13日目. 当日⊂一日
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
22日早朝、僕がホテルのロビーで缶コーヒーを飲んでいると仲夢大臣も階上から降りてきた。
「しかし、まだ朝の4時だぞ? 流石にこんな早朝から起こす必要は無かったのじゃないか?」
「でも、観光するからにはこの位の時間に起きるのは普通でしょう?」
「仕事しながら旅行ができる君のことを少し恨むよ」
仲夢大臣は苦笑しながら僕へ軽い恨み言を吐いた。口調からしてそんなことを微塵にも思っていないのは丸わかりだが。
ちなみにこの仲夢大臣、実はかなりの旅行好きとして有名である。
大臣になる前はよく家族旅行をし、毎週のように派閥の人たちへとお土産を配っていた話は、財政界だけでなく旅行業界までにも耳に入るほど有名な話だ。
ある時にはお土産を買うためにその店の本店まで自ら出向いて購入し、ある時は売店で売り切れていたために違う売店へ、それでもなければネットで注文をする。
今でこそ日々多忙に大臣の職をこなしているが、総合旅行業務取扱管理者を始め様々な資格を取得している仲夢大臣は、正に生粋の旅人であると言えよう。……さらっと言ったけど何で趣味で国家資格持ってんだよこの人。
閑話休題。
「でも、わざわざ君がこんな時間に設定したんだ。何か意図あってのことだろう?」
「ええ、まあ……」
「おはよう、ムッシュ仲夢、ムッシュ秦野」
「あ、おはようございますマイロン大統領」
仲夢大臣と他愛無い話で時間を潰していると、マイロン大統領も眠たそうにロビーへと降りてきた。
疲れているわけではなさそうだが、うっすら目の下に隈ができていた。
「今日はよく眠れましたか?」
「いや、今日の観光が楽しみすぎてね、少し寝不足気味だ」
それは非常に光栄だ。ただ、その後の首脳会談に支障をきたさなければいいが……。
「さて、役者も揃ったのでそろそろ行きましょうか」
「待て秦野くん、まだ行き先を聞いてないぞ」
「私もだ。ムッシュ秦野、どこへ行くのか教えてくれないか?」
「そうですねー、到着するまでのお楽しみ、でいいですか?」
「ダメだな」「ダメです」
「二人揃って言わなくてもいいじゃないですか……」
日本の現外務大臣とフランス大統領がタッグを組んだら勝てる気がしない。
「役者が揃ったといったのは君だぞ、秦野くん」
「それとこれとは全く意味が違いますよ……」
意味どころか、使い方自体を間違えているのだが。おそらく皮肉を利かせたギャグなのでスルーが安牌だ。
「まあ、そう言わずに教えてくれてもいいじゃないか」
「……分かりました。そこまで言うならお教えしましょう」
まあ、別にもったいぶる内容でもないので、マイロン大統領に急かされるまでもなく言うつもりではあったのでそのまま目的地を口にする。
「まず向かう先は、奈良公園です」
※ ※ ※
大統領の所望で電車で向かう車内の中、雑談の続きを勤しんでいた。
「へえ、大統領も1回奈良に来てたんですか」
「大学生時代に1週間だけだがな」
意外な事実に、仲夢大臣、フランスのお付きの人までもが驚いている。
「あの時は若かったねえ。もう30年前になるんだが、東大寺、法隆寺に行ったな」
「何か面白いことはありましたか?」
「大仏を見た記憶しかないな」
「今日は東大寺にも行くので楽しみにしといてくださいね」
「おお、東大寺にも行くのか! それは楽しみだ!」
話は恋愛のベクトルへと移っていく。
「秦野くんは恋人などはいなのか?」
「いないですね。今までで一度も」
「これだけ仕事ができたらモテそうですけどね」
そういうのは同じく今日の観光の先導を務める山科だ。
「できないのはできないんだよ。山科こそどうなんだ?」
「俺ですか? うーん……いる、といえばいますね」
「なん……だと……」
てっきり僕と同じ人種(?)だと思っていた分余計に衝撃が大きかった。まさか山科が彼女持ちとは……。
「山科くんの話は私も気になるな。彼女はどんな人なんだ?」
そして、人の恋バナの中へ堂々と進入してくる仲夢大臣も中々衝撃だ。あんた国務大臣だよな一応。
「えっと……詳しくは説明しにくいんですけど、目元がかわいくて、あとは……よくマスクしてますね」
「風邪でもひいているのか?」
「いや、扁桃腺が太くてマスクしないと喉を痛めるとは言ってました」
「そうか、それは大変だな」
彼女が病気持ちだと大変らしい。僕の賢さが1上がった!
「仲夢大臣の奥さんも相当お綺麗ですよね。ほら、あの金髪の……」
「あ、そろそろ奈良に着くぞ。秦野くん案内を頼む」
都合のいいタイミングで逃げやがって……。しかし、仕事は仕事なのでやらねばならない。
僕は近鉄奈良駅の東口から奈良公園へと先導して向かう。行基像、東向商店街があるほうの出口だ。
平日、しかも早朝とあってかなり人は少ない。横にある興福寺、奈良県庁前を通り過ぎ、かなり大きめの広場へとやってきた。
「もうそろそろかな……」
「ムッシュ秦野、今から何が始まるんだ?」
「まあ見ていてください」
そして朝6時。その広場に続々と鹿が集まってくる。
澄んだ二月の空気にベートーベンの交響曲第6番『田園』がナチュラルホルンの音色で響き渡った。
やっと旅行しました。と言ってもほとんど電車の中ですが。
次回は水曜日に投稿する予定です。