第3話
坂下さんのチームは、予選を勝ち進み、地区の第1代表として、都市対抗の出場権を獲得した。
7月上旬の土曜日。
チカと一緒に、ミウちゃんのアパートに遊びに行くことにした。
チカは、坂下さんに会いに来たり、試合を観たりした時に、ミウちゃん宅も訪れたことがあるそうだが、わたしは、この時が初めての訪問となった。
駅でミウちゃんと合流して、ミウちゃんが暮らすアパートに歩いて向かう途中の道沿いに、金網越しにグラウンドが見えた。
グラウンドの隣には、単身向けと思われる3階建ての建物。
入口の壁には、坂下さんの会社の名前が書かれた看板が掲げられていた。
「ここは、野球部のグラウンドと寮かな?」
わたしの問いに、ミウちゃんが答えてくれた。
「そうですよ。でも、試合をするには狭いから、市営球場を借りることもあるみたいです。今日は他のチームが市営球場に来て、練習試合なんです」
「せっかくだから、市営球場に行きたいな。ここから近いの?」
「歩いて20分ぐらいですね」
20分だったら、おしゃべりしている間に球場に着きそうだ。
市営球場に向かう途中で、ミウちゃんが立ち止まり、目の前のアパートを指した。
「このアパートの2階の奥が、わたしの部屋なんですよ」
「グラウンドから近いじゃない! すご~い! こんなにいい所に!」
わたしの頭の中では、ミウちゃんと大須賀さんがいちゃついているシーンを想像してしまい、
「大須賀さんも、ここなら足しげく通いやすいよね~」
なんて、付け足したのだが、
「そんなに頻繁でもないですよ。彼は寮に住んでいますし、夜遅くまでトレーニングをする時もあるみたいですから」
真顔で答えられてしまった。
寮がグラウンドの隣にあるのだから、練習に打ち込みやすい環境ともいえるのだ。
近くにいても、なかなか会えないんだね。
ミウちゃんの部屋には行かず、そのまま歩いて市民球場に到着した。
公式の試合ではないにもかかわらず、観客席には、ざっと見て数十人の人たちがいる。
「練習試合だって言ってたから、だ~れもいないと思ってたのに、結構人がいてビックリだわ」
率直な感想をわたしが口にしたら、チカが解説してくれた。
「ここの会社は、社員の人の応援がとっても熱くて、地元での練習や試合はたくさんの人が駆けつけるみたい。今日は土曜日で、お仕事が休みだからね。あと、チームのサイトでスケジュールを詳しく公開しているから、一般の野球ファンの人も、来てるんじゃないかな」
到着した時は、相手のチームの攻撃中だった。
ピッチャーは、サイドハンドで、体の動かし方も、闘志満々なところも、誰かに似ているような気がした。
そしてすぐに、前山投手が思い浮かんだ。
やっぱり、闘志むき出しのピッチャーには心惹かれるのよ……と思いながらマウンドに注目していたら、近くの観客の声が聞こえてきた。
「今投げているピッチャーって、補強選手でしょう?」
「そうそう、今年の都市対抗の予選でウチと対戦したな。なかなか点が取れなくて、ヒヤヒヤしたものだったよ」
スコアボードには、得点経過は表示されているが、練習試合のためなのか、出場している選手の名前は表示されていない。場内アナウンスもない。
補強選手。
都市対抗の予選で負けたチームの選手を、出場チームが補強できる制度。
坂下さんは、去年の都市対抗で補強選手だったのだ。
このピッチャーが、本当に前山投手であれば、今回の都市対抗は、このチームをチカと一緒に応援できるのか。
でも、他のピッチャーで、前山投手に似たタイプの人も多いだろうし。
近くに行って確かめようと思って、観客席の一番下まで降りて、ベンチの近くに行ってみた。
相手の攻撃が終わり、ベンチに戻ってきたピッチャーは、柔和な顔立ちをしていて、背中には『MAEYAMA』と名前が付いていた。
補強選手。
「社会人野球歳時記」を読んで下さった方はご存じのことと思います。
都市対抗野球の本大会に出場するチームが、予選で敗退したチームの選手を補強できる制度。
現在は1チーム3人以内となっています。
ただし、前年の大会で優勝して、次の年に推薦出場となったチームは、補強ができません。