影 / 玄関 / 犬 / 手袋 / 未練
お題
『ちょっとごめん』を最初に使ってSSを書いてください。
【影】
「ちょっとごめん」男は、僕とこいつらの真ん中を、片手をひょいと挙げて通り抜けた。呆気に取られたあいつらは、僕の事なんか忘れたようにそいつの背中を睨めつける。「おい、ちょっと待て」そいつが振り返る。にっと笑って。嬉しそうに。「呼んだね。僕を呼んだね」びよーんとゴムの様に影が伸びた。
お題
「朝の玄関」で登場人物が「夢中になる」、「雷」という単語を使ったお話を考えて下さい。
【玄関】
雀の囀り。明るい日差し。僕は玄関先で靴を履き終わった。僕は夢中になっているゲームを離せない。早く行きなさい。もう出たの?母の声が聞こえる。外は真暗。雷が響く。だって、僕はここから出てはいけない。ずっとゲームをしていなければ。僕に縋って母が泣く。どうして歩きながらゲームなんかって。
お題
〔聞きたくない〕です。〔感動詞禁止〕かつ〔動物の登場必須〕で書いてみましょう。
【犬】
聞きたくない。君はそう呟くとしゃがみこんで、足下に寝そべる愛犬の頭を撫でた。尻尾を振り、嬉しそうにじゃれつく彼に、笑顔で応える君。僕がこれ程までに言葉を尽くして語った処で、決して向けられることのなかった笑顔が、惜しみなく溢れ出る。その笑みが、拒まれた僕を惨めにこの場に釘付ける。
お題
『黒い』と『手袋』を使って140字SSを書きましょう!
【手袋】
忘れ置かれた黒い皮手袋は、どこか獣じみた匂いがした。物柔らかで上品な彼には似合わないその匂いに慄然とし、官能を呼び覚まされ、私はその手袋に自分の指を通した。柔らかな皮が肌を擦る。溶け出す熱を指先に感じる。差し出されたしなやかな指についっとそれは抜き取られ、私は面映さで顔を伏せた。
お題
『未練たらしい』をお題にして140文字SSを書いてください。
【未練】
これは去年の海の写真。これは最後に見に行った映画の半券。あんなに探したのに見つからなかったピアスの片割れ。ひとつひとつを机に並べた。捨てられなくて一年になる。もう、涙は出なくなったけれど。ひとつひとつを箱に戻した。こんなガラクタ仕方ない。解っているのに捨てられない、彼女の面影。