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二十歳の私は終わりと出会う

作者: 八尋

良い人生とは。大人とは。子供と大人の間で揺れる女の子の物語。

 冬の公園に刺さるような夜風が吹き、紺色のパーティードレスが揺れる。一月の気温でこの格好はかなり寒い。一応上着を羽織ってはいるがパーティードレスに合う上着の防寒性などたかがしれている。それに慣れないヒールを履いた足がじんじんと痛む。貴方ごときでは私達は着こなせないわ、と服達が怒っているのかも。早くどこかに座って休みたい気持ちが重い足を一番近い遊具へと導く。母と一緒に選んだドレスが汚れたら申し訳ないなと思いながらも、少しも気にしない動作で二つ並んでいるブランコの片割れに座る。じっとしていると余計に凍えそうなので、ブランコの冷たさを臀部で感じながら小さく揺れる。このドレスを選んだ時母が言った事を思い出した。

「大人しいわねぇ、もっと派手な若々しい色にしなさいよ!」

私は少しでも大人っぽいドレスがいいのと、頑なに言う事を聞かなかった。その場の勢いで反論してしまったが、今になると身の丈に合わない服を選んだと少し後悔している。でも、そんな葛藤もどうでもよいのだ。結局私は中学の同窓会の会場に行けていないのだから。個人的には昼間にあった成人式に参加しただけでも偉業なのだが、その成人式のせいで余計に同窓会に行きたくなくなったのだから本末転倒である。意気込んでいった成人式はまるでお遊戯会のように感じられた。そりゃそうだ、今日は昨日の続きでしかない、一晩で急に大人になるもんか。それなのに皆はそれを呑気に喜んでいる。なんで皆は焦らないのだろうか、まだ子供なのに大人扱いされることに恐怖を感じないのか。そんな子供のままの大人に囲まれるのがひどく辛かった、ただの同族嫌悪かもしれないけど。私は同窓会の会場であるホテルの入口までは行ったものの中には入らず、迎えにきて欲しいと母に連絡するわけにもいかず、住み慣れた土地から少し離れたこの街を歩き続けた。いつのまにか住宅地に入り、名前も知らない小さな公園に行き着いて今に至る。

 公園を見渡すとブランコ以外にも鉄棒や滑り台、シーソーにジャングルジムがある。使い手のいない寒空の遊具達は人々に忘れ去られた廃墟の様に見えた。廃墟に取り残された私は、同窓会が終わる頃に救援に来る母を待つしかできない。今母に迎えに来て、とは言えない。二十歳の私は大人になるために、強くならないといけないから。俯いて、寒さとか不甲斐なさとか色々なものから肩を震わせ、耐える。もう、消えてしまってもいい。そう思ったその時、ギィ……と隣から軋む音が聞こえた。

「こんばんは、(よすが)さん……だよね?」

 顔を上げると、隣のブランコにパリッとした灰色のスーツを着た男性が座っていた。顔に幼さは残るものの、黒髪で短髪、爽やかな表情で清潔感を漂わせる。いかにも新成人といった風貌の男の子が私の名前を呼んだのだ。

「えっ……、高城君?」

「よかった、名前を覚えていてくれて。中学の卒業式以来だね。」

 急速に頭の奥に残っている記憶を呼び起こすと、そこに居る青年は中学の同級生である高城君だということがわかった。中学の時の彼は少し小柄な印象があったが、今は平均身長よりも少し高いくらいだろうか。座っているから正確にはわからないけど。

もしかしたら高城君と会場で会うかもしれないという期待を持っていなかったと言えば嘘になる。でも、こんな所出会うとは夢にも思わなかった。

「高城君どうしてこんな所に?」

「同窓会に行く途中なんだけど、道に迷っちゃって。そしたら縁さんに似た人がいたから。いやぁ、知らない人じゃなくてよかったよかった。」

彼は私の事を下の名前で呼ぶ。それは特別ではなく、彼はどんな人相手でもそうしていた。

「よく私だってわかったね、もう何年も会っていないのに。」

「縁さんは中学の時から大人っぽくて目立っていたからね。よく印象に残っているんだ。」

 その中身のともわない背伸びが悪目立ちし、女子の標的にされる原因だったかもしれないけど。でも、少しでも彼の記憶の片隅に居れたのならそれはそれで良かったのかもしれない。

「そういう縁さんはどうしてこんな所に?同窓会に行くんじゃないの?」

彼の目が私を見る。綺麗な目で吸い込まれそう。

「そうだったんだけど……、行き辛くって。(私も道に迷ってしまって)」

 あれ?

「どうして?」彼の優しい声音が私の耳を撫でる。

「もっと大人にならなきゃいけないのに、あそこにいっても強くなれない気がして。(携帯の充電が切れちゃって地図が見れなくなっちゃったの)」

 何故だろう、建前ではなく本当に思っている事を話してしまう。確かに彼は良い人かもしれない。でも、こんなふうに話す程仲良くない。

「じゃあ、縁さんは強くなって、大人になってどうするの?」彼の声が心地良い。

「母さんと約束したの、絶対幸せになろうねって。だからその為に早く大人にならなくちゃ……。」

そう、絶対幸せになってやるんだ。母さんと私を捨てたあの男を見返してやるために。

「縁さんは幸せってなんだと思う?」

彼の声以外一切聴こえない。風の吹く音も、ブランコの軋む音も、何もかもなくなって、私と彼だけがこの世に居るような。

「お金持ちになることとか、す……好きな人と結婚することとか?」

あげればきりがない幸せの形。

「そういう考え方もあると思うけど、それは幸せじゃなくて、幸せになる手段なんじゃないかな。結婚することをゴールインとかって表現するけれど、本当のゴールはそんな所には無いよ。」

彼はこの世の全てを知っているかのように言い切る。

「じゃあ、高城君が思う幸せとかゴールってなんなの?」

本当に思いつかない私は単純な好奇心で聞いてしまった。その答えは多くの人間が目を背けているものだった。

「そりゃあ、人生のゴールは“死”だろうね。」

 何で彼はこんなふうにあっさり言えるのだろうか。開けてはいけない箱を開けてしまったような後悔を感じる私を尻目に彼はスラスラと続ける。

「人生のゴールは死ぬことなんだから、それまでの生活は死ぬためにあるんだと思うんだ。だから、何が幸せかを考えるのなら、理想の死を思い浮かべてみるといいよ。」

彼は微笑んでいるものの、至極真面目に人生相談にのっているような態度だ。

「理想の死……。」

私は目を瞑り、瞼の裏側に思い浮かべる。きっと、あいつが羨む程の死に様をきっとこんな……。

「よしっ、じゃあいいものを観せてあげよう。」

彼の突拍子もない提案に私は驚いて目を開け、思考を現実に戻す。彼はブランコから降りると、私の前に跪き目線を合わせる。

「縁さん、僕の目のよく見て。」

私は黒曜石のように黒く光るその目から視線を離すことができなかった。彼の瞳に吸い込まれて、視界が暗転する。星が存在しない宇宙のような空間を私一人が漂う。不思議に怖いと感じない暗闇に少しずつ光が差し込み、周囲の世界が徐々に色付き始める。降り注ぐ光が穏やかになり、自分が今置かれている状況を認識すると、驚きか、困惑か、喜びか、何とも言い表す事のできない感情が流れ込んできた。この光景には“生”の全てが詰まっているように思えた。そしてそれと同時にもう死んでもいいとも思えた。

「君の終わりはどうだったかな?」

高城君の声が頭に響いてハッと目を覚ます。冬の夜風も、公園の静寂も、目の前にいる高城君も戻ってきた。

「あれ……、私いったい何を見て……。」

何故か頬に涙がつたう、でも悲しくはない。むしろ胸が苦しいくらいに満たされている。

「あれは君のゴールだよ、もちろん人生の。それを見た縁さんはどう思った?こんな終わりなら今死んでも構わないと思った?それとも、まだ生にしがみつこうと思ったかい?」

 良い景色だった。あれがこの先の人生で待っていると考えると胸が弾む。

「すごくよかったよ。よくわかんないけど、あれがもしこの世に存在するのなら、私はまだ生きていける。」

 夢だったかもしれない景色に勇気を貰った。愚かな行為だとしても、私はこの空想にしがみつきたい。

「それは何より。さて、早くしないと同窓会終わっちゃうよ。折角おめかししてるんだから行かなきゃ勿体無い。」

「そう……だね。泣いちゃったからメイクは直さないといけないけど。」自然と笑みがこぼれる。

「うんうん、その顔の方が素敵だよ、僕も後から行くから先に行っといて。」

「うん、わかった。じゃあ後でね高城君!」

 私は小走りで会場に向かう、その道中の景色は往路よりも鮮やかに感じられた。冬の夜風すらも心地よく、一歩一歩私は前に進む、疲れて立ち止まりながらも。


「ふぅ……、これで一段落。」

縁さん……対象の女が無事に会場に向かったのを見送って一息つく。するとスラックスのポケットに入っているスマートフォンが震えているのを感じて取り出すと画面には非通知の文字。仕事が終わった直後にかかってくる電話の主は安易に想像がつく。もう一度大きく溜息をついて電話にでる。

「もしもし、お仕事お疲れ様。無事対象は会場に向かい新たな一歩を踏み出そうとしているよ。」電話の主は今にもケラケラと笑いだしそうな声音で、ただ労っているだけでないことがすぐに分かる。

「いつも変なこだわりがあるよね、君は。今回の仕事はただ対象の旧友に憑いて会場に連れて行けばいいだけなのに、あんな能力まで使っちゃってさ。対象の女の子、その高城君とやらに甘酸っぱい気持ちが無いわけでも無いようだし。ちゃちゃっと終わる仕事でしょ?」

まるで理解できないと言いたいらしい。

「仕事はきっちりこなした、やり方に文句を言われる筋合いはない。」

口調を高城ではないいつもの自分に戻し応える。

「よくそんな意識高く仕事できるよねー。なんかの手違いだかバグだかで死ぬ予定のなかった人間が死んじゃうのを修正しろだなんてさ。上のミスの尻拭いじゃんか。死んだって大した影響はないのにね。」

嘲笑混じりの世間話に付き合う程俺は優しくない。

「用がないなら切るぞ。」

「ちょっと待って切らないで頼みたいことがあ」電話の声を無視してスマートフォンの電源を落とし、スラックスのポケットにねじ込む。

 今回の対象者、縁はあのまま同窓会の会場に行かなかった場合、パトロールしている警察官に声をかけられるまで公園に留まる。声をかけられた後大人しく家に帰る。家に帰ると酔っ払っている元父親と母親が口論になっている現場に出くわす。間に割って入ると元父親は激怒し、縁に襲いかかる。叩きつけられるように投げられた縁はテーブルの角に頭をぶつけ短い人生を終えるという展開になる可能性があった。電話越しのあいつが言うように彼女が死んだとしても何もなかったかのように世の中は移ろい続けるだろう。縁はその程度の影響力しかない人間なのだ。そんな凡人かも怪しい矮小な縁は生きているだけでも及第点なのだ。グラスに樽一つ分の酒を注ごうとする馬鹿はいないように、世界は小さな彼女に何も期待しちゃいない。だから自分の為に生きたって誰も文句は言わないさ。誰かの為にと思う程偉くも強くもないのだから。

「っと……、いい加減に身体返してやらないと。」瞼を閉じ、肩の力を抜く。

 次に彼女に出会う時は、彼女が本当に死ぬ時だと願おう。ちゃんと死ぬまで生きてくれなければ仕事が増える。

 



あれ、僕はここで何をしている?

成人式が終わった後、友人達と大人になった解放感を味わう為に酒を飲もうという話になり、コンビニで自信満々に年齢確認のボタンを押した。そのまま友人宅でだらだら話しながら酒を飲んでいると同窓会の時間が近づいてきて……このあたりから記憶が定かじゃない。酒って本当に記憶飛ぶんだなぁ。

「あ!そうだ同窓会!今何時だ!」

いつもと逆のポケットに入っているスマートフォンの電源を入れる。画面に浮かび上がる時刻はとう

に開始時間を過ぎており、真冬の夜にも関わらず汗がでてくる。マップアプリを起動し、名前も知らない公園から抜け出す。

 走っている内に少しだけ頭が冴えてきた。僕はあの公園で誰かと会っていた。大人っぽい女性だったのは覚えているが、名前はわからない。酔っ払って迷惑をかけてなきゃいいけど……。もし出会う事があったらとりあえず謝ろう。綺麗な人だったから、見つけたらわかるはずだ。


成人式とか同窓会とか、そういうのに頑張らないと行くことができない人もいるんですよ。

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