演目二十九:修行
ヒナミside
空が白み始めだすなかの早朝。外は少し肌寒く、はぁ、と息を吐けば白い息が出る。両の手のひらを擦り合わせ手を暖める。そうする事でいくらか寒さを和らげようとしているのだ。
さて。何故この私、ヒナミ・メリーがこんな早朝に外で待機してるかと言うと…。
「ははっ!すまんすまん、少し遅れちゃっタっ!」
……語尾に星や音符が付きそうな軽やかな感じで喋るコイツ、不思議アリスに鍛えてもらうからだ。アリスの人形使いの腕は、この世界で一番と言ってもいいほどの実力だ。アリスの見た目では判断出来ない巧みな指さばき、そして戦闘時に見せる雰囲気は凄まじいもの…だ…。
「…って、なにアンタだけそんな温そうな服着てんのよ!?」
「ん?」
アリスは、いつもの淡い水色のドレスコートではなく、モコモコの狐を象ったような着ぐるみパジャマを着ている。少しアリスのサイズより大きいのかぶかぶかである。アリスは、可愛らしく小首を傾げ、何言ってんだ?みたいな表情をする。
くそ…ムカつくわね…っ!
「何言ってんダ?」
「口に出しやがったわね!?」
「そんなことよりョ」
「そんなこと!?…んん!なにかしら?あぁ、もう始めるのね」
アリスは私の問いに頷く。
…ふふ。ようやく始まるわね!
「さぁ来なさい!どんな修行にも耐えてみせるわよ!!」
両腕を組み、そう高らかに宣言する私。
「その心意気や良し!!」
それに応えるようにアリスも声を上げる。アリスはぶかぶかの狐パジャマの袖から二つの人形を取り出す。
二つの人形は、どちらも巫女服を着ているが見た目が違う。一つは、肌は色白く明るいブラウンに長い髪、そして二つの耳がピンと立っている。真ん丸な金色の色をした瞳に、身体の半分を埋めるほどのフサフサの尻尾がある。もう一つは、背筋をピンと伸ばした茶色い狐だ。巫女服から覗く手足がもふもふとしてそうで触りたいほどだ。
アリスは、その二つの人形を前に突き出し、魔力を込める。
「さぁ、始めるゼ…!」
ボフンッ、という煙が出る音と共に私の前に二つのシルエットが現れる。
煙が晴れると、そこには頭を垂れた姿のままで待機している狐の人形がいた。
アリスは両腕を前に肩幅まで広げる。すると、頭を垂れていた人形達がカタカタと震え出す。アリスは両手の中指を立てる。同時に二体の人形は頭を上げる。
「手始めに…」
両腕を前でクロスさせる。
二体の人形は、互いの手を取り走り出す。
「何をするつもり?分からないけど…『メリーさん!出力50%!!放て!!!』」
音もなくヒナミの背から現れたメリーさん。メリーさんは右手に魔力を溜め、放出。放出された魔力の弾丸は、真っ直ぐに二体の人形に向かって当たる------。
「それは悪手だゼ?」
アリスはクロスさせていた腕を解くと、右手を勢いよく引き、左手を前に突き出すと------。
直前で、弾丸は消える。
「えっ……あっ!?」
「チェックメイト…」
消えた事に驚いていた私の前に、二体の人形が佇んでいた。
どうして…っ!?
「ふふ…コイツらはシリーズ1の一つ…『巫女狐』見たまんまだが…こいつらの能力は使える。…そうだな、軽く自己紹介させよう。こいつは巫女狐が片割れの一人…弁天」
アリスは指を動かすと、狐耳を生やした人形が私の前で一礼をする。
「んで、こっちが巫女狐の…月音」
アリスが指を動かす。二足歩行をする狐が、空中に飛び上がり一回転をした。
「こいつらもあのヴラド同様特別製でな。仕込みが三つしかねェ。その三つの内の仕込みの一つ、吸収。どんなものでも吸い込んじまう強力な仕込みだが、コイツらは二体揃わないと行けねェし、なおかつ、お互いに触れ合ってねぇといけねェ…さぁ、ヒナミ。ここまで教えてやったんダ!どうする?」
アリスは腕を振り上げると、二体の人形、弁天と月音がアリスの元までジャンプする。着地し終えると、弁天と月音はまたお互いの手を握る。
三つある内の一つ。それだけでもかなりのモノ…。残りの仕込みが分からない以上考えても無駄よね。だったら…!
「続けるに決まってるでしょ!!とりあえずは、あの二体を揃えないようにするべきね!!」
メリーさんに指示を出し、不敵に立ち構えるアリスと二体の人形目掛け反撃を開始する。




