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0日目. プロローグ

「ふぁぁ……」


 清清しい空気に満ちたある春の日の早朝、僕は弟子と共に散歩がてら公園まで遊びに来ている。辺り一面で桜が咲き乱れ、いち早く花見の場所取りをしている会社員や観光客もちらほら見受けられる。


 僕は公園のベンチに腰掛け、そんな人たちを眺めながら缶コーヒーを口にする。早朝の散歩は最近の日課なのだが、溜まった仕事を消化した徹夜明けの身体にはなかなか厳しいものがあり、今も頭は回っていない。


「ふぁぁ……」


 その横で僕と同じ様に欠伸をしたのは僕の弟子であり、かつパートナーでもある仲夢(なかゆめ)明梨(めいり)、通称メリーさんだ。


 透き通るような金髪を肩まで下ろし、澄んだ蒼穹の瞳を持つ整った顔立ちをしたメリーさんの姿は、純粋無垢な可愛さを持つ天使のようにも、清楚な雰囲気を醸し出す聖女のようにも見える。僕が何も知らないなら、彼女が「神が地上へと送った天女だ」と言われても信じてしまうだろう。


「ヒロユキー」

「んー?」

「そろそろアレの時間なのー」

「っ……うん、そうだなー」


 メリーさんが僕の袖の裾を引っ張りながら上目遣いでこちらを見つめてくる。適当にぶっきらぼうに返したが、心臓はバクバク鼓動を鳴らしている。おそらく段々と眠気が覚めてきて血流量が増加したのだろう。生理現象なので仕方がない。


「よし、じゃあ行くか」


 僕は一度大きく伸びをして、ベンチから「よっこいしょ」と言いながら徐に立ち上がる。そのままアレを見に歩きだそうとする。だが、


「ヒロユキー」

「んー? 今度はなん……だ……?」


 後ろから呼ばれたので振り返ると、当然メリーさんがいる。そこは大した問題ではない。


「ん!」

「……何やってるの?」


 問題は、彼女が両腕を広げて僕の方へと向けていることだ。何かを目線で訴えているが、僕にはさっぱり分からない。


 互いの動きに進展が無いまま3分が経過すると、彼女は広げていた腕を下ろし溜め息をつくと、もう一度大きく腕を広げ、恥ずかしそうに頬をわずかに赤めながら呟いた。


「抱っこなの!」

「子供か」

「7歳だから子供なの!」

「……そうだな。その通りなんだが……」

「だからさっさとおんぶでも抱っこでもいいからするの!」

「それは師匠に対する言葉じゃないだろ……」


 メリーさんは「抱っこ!orおんぶ!」と羞恥心を物凄い剣幕で迫ってくる。僕がスっと目を逸らしても、先回りして視線へと必ず進入してくる。


 結局根負けし、僕は無言のままメリーさんの脇の間に自分の腕を通すと、そのまま自分の肩まで持ち上げ彼女を座らせた。正直重っ…………いえ、何でもないです。何でもないから顔を抓んで引っ張るの止めてって痛い痛い痛い!


 この2ヶ月の間で肩がメリーさんの特等席になっていたが、気にしたら負けである。機から見る目も段々犯罪者を見る目に変わってきたのも気にしたら負けだ。通報されたら間違いなく|(社会的に)死にかけるが……。


 メリーさんは『かったぐるま♪︎ かったぐるま♪︎』と肩車にご満悦のご様子。


「早く行かないと間に合わないの!」

「お前が駄々捏ねてたんでしょうが」

「こねてないの!」

「いやだからお前が」

「こねてないの、ты в порядке?」

「あ、はい」


 僕が放った渾身の抵抗は虚しくあしらわれた。今どきの7歳児は強いなぁ……。


 上からは『早く行くのー!』とメリーさんが楽しそうな声と引っ張られる髪の毛の痛み。正直、髪を引っ張るのはやめてほしい。ハゲる。


 僕はアレの目印となるホルンの音色を頼りに駆け足で進んだ。途中、メリーさんに善哉を買ってあげて少し時間をロスしたが、まあ誤差の範囲内だろう。余談だが、善哉の感想は「美味しかった」とのこと。善哉善哉(よきかなよきかな)


「ほら、着いたぞ」


 アレの場所まで到着した僕はメリーさんを肩からゆっくり降ろして辺りを見渡す。周りにいるのは、ホルンを吹いている紺絣の法被を着た男性、それに向けてスマホを掲げている外国人、そして一面の鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿、あと鹿。


 そう、これは奈良公園名物、ホルンによる鹿寄せである。


「鹿さんがいっぱいなの!」


 さわやかで、ゆっくりとした時間の流れる奈良の早朝に、ナチュラルホルンで奏でられるベートーベンの交響曲第6番ヘ長調、通称『田園』が響き渡る。集まってきた鹿たちがホルンを吹く男性の周りを囲んで草を食んでいる情景は、ホルンのシンフォニーと重なりなかなか幻想的だ。周りの人々も、もちろん僕もその神秘的な音色に思わず聞き入ってしまう。


「全然見えないの! ヒロユキ! 肩車!」

「……はいはい」


 彼女以外は。できれば空気読んでもう少し静かにして欲しいなぁ……。

 そんな無邪気にはしゃぐメリーさんを見ていると、どうしても思い出してしまう。



 僕の思考は彼女と初めて話した冬の日へと遡る――

初投稿です。

ここまで読んでいただきありがとうございます。文法的な間違いなど多々あると思いますが、感想等で教えていただけると幸いです(露骨なコメント稼ぎ)。

次話もどうぞよろしくお願いします。

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