9日目. 会議当日早朝列車内
本当は会議まで行きたかったんですが、ひとまず切りのいいところまで。
「あ、おはようございます、秦野さん!」
「おはよう、山科くん」
メリーさんによる精神的拷問の翌日。会議に向かう電車の中で声をかけてきたのは、フランス大統領おもてなし計画(仮)のメンバーであり、STB京都支店の社員でもある山科だ。
「今日は野村さん来てないんですか?」
「いやー……前回の会議潰してから『後は任せた』って言われた」
「あー……うちと同じですね。伏見店長も全く同じこと言ってましたよ」
「まあ、あれだけ滅茶苦茶にしたら自己謹慎くらいは普通なのかもしれないな」
実際は単に宿敵同士会いたくないだけだと思われるのだが、ここで山科に言うことでもない。それはおそらく山科も理解しているだろう。
お互い苦笑しながら昨日の前回の事件を振り返る。
「あの二人、顔合わせたらいつも口論になるんですって。店長本人も言ってました」
「初耳だな」
そんな話は店長から聞いていない。同期のライバル同士、というところまでしか僕の耳には入っていない。
「同期で、かつお互い地元愛が強いですからね。STB本社で働いてた頃もよく口喧嘩ばかりして上司に怒られてたそうですよ」
「へえ、今の姿からは見当もつかないな」
前のイメージでは、店長は何事にもクールに対応して解決するタイプだと感じていた。まさか伏見さんと口喧嘩ばかりしていたとは……先の会議がなければ絶対に信じてなかっただろう。
「本当ですよね。店長も普段は物静かで、怒るときは怖いですけど、それでも優しくフォローしてくれているのでいつも感謝しっぱなしです」
「同じだな。僕も店長には助けられっぱなしだ。たまに落ちてくる拳骨はすごく痛いけどな」
「あー分かりますそれ。店長の拳骨って何というか、脳に響くって言うんですかね? そんな痛みなんです」
「脳に響くってのはよく分からないがおおよそ同じだと思う」
山科の言葉に若干環境依存文字が含まれていた所為か、少し聞き取れないところはあったが肯定しておく。
しかし脳に響くってなんだろうか。脳が震える、みたいなものか? 脳震盪で倒れてないといいが……。
「でも、会議の場で喧嘩はいただけないよな……」
「道下さん相当参ってましたからねえ。もう凄い勢いで現実逃避してましたよ」
「うわ、マジか……途中でお菓子買っていったほうが良さそうだな」
「胃痛薬の方がいいんじゃないですか」
「まさか、それは流石に止めといたほうがいいだろう」
ちなみに、この山科の予想は大当たりで、この日道下さんは胃潰瘍のまま強行して会議をしているのだが……ついに2人は知ることはなかったそうな。
空気転換に僕はプランの進捗の話へと話題を振る。
「プラン何か思いつきましたか? 俺は全然なんですけど」
「心配するな、僕もだ」
アイデアが浮かばないのは京都側でも同じらしい。できてないことには変わらないので何の解決にもなっていないのだが。
「一応フランス料理店は数店舗予約確保してますけどね」
「そうなのか」
「はい。大統領の口に合わなかったら問題ですしね」
「まあそれは確かにな」
「あと、京都はパリと姉妹都市関係ですから。留学生の勉強している姿を見てもらおうとも考えています」
「お、おう」
「それから、京都市にある寺院と神社についても色々案は出ています。例えば、寺院の方は世界遺産にも登録されている清水寺、鹿苑寺、慈照寺、高山寺、龍安寺、少し南に下りると東寺がありますし、宇治の方に下りれば平等院もあります。神社の方は下賀茂神社、伏見稲荷大社、上賀茂神社、それからそれから……」
と思っていたのも束の間、京都側は意識しているのか、はたまた天然なのかは不明だが、かなりの量の案を僕の脳内にぶつけてきた。山科くん……伏見さんの影響か知らないけど京都愛が重いよ……。
ちなみに、ここから山科くんは電車を降りるまでほとんど口を動かし続けていた。京都愛が重いよ……。
『ご乗車ありがとうございました。まもなく大阪難波、難波です。地下鉄線、南海電車はお乗り換えです。
この電車は 阪神直通 神戸三宮行き、快速急行です。大阪難波から先、西九条までの各駅に止まります。
近鉄をご利用いただきありがとうございました。
Thank you for taking Kintetsu Railway.
We will soon make a stop at Osaka-Namba, station number: A01, HS41.Please change here for the subway and Nankai lines.
This train is the Rapid Express bound for Hanshin Kobe-Sannomiya direct.This train will be stopping at every station between Osaka-Namba and Nishikujo.
Thank you for taking Kintetsu Railway.』
乱立する高層ビルが、大阪の都会の雰囲気を漂わせて、到着を知らせるアナウンスが緊張感を増大させていく。
僕は家からずっと考えていたアイデアを頭の中で纏め上げる(相対的に山科の話は聞いていない)。基本的な構造はできているのだが、あと一歩、あと一つアクセントが足りない。どうするべきか……。
そうこうしている間に駅に着いた。ドアの開放音と共に電車を降りると、山科が弱弱しい声で話しかけてきた。
「秦野さん……」
「ん? どうした?」
「……吐きそうです」
「は? ……っておい! 公衆の面前で吐くな! せめてトイレ行けトイレ!」
「……無理です。吐きます」
「止めろぉ! トイレまで耐えるんだ山科ァ!」
次回は会議に突入すると思います。
メリーさんは……流石に出さないと駄目ですね。旅行もしなくては……タイトル詐欺になりかねないですね。
次回は日曜日投稿です。