温泉まんじゅう
あの後無事に俺の毛は返してもらえなかった。
なんかもういろんな所がスースーするよ?
ちなみに、頭髪は無事だけど、髭は無事じゃなかったです。青髭?なにそれ?くらいの勢いの艶プル肌です。
「さて、時間ですし行きましょうか」
「うむ」
浴衣を着た黒髪の青年と朱金色の髪の魔王様の2人が座椅子から立ち上がる。
「……あ、じゃあ俺はここでお暇」
「何を言っているんですか。貴方も一緒に行きますよ」
え、俺も一緒に?何処に?俺邪魔じゃないの?
ハテナマークを飛ばしていたら黒髪の青年が心を読んだかの様に答えてくれた。
「邪魔ではありませんから私達に着いて来たらいいんです。さぁ、早く行きますよ」
行き場所は告げてくれない。
が、邪魔では無いらしいので着いていく事にする。
ってか着いて行くしか選択肢がなかった。
だって腕掴まれて立たされてそのまま連行されているからね。
着いたのは、なんかさっきの部屋とあんまり変わらないくらいの高そうな調度品とかが品よく置かれた部屋。
中央の机の上には3人分の食事が置かれていて美味しそうだ。
ふんわりと香る美味しい匂いにお腹がぐきゅるるると鳴る。
慌ててお腹に手を当て胃をわし掴むように力を込める。
そろーっと黒髪の青年を見ようとしたら、掴まれている腕を引っ張られる。
何をされるのかとビクビクしていると机の近くまで歩いて来た黒髪の青年は腰を曲げて座椅子を引く。
そして、俺の方を向いた。
「さぁ、座ってください」
「……え。いや、でも……」
何この状況!?
黒髪の青年が、もうすでに座っている朱金色の髪の魔王様に視線を向ける。
「む?うむ。そなたも座るがよい」
「ほら、魔王様もこう仰っていますし。座ってください」
ぐきゅうううう
また、腹の虫が鳴いて空腹であることを示す。
お腹を鷲掴んでいる手に力をいれる。
黒髪の青年がお腹を鷲掴む手を引き剥がすと、そっと握る。
「これは貴方の分の食事です。貴方が食べなくてどうするんですか?」
「俺の……?」
「そうです」
さぁ、座って。
と言われた俺は力無く座椅子に座る。
……そう言えば、まともな食事をしたのはいつ以来だっけ……。
目の前の、艶々と輝き湯気を立てている白いご飯。
茶色いタレの中で野菜とお豆腐に薄く切られたお肉がたっぷり入ってクツクツと音を立てて煮られている。
他にもお味噌汁や香の物等が所狭しと並んでいる。
「……何故?」
こんなにも良くしてくれるのか。知り合ったばかりなのに。
「言ったでしょう?貴方を文官として迎え入れると。なので貴方はもう私達の仲間なんです」
「仲間を飢えさせては本来の力が出せんからな。さぁ、存分に食べるといい」
2人のその言葉を聞いて俺の涙腺が緩む。
泣くまいとするも後から後から涙が止まらない。
頂きます、と言いたいが嗚咽混じりになって何を言ってるか分からなくなりそうだからそっと手を合わせて箸を手に取る。
白いご飯が盛られている茶碗を手に持ち、箸で白いお米を掬う。
恐る恐る口の中に入れるとゆっくりと粗食する。
お米特有の甘い味が口の中に広がった瞬間、ぶわりと流れる涙の量が増えた。
それからは無心になって食べた。
途中でティッシュを差し出されたのは覚えている。
どれも大変美味しい料理だった。
最後、味噌汁を一滴も残さず飲んで手を合わす。
涙は乾いていた。
「ごちそうさまでした」
「良い食べっぷりでしたね。今までどんな食事をしてきていたのですか?」
食後のお茶を飲んでいると疑問に思ったのか黒髪の青年が問いかけてきた。
今までの食事……。
「そこら辺に生えている草と討伐してぐちゃぐちゃになった魔物の肉を団子状態にして泥水で流し込んでいました。最初の頃は良くお腹壊していましたねー」
「それを食事とは呼ばん。奴隷よりも酷いではないか。勇者一行だったのであろう?他の者達も同じだったのか?」
ムッとしている表情の魔王様。
「……他の子達は自分たちは女の子で大切にされなきゃならないとかで近くに街や村があればそこへ行っていました。野宿だった場合は女の子達だけで結界の中に入ってテントの中から出てきませんでしたね」
つとめて明るく言えば魔王様の眉間のシワが凄いことになった。
慌てて付け足すことにしてみる。
「あ!でもそのお陰で毒耐性9までいったんですよ!木の上とか地面で寝ることにも慣れましたし!」
あとちょっとでMAXの10です!!なんて言えば、黒髪の青年が盛大な溜息をつき目頭を押さえる。
「……貴方、良く今まで生きてこられましたね」
魔王様を見れば凄い憐れんだ目を向けられていた。
なぜに!?だって……!!
「だって……!これが……!この世界では普通だと……!!」
「普通ではありません。それは畜生がする生活です。……貴方も心の底では分かっていたのではありませんか?それを貴方はこれが普通だと思い込む事で自分を保ってきた。何度も何度も自分に暗示を掛けることで平静を装ってきた」
黒髪の青年が言う言葉を認めたくない。
認めれば、俺は……。
「貴方は人です。心の許容量はとっくに超えている筈。良く頑張りましたね。魔族領の一員となったからにはもうあんな奴らのために頑張らなくても良いのですよ」
その言葉に俺の心の中でギリギリ保っていた何かが崩れる様な、そんな感覚がした。
「……っ!」
視界が歪み溢れたものが頬を伝っていく。
今までこんな風に誰かに優しくされた事なんて、あの人以外いなかった。
以前の世界で働いていた会社では上司にボロクソに言われた。
同僚達が影でコソコソ俺の事を悪し様に言っていたのをたまたま聞いてしまったこともある。
唯一の救いはあの人だけだった。
この世界に召喚されてしまってからはただ、頑張ればきっと帰れる。
その思いで頑張ってきた。
ある日、共に旅をしていた女の子達が話しているのを聞いたことがある。
『あの奴隷まだしぶとく生きてるわね』
『あー。あのおっさんか。あんなんで勇者とか笑わせてくれるよね。いつもいつも醜くて臭くてかなわない。早く死んでくれないかなぁ』
『未だに元の世界に帰れると希望を持っているようですのよ?一方通行だと言うのに。ほんと、無知って嫌ですわー』
女の子達は笑いあってそんなことを言っていた。
俺はその声を聞いてなかったフリをした。
でも、今考えればそれは、酷い物言いだったのかもしれない。
元の世界に帰れないとも言っていた。
……そうか。帰れないかぁ……。
もう、二度と、あの人に会えないのかぁ……。
「遠い所まで、来てしまったなぁ……」
スっと箱ティッシュを渡されたので受け取り、1枚ティッシュを取る。
ズビーッと鼻をかみ、もう1枚ティッシュを取って涙を拭う。
「さて、魔王様も食べ終わった事ですし売店にでも行きましょうか。ここの温泉まんじゅうは格別ですからね」
「そうだな。それは大事だ」
うん。感傷に浸らせてくれる時間もくれないのな。
まぁいいけどさぁー。その方が何か助かるしね。
「貴方も行きますよ。温泉まんじゅう1人20個までしか買えないので競走なのですから。ほら早く」
またもや黒髪の青年に腕を掴まれて立たされ急かされる。
パタパタと廊下を早歩きで歩きながら、なんだかなぁ、と思う。
温泉まんじゅうって朝の方が買えるんじゃないの?
そんな俺の疑問が分かったのか黒髪の青年が無表情で答えてくれる。
「朝と晩、2回入荷するんですよ。しかし朝は外客優先です。なので、泊まり客優先の晩にこうして早歩きするのです」
泊まり客優先ならばそんなに急がなくても……。
「ついでに言っておきますが、その温泉まんじゅうだけは販売開始5分で売り切れます」
あ、それは急がないとですね。
黒髪の青年、俺、魔王様の順でパタパタと早歩きで売店に行った時には色んなヒトでごった返していた。
「さぁ、戦場へ突っ込みますよ!袋には10個づつ入っています。必ず2袋取って下さいね!」
黒髪の青年がそう言った直後、俺達はヒト混みに突入した。
戦場って。と内心笑ったけど、これは戦争だ。
ヒト混みにもみくちゃにされながらも何とか前に行き腕を伸ばして紙袋を2つ掴み引き寄せ抱き込むようにして死守するとヒト混みを抜けた。
ホッと息を着いて顔を上げると目の前には3人組の女の子達がいた。
「おー!流石我らが仲間のおっさん!!あたし達の為に温泉まんじゅう手に入れてくるとかめっちゃ気が利くー!」
くすんだ赤錆色の髪で短髪の女の子がにひひ、と笑いながら腰に手を当てている。
「……あ、いや、これは……違くて……」
「なんですの?私達がソレを所望しているんですのよ?大人しく渡しなさい!」
俺が一歩後退ると鈍い輝きを放つ金色の髪に薄い灰色の髪が混じっている女の子がいつもの高圧的な態度で手を前に出して言ってくる。
「“命令”ですよ〜渡して下さいな?」
「……っ」
命令、と口に出したのは肩で切りそろえられたくすみがかった緑色の髪の女の子。
その言葉にビクリと身体が強ばるが、強ばっただけで俺の身体はそれ以上反応しない。
本当に“王族の奴隷”と言う称号は消えたようだ。
と、女の子達と俺の間を遮るようにして入ってきたのは両手に紙袋を持った黒髪の青年。
「ちゃんと温泉まんじゅう20個手に入れたようですね。さ、会計に行きましょう」
「なっ!?黒髪!?」
「我も手に入れたぞ」
なんかホクホクした雰囲気の魔王様が2つの紙袋を掲げてこちらに来た。
黒髪の青年は、さぁ、と俺を促す。
俺が女の子達の前から離れ魔王様とお支払いの為に会計の列に並びに行くのを確認した黒髪の青年もその後に続く。
「ちょっと待ちなさいよ!それは私達の物よ!」
と言う声が聞こえたが、俺は女の子達の方を見ないようにして紙袋を持つ手に力を込める。
会計が俺達の番になった。
「女将、ここの温泉まんじゅうはやはり最高だな。毎日でも通いたい程だ」
「あらあら魔王様ってば嬉しい事言ってくれるじゃないですか。おまけは付けませんよ」
「むぅ」
魔王様……おまけ欲しかったんですね……。
「女将、3人いますので60個。いけますね?」
「ちゃっかりしてますわねー宰相様は。合計6万イェンですー」
凄い出費だけど大丈夫なのかな黒髪の青年。
チラリと横を見れば台に紙袋を置き懐から小袋を出した青年はそこから金色に輝く硬貨を6枚出した。
「丁度6万イェン頂きます。お買い上げありがとうございましたー」
「さぁ、部屋に帰りますよ」
紙袋を持った黒髪の青年に促され魔王様と共に部屋へと戻る廊下を歩く。
ここでちょっと疑問に思った事を黒髪の青年に聞いてみる。
「あの……、このおまんじゅうってお土産ですか?」
「いえ、自分で食べる用です」
「えっ」
即答である。ちょっとでも部下の皆さんにお土産とか考えていたのに、そんな事ちっとも考えていなかったよこのヒト達!
「全部、ですか……?」
「全部です。欲しそうに見ている目の前で食べてやるのが凄く楽しいんですよね」
その光景を思い浮かべているのか黒髪の青年は口の端を歪めてクックっと笑う。
おまわりさーん!!ここに悪役がいるよー!!部下の皆さんが可愛そうだよー!!
あれ?じゃあ俺が持ってる温泉まんじゅうは誰が食べるの?
「貴方の物になったんで好きに全部食べてくださいね」
疑問に思っていると毎度のように黒髪の青年が答えてくれる。
そっかー。全部俺の。
「俺の!?なんで!?」
「え。就職祝いです」
「……あ。なるほど転職する事は確実なんですね」
今度は黒髪の青年が驚いた様に目を見張って俺を見る。
「貴方、まだ勇者業に未練が」
「ありません」
即答してやる。
もうブラックはこりごりです。
ホワイトな企業で働きたいです。
「ならばいいじゃないですか。素直に受け取ると良いですよ。それに、温泉まんじゅう美味しいですしね」
黒髪の青年は片腕に紙袋の取手を通して2つ下げると紙袋の中から1つ箱を取る。
箱の蓋をパカリと開けると温泉まんじゅうを1つ手に取ってモグっと一口、齧り付いた。
もう食べてらっしゃるよこのヒト。
「どうかしましたか?」
「……いえ。ナンデモナイデス」
こちらを見る黒髪の青年に、カタコトになりながら首を振る。
廊下を歩いていると後ろからパタパタと複数の足音がした。
「勇者様〜!こんな所にいたのですね〜?」
妙に甘ったるいその声に生理的な嫌悪感を俺の身体はいだいたのか紙袋を持っている両腕に鳥肌が立つ。
隣を歩いていた黒髪の青年が俺がいる方向とは違う方向に静かに素早く大きく横に一歩動いた。
その瞬間俺と黒髪の青年の間を物凄い勢いで通り抜け、ズべシャッーと音を立てながら鈍い輝きを放つ金髪の女の子が浴衣のまま前に転び磨きあげられた床を滑って行く。
うわー、顔面で滑ってるよ痛そー……。
あ、何か床に白い跡付いてってるけどこれなんだろう?
白い跡が気になってしゃがんだ拍子にヒュッと頭の上で何かが風を切るような音がした。
えっ……?
そろー……と後ろを向くと浴衣の裾と足が見える。
これまたそろーっと上を見上げると赤錆色の髪の女の子が、にひひと笑っている。
「うちの攻撃避けるなんて凄いなぁ〜おっさん?あ、たまたま避けたんかも知れんなぁ〜。まぁいいや。もう用済みやからなぁ!」
短刀が俺目がけて振り下ろされる。
瞬間、黒い光が視界を覆った。
瞬きするとそこは高そうな調度品が品良く置かれた部屋で布団が3つ敷かれている。
転移の魔法で元いた部屋に戻ってきたらしい。
……誰が転移の魔法を……?
「部下を守るのは上司の役目であろう?」
声のした方を見れば楕円形?俵型?の淡いピンク色のぬいぐるみっぽい物を抱きしめた魔王様がゆるりと首を傾げている所だった。
「あり、がとうございます……魔王様……」
ところで、腕に持っているぬいぐるみみたいのは聞いても良いのか?
すると心を読み取ったかのように魔王様が答えてくれた。
「これか?これは猫餅だ!!餅みたいに伸びるうえに個体によって表情が違うのも可愛いぞ!それに何よりも手触りが良いのがとても良いぞ!!」
猫餅ぬいぐるみの顔を魔王様が見せてくれたのだが、若者が使う絵文字にある(´ω`)みたいな顔をしている。
なんか、猫餅を見てると癒される表情をしている。
「魔王様、いい加減ぬいぐるみ離れして下さい」
ベンッと猫餅を叩き落とす黒髪の青年。
「嫌だ。我はこやつがおらんと寝れんのだ。取り上げると言うならば駄々を捏ねるぞ」
駄々捏ねるの魔王様。
それに対する黒髪の青年は冷ややかな視線を向けている。
かと思えば猫餅のぬいぐるみを拾い上げてモチモチし始めた。
「これは我のだ!」
「チッ」
バッと猫餅のぬいぐるみを取り返した魔王様は取られまいとする様にギュッと両腕で抱きしめている。
よっぽどお好きなんですね。その猫餅ってぬいぐるみ……。
「では、寝ましょうか」
黒髪の青年が何事も無かったかのように話題を切り替える。
俺はその言葉に取り敢えず部屋の隅に温泉まんじゅうが入った紙袋を2つ置く。
襖に近い方の布団に行こうとすると魔王様が止めた。
「そなたは此処だ」
ポンポンと叩くのは襖からは1番遠くの布団。
いや、でも、もし何かあったら……。
「我等は強いが、そなたは弱い。これが最善だ」
弱いとはっきり言われて気分が落ち込む。
「何でしたら枕投げでもしますか?」
「おお!それは良いな!!」
「寝ましょう」
黒髪の青年の提案に俺は真顔になるとさっさと隅っこの布団までいって布団に手をかける。
だって絶対枕投げした日には顔面で枕をキャッチすること請け負いだろう。
そして布団に潜り込んだ途端に身体に感動が駆け巡る。
あ……ふかふかのお布団……お布団だ……!!まともな寝床なんて何時ぶりだろうか……!
感動に視界が滲んできたので目を閉じると途端に意識がふわふわしてくる。
「仕方ない。我も寝るか」
「そうですね。では灯りを消しますね」
ゴソゴソと言う音とふっと真っ暗になる眼裏。
「……良く休むと良い」
そんな魔王様の言葉が聞こえたような気がするが、すでに俺の意識は深く沈んでいった後だった。
二雫の栄養だけで頑張ってみた