけば失礼にならないのか? 段々頭が痛くなってきたぞ……。
すると、居間に置いてあるスマートフォンが震えた。
携帯電話かつ見知らぬ番号のため出ることを躊躇ったが、結局電話に出てしまった。
「もしもし?」
『……私、メリーさん』
そして、電話先の相手はメリーさんだった。
「おう、久しぶりだな」
『……? 昨日1日話さなかっただけだよ?』
「そうだったか?」
やはり昨日の内容が濃すぎたため、体内時計が大幅に狂っているようだ。早めに治さねば。
「それはそうと、今日は何で違う電話からかけてきたんだ?」
『……ん、新しく携帯電話買ったからアドレス交換しておこうと思って』
「……そうか」
『それじゃ、また明後日ね』
「おう」
そこで電話は切れた。
それにしても、明後日は食事会かー……胃が痛むな、胃薬でも飲んでいくか……。
※ ※ ※
「秦野くん、ワインは赤と白、どちらがいいかね?」
「えっと……僕あまりワインは飲まないのであっさりとしたものでお願いします」
「では、ヴィニュロンズ・リザーブ・シャルドネはいかがでしょう?」
「そうだな、ではそれを頂こう」
「かしこまりました」
日は過ぎて既に25日。定時に仕事を終えた僕は特急に乗り、予定時間30分前到着を成し遂げた。
それにしても、普段はフランス料理なんて食べないからマナーなんてほとんど分からないぞ……奏音にでも聞いておけばよかった。
「さて、本題に入ろうか」
「あ、はい」
「それよりも、彼女を呼んだ方が早いかな。少し待ってくれ」
そう言うと彼は手元のスマートフォンを操作し始めた。
「よし、秦野くん、あと少しだけ雑談しようか」
「は、はい。何でしょうか?」
「君に一つ頼みたいことがあるんだが」
「えっと、要件にもよりますが……旅行のことですよね?」
「いや、違う」
「で、ではまた外務省のお手伝いですか?」
「分かっているのだろう? 素直になりたまえよ」
「……では、こちらからも質問させてください」
「いいぞ、何だね?」
僕は大きく息を吸い、もう既に答えの分かっている質問を敢えてぶつけた。
「あなたとメリーさんはどのような関係なんですか?」
「それはだな……」
すると、電話が着信を告げて震え始めた。画面にはメリーさん(携帯)と記されている。
大臣に断りを入れ、電話へと出る。
「もしもし?」
「……私メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」
思わず耳を疑った。声がした方向へバッと後ろを振り向くと、そこには少女がいた。
純白のワンピースで身を包み、髪は透き通るような金色、瞳は吸い込まれるような蒼、まるで神の造形物かのようなその姿に僕は心を釘付けにされる感覚を覚えた。
「紹介しよう」
仲夢大臣は彼女の後ろへと回り、そして彼女の肩へ手を添えた。
「私の娘、仲夢明梨だ。いや、君にとってはメリーさんだったね」
やっとこさ登場でございます!待ってくれていた方本当に申し訳ございません!
次回は日曜日投稿予定です。