17日目. 奈良は仏閣数日本一、ではない。
「はい?」
耳には届いたが、改めて聞きなおす。これが空言だといいんだが……。
「これを企画したのは君かね?」
ほとんど同じ言葉を、マイロン大統領が無機質な表情のまま放った。
「ええ、そうですが……」
そう否定する内容でもないので肯定する。今まで大統領も満足していたはずなのでこれが地雷という事ではないだろう。
「そうかそうか」
大統領は目を瞑り、首を縦に振ってうんうんと頷いた。
「もうひとつ聞いていいかい?」
「え、あ、はい」
何かに気触ることでもしたのだろうかと思うと、心臓の動悸が止まらない。弁解を考える他ないが、何が理由かさっぱりなためどうしようもない。
ピンチだ。先程の無機質な表情、あれは好意的な目線ではなかった。むしろ逆、あれは明らかに敵意の篭もったものだった。
今の状況は、言うなれば手持ち無しで猛獣に遭遇するほどの絶望的なものだ。
言い訳を考える間もなく、大統領は質問を投げかける。
「今回の企画、東大寺に興福寺、そして茶粥ときた。もちろん、下調べはもう済んでいるのだろう?」
「……はい」
俺は少し間をとって首肯する。想像していた質問とは違った。
なら、ここで説明するのみ。言葉を慎重に選びながら二の句をつぐ。
「マイロン大統領、あなたは大学時代一度日本を観光で訪れている。そうでしたね?」
「ええ、私の事はいいから気にせず進めてください」
大統領は微笑を崩さず推測を催促してきた。その微笑が逆に怖い。
「分かりました、そうさせてもらいます」
少なからず緊張は解れた。僕は少し頬を緩めて企画の内訳を話し始める。
「そこで貴方は京都と奈良の文化に感銘を受けた。その中でも特に東大寺や興福寺、春日大社や下加茂神社など、主に平安時代までの建築文化に心を魅了された。今回はそこに目をつけたんです」
息継ぎを挟み、多くの情報を入れ、然れどゆっくりとした口調で話続ける。
「そこで、今回のプランもそこを中心にした、という感じですね」
「……以上かい?」
「……ええ」
「では、今度は私からもう一つ質問させてもらおう」
少し深呼吸をして、こちらを見据えた大統領の瞳は、冷たく凍りきっていた。
「どうして、こんな馬鹿げた企画を立ち上げたんだ?」
優しい声色ながら、その中には怒気が孕んでいる。明らかに怒っている。何故だかは今本人の口からハッキリと告げられた。
『企画が馬鹿げている』
どうにも直しようのない一言が、僕に突き刺さる。
間髪入れずに大統領が口撃を加えてくる。
「君の考えたプランは悪くない、いや、むしろ良作だと誇ってもいい出来だよ。でも、十字架は人間には効かない。相手を間違えれば効果を失う、それどころか馬鹿にされることさえ有り得る。今の君はそうだ。このプランはいい、私以外の人間ならばこれだけで大いに満足できただろう。私以外、ならね」
静かに放ったはずの彼の言葉は、何全倍もの重みを乗せて僕に飛んでくる。
「私は初めて日本に来たとき、奈良時代、平安時代の建築物に感銘を受けた。それは君が言った通り、紛れもない事実だよ。東大寺、春日大社、平等院に法隆寺……ありとあらゆる建築物に、日が昇る前から日の落ちるまでひたすら各地を回っていたよ」
彼の目はどこか懐かしさを思わせる光を帯びていた。
「……だがね、もう既に行ったんですよ。そこには」
が、すぐさま元の冷え切った瞳へと戻る。
「何か他に思考があるのかと思って付いてきてみれば、特に何もない。こんなことはインターネットが普及している世の中では調べればすぐに出てくる。そんなプラン、馬鹿にしている他に何があるんだい?」
「………………」
答えることは出来ない。それを言ってしまえば、大統領のメンツを汚すことになるから。だから大統領の辛辣な批評を甘んじて受け入れる。
「私のことはいいと言ったでしょう?」
「……!」
しかし、そこまで後押しされたとしても、僕は踏みとどまってしまった。
本当にこれでいいのだろうか。
周りを見ると、大臣が冷や汗を流しながらこちらを見ている。他の人は色々な仕草をとってはいるが、誰もが手汗を握ってこちらを見ている。
もしここで否定してしまえば、今後の日仏関係がどう悪化するかは分からない。
「大丈夫だ、その点はしっかり布石を打ってある」
予期しているとかあんた何者だよ、と軽口を叩きたくなるが、ここはぐっと我慢だ。
「……分かりました。では」
大きく深呼吸をし、決意を固める。
「まず、以前来たことのある所を入れた件ですが、これはわざとです」
「ほう……で、その真意は?」
「知って欲しかったんですよ、30年過ぎた現在の状態を」
ふむ、とこちらを観察するような目でこちらを見るのはやめて欲しい。小っ恥ずかしい。
「と言っても建造物はそんなに変化してないですけど、あえて言うなら、奈良公園くらいですかね? でも、時代の流れは少なからず建造物に影響を与えるので、そこら辺を見て欲しかったんです」
「そうだな、確かに奈良公園の雰囲気はかなり変化していた。そこは予想外だったよ」
大統領の柔らかい目線を送ってくる、やはり少しこそばゆい。
さっさと話題を転換して恥ずかしさを紛らわす。
「2つ目は、単純に仏とフランスを掛けただけですね、日本特有の駄洒落ですよ」
「そ、そうか」
周りでも少しずつ笑い声が聞こえ、冷え切っていた空気が笑いで少しずつ溶けてきているのを感じる。
「あまり深い意味は無いですけど、それでも、少しだけでも奈良について知ってもらえればいいな、と思った次第です」
「……そうか」
大統領は少し目を閉じたあと、こちらをしっかり見据えてハッキリとした口調で、
「この度は、無礼な質問をして済まなかった」
なんと一般人である僕へと謝罪の言葉を述べた。
「だ、大統領! そんな、僕なんかに謝ることないですよ!」
「そうですよ、秦野なんて放っておけばいいんです」
おいこら大臣。
国宝館内にまた笑い声が響く。
「さて、次は京都観光ですよ! 気を引き締め行きましょう!」
「何を引き締めるんだか」
ちなみに、午後の京都観光はこんないざこざは一切なくすんなりと終わったそうな。……羨ましい限りである。
はい、旅行編終わりました。今までありがとうございます。
引き続き大和編は続くので今後も楽しんで頂けると幸いです。
次は遂にあのキャラが登場します。乞うご期待を。
次回は水曜日投稿です。