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第2話

入場する時、チケットと一緒に、地区予選のメンバー表の冊子を買った。

相手方のチームのページを開き、先発ピッチャーの前山投手の名前を探してみる。

メンバー表には身長、体重、出身校の他に、生年月日も掲載されていて、前山投手はなんと、わたしより6歳下であることが判明した。

11月生まれで、19歳。誕生日が来たら20歳になるのだ。

マウンドでの堂々とした態度には、若さより、風格を感じさせるから、まだ19歳だということにとても驚いた。


わたしには兄と姉が一人ずついて、弟はいないが、『かわいい弟』を見ているかのような気分になった。

前山投手がヒットを打たれるたびに、フォアボールが出るたびに、内心はドキドキソワソワ。

顔に自分の感情が表れないように努めていた。



試合が終わった。

チカたちが大喜びしている一方で、わたしは、冷めた口調になってしまった。

「ああ、勝ってよかったよね」


「いつもは、一緒に球場に行ってもこんなに不機嫌じゃなくて、応援しているチームが負けた後でも元気いっぱいよ。やっぱり具合が良くないのかな。それとも、お目当ての選手がいないのに、わたしが連れてきたのがいけなかったのかな」

チカが、不安げな顔でわたしを見る。


今日、お目当ての選手ができました。

でもその選手は、あなたの彼氏の敵のチームの人です。

……とは言えなかった。


「今日は、先に帰るね」

チカは、わたしの背中を軽く押すようにしながら、ミウちゃんに告げたあと、

「一緒に帰ろう」

と、わたしに向かって言った。


「いいよ、一人で帰る。せっかく来たんだから、坂下さんに会いたいでしょう?」

「でも……」

「坂下さんのほうに、行ってらっしゃ〜い! じゃあね〜!」


わたしが歩き出した直後、

「元気を取り戻したみたい。良かったね」

という、チカたちの声が聞こえてきた。



すぐに帰路につくつもりだったけれど、帰り際に白地に黒のストライプのユニフォームの選手たちの姿を目にして、足を止めた。

先ほど敗れたチームの方々だ。

思わず、先発だった前山投手を探してしまった。


「兄ちゃん、負けちゃったよ。今日勝っていれば、都市対抗に行けるチャンスがまだ残ってたのにな」

中学生ぐらいの男の子と、小学校低学年ぐらいの女の子に向かってささやくように言った、その後ろ姿には、前山投手の名前と、背番号19が付いていた。


「あのぉ〜……。弟さんと妹さんですか?」

我が家と同じく、『3人きょうだい』なのかと、勝手に親しみを感じ、思わず声をかけてしまった。

「そうですよ。中3と小2です」

「すみません、突然話しかけてしまって。ウチは男、女、女の3人で、わたしは末っ子なんです」

「きっと、ウチと同じで賑やかなんでしょうね」

「兄も姉も結婚して、家を出てしまって、さみしくなりました。二人ともわたしより年が離れているから、可愛がってもらえましたよ」

「ぼくは弟と5つ違いで、妹とは12歳も離れてて。特に妹は、親が待ち望んでいた女の子だったから、家族みんなに溺愛されてます」


辺りにいた、ストライプのユニフォームの選手たちは、いつの間にかいなくなっていた。


前山投手もそれに気付いたのか、急に焦り出した。

「ああ、みんなバスに乗っちゃったかな。まわりに3人きょうだいの人はいないから、ついつい話しこんでしまいました」

慌てるそぶりは見せても、表情や話しぶりは穏やかだ。

少し前まで、闘志満々でマウンドにいた人と、同一人物とは思えないほどだった。


「じゃ、また今度会えた時に話しましょう」

そう言うと、前山投手は、チームがチャーターしたと思われる大型バスに向かって、走って行った。


向こうにしてみれば、自分のチームを応援に来て、今後の試合も観戦しに来てくれる人なのだと思ったのだろう。

実は、対戦相手のセンターの選手が、わたしの友人の彼氏なので、そちらのチームを応援に来たのです……とは、言えなかった。


「ウチの息子――長男の、お知り合いの方ですか?」

少し離れたところからわたしたちの様子を見ていた御両親が近づいてきて、お父さんが言葉を発した。

相手のチームを応援に来たのだが、息子さんの闘志あふれる動作に目を奪われてしまったことや、ウチと家庭環境が似ているのでつい話しかけてしまったことを、御両親に明かした。


「今は、子供が3人いるのって珍しいほうですものね」

お母さんはそう言って、微笑んでいた。



前山投手のご家族と別れ、球場の最寄りの駅に向かって歩き出そうとすると、チカが、わたしの姿を見つけた。

「あれ? 先に帰ったんじゃなかったの?」


「相手の先発の人と話し込んじゃってさ」

「へぇ〜、そうだったんだね」


驚く様子もなく、明るい調子で返答してきた。


わたしが逆の立場だったら、

『敵のチームの選手と話し込むなんて、どういうことなの?』

なんて、問いただしていたに違いない。

◎社会人野球の試合のメンバー表について。


メンバー表の冊子は、大会、あるいは予選ごとにそれぞれ作成され、チケットの窓口などで販売されます。


ただし、都市対抗の本大会に関しては、「都市対抗ガイドブック」がサンデー毎日の増刊として発行され、大会期間中の東京ドームの売店で手に入れることができます。

「都市対抗ガイドブック」は、一般の本屋さんでも買えますが、どこの本屋さんにも普通に置いてあるというわけではないのです。


メンバー表は、それぞれの地区で独自で作成され、ポジション、背番号、名前、年齢、出身校の掲載が一般的ですが、今回のストーリーのように生年月日まで載る場合もあります。



◎大会の予選などでの、近距離〜中距離の移動について。


企業チームでは、チームの専用バスを持っているチームもありますが、それぞれのチームの本拠地付近のバス会社での、観光用の大型バスを利用することが多いようです。

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