15日目. 奈良の雑煮にはきな粉が入るそうだ
「茶粥……ですか」
マイロン大統領は茶粥が入った赤膚焼の器を興味ありげに上から覗き込んでいる。
「そのままお茶の粥で茶粥です。」
茶粥とはその名の通り、お茶で炊かれたお粥のことである。使われるお茶は番茶やほうじ茶、緑茶など。地域や店ごとによって異なるが、今回の茶粥ではほうじ茶を用いている。
「奈良では聖武天皇の時代、つまり奈良時代から食べられていたという記録も残っています。『お水取り』として有名な二月堂の修二会でも食されていたという記録もあります。皆さんも『大和の茶粥』という言葉は聞いたことがありませんか?」
「聖武天皇ですか! 東大寺の盧舎那仏や正倉院を遺した彼の功績は我が国でも有名ですよ!」
日本マニアのマイロン大統領、茶粥ではなく聖武天皇に食いついた。だが皿の中身は既に空となり、お代わりもしていることから好みではあったようだ。第2関門は突破である。
「茶粥か……」
「苦手なんですか?」
一方、仲夢大臣は渋い顔をして蓮華と睨み合っていた。量も半分ほどしか減っておらず、もしや地雷を踏み抜いたのだろうかと頭の中に懸念が過ぎる。
「いや、熱いのが苦手でな。猫舌なんだよ」
しかし、その心配は杞憂だったようだ。僕は冷や汗を拭う仕草をして心を安堵させる。
実際に茶粥が苦手、もっと酷い場合は嫌いな人も一定数いるため、その確率を引かなかったことは単に運が良かったと言えるだろう。
ちらっと左隣をみると、今度は山科が難しい顔をして器を覗いていた。器は空になっているため、苦手という訳では無さそうだが……。
「山科? もしかしてお前も猫舌だったか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そ、そうか。ならいいが……」
「……でも京都の白粥の方が美味しいですけどね」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、別に?」
その割には顔をしかめている気が……と言おうとした矢先に山科は笑顔に戻った。何だったんだ一体……?
僕は右隣の奏音へと耳打ちをする。
「おい、ここの茶粥って癖がなくて普通に食べやすいんだよな?」
「うん、今まで私が食べてきた中ではダントツで癖がないと思うよ」
「そうだよなー、何で山科はあんなしかめっ面してるんだろ?」
奏音は少し思考してから、やはり間の抜けた声で返した。
「う~ん……対抗心?」
「へ?」
思わず巣で声が出てしまう。対抗心? なんじゃそりゃ。
「多分奈良でこんないいものが出て京都の血が騒いでいるんじゃないかな~。『俺の地元ではもっと美味しいものが出せるぞ!』って」
「そう、なのか?」
「多分ね~」
某○ケモンのように奏音が返事をする。こんないいものって言い切れるお前も十分凄いけどな、と彼女に聞こえないよう小声で言い放った。
まあ実際、フランス旅行で50店舗もの店を渡り歩いた奏音の舌と言葉には説得力がある。ただし食オンリーだけだが。
「そういえば秦野くん」
「は、はい。何でしょうか外務大臣閣下!?」
「秦野くん焦って口調おかしくなってるぞ」
実験結果。人間急に話題を振られると敬語、それも最高敬語レベルの言葉がでる。なお、検証不足のため追加の情報求む。
ってそうじゃない。向かいの仲夢大臣が、蓮華を口へ運びながらこちらを呆れた目で見てくる。ちなみに粥はほとんど食べきっていた。
「結崎さん、だっけ。彼女ただの幼なじみではないだろ? 彼女は一体何者なんだ?」
「本当にただのバックパッカーですよ? ただめっちゃ食に関することに詳しいだけで」
「食に関すること、か。うむ、もう少し詳しく頼む」
「えっと、ほんとにただの幼なじみなんですけどお!?」
仲夢大臣の質問を返そうとしようと口を開く寸前、僕の右わき腹に強烈な衝撃が走った。
隣からは視線で「黙ってろ」と釘を刺すかのような冷たい目線が。その主は言わずもがな、奏音である。
僕はそんな奏音に非難の声を上げる。
「痛えよ! 何で急にわき腹に拳入れてくるんだ!? 死ぬぞ男女に関わらず!」
「……何のこと?」
「いや、お前今僕のわき腹殴っただろ」
「殴ってないよ~?」
「嘘つけ! 見ろよこの痣! あーあもう青くなってるよ……」
「私じゃないよ~?」
「いや、お前以外ありえな」
「私じゃないよ?」
「で、でもお前のほかに誰が」
「私じゃない」
「あ、はい」
……その後、特に何事もなく朝食は終わり、一行は東大寺へと向かうこととなった。
「ありがとうございました~!」
そして暢気な声で礼を言う奏音への視線は、何故か畏怖を込められたものが多かった。ナンデダロウナ。
あと言ってなかったが、今日の朝食は全て奏音が作った。これを大統領や大臣が聞いたらどうなるだろうか。後が怖いから絶対言わないけど。
※ ※ ※
「秦野くん、さっきの話の続きなんだが」
「はい、何でしょう。イテテ……」
「彼女とは付き合ってたりするのかね?」
「何でそっちの方向に話がぶっ飛んで言ったんですか!?」
そっちの話はまるで予想外だった。というか何処をどう見たら付き合っているように見えるのだろうか。
「いやいや、絶対ないですよそれは! 地球が180度回転してもありえないですって!」
「それは半日で起こるけどな……」
「秀逸なツッコミありがとうございます。それは置いといて、付き合うことは絶対にないですよ。仮にこっちが気があっても、あいつはこっちに興味なんて持たないですよ」
あいつの幼なじみとしてそれは確信を持っていえる。今も昔もそうだが、奏音と僕とはただの幼なじみだ。それ以上もそれ以下もない。恋愛関係なんて天地がひっくり返ってもありえない。
「まあ、それならばいいんだ」
「はあ……」
何がいいのかを聞いては見たかったが、結局あいまいな言葉を返すだけに留まった。
それよりも今は、第3関門突破を祈るだけだ。
本編でも触れましたが、茶粥は昔から奈良で食べられているそうです。お粥って美味しいですよね。
次回は水曜投稿予定です。