第1話
第1話を公開した時は、登場人物に名前がついておりませんでした。
この先、多くの人物が登場することなどを考え、ややこしくならないように、名前をつけることにしました。
(H29.9.30)
梅雨入りの少し前の、とても暑い日。
わたし、ヨリコは友人のチカと一緒に野球場に来た。
チカの彼氏である坂下さんのチームの応援だ。
野球といってもプロではなく、社会人野球の試合。
都市対抗への出場を懸けた地区予選なのだ。
チカと坂下さんは、来年の1月に結婚することを決めている。
二人が出会った記念の日に、役所に行って、婚姻届を提出するのだそう。
チカとわたしは高校時代の同級生で、お互いに野球が大好き。
応援しているプロチームは別々だけど、お互いの応援しているチームの試合はもちろん、他のチームの試合もよく観戦に行った。
チカは結婚したら、プロのチームの本拠地の球場からは離れている県で暮らすことになる。
一緒に球場に行くことどころか、普通に会うことすら難しくなりそうだと思うと、さみしくなった。
でも、ちょっと考えて気付いた。
わたしが、坂下さんのチームの試合を観に行けばいいのだと。
まあ、ちょっと遠いから、そんなに頻繁には行けそうにないが。
坂下さんのチームは、去年の都市対抗は地区予選で惜しくも敗退してしまったが、社会人の強豪チームとして挙げられることが多い、有力なチーム。
相手のチームも、企業の野球部なのだが、野球チームとしても、会社としても、失礼ながら初めて聞く名前だった。
実力の差は大きいと思っていたのだが、予想に反して、試合は引き締まった投手戦になった。
相手のピッチャーは、右のサイドスロー。どちらかというと小柄なほうで、ボールもそれほど速くないものの、マウンドでの闘志むき出しの態度は目を引いた。
わたしはプロ野球でも、向こうっ気の強いピッチャーが大好き。
『このピッチャーのファンになろうかな』
口に出そうとして、やめた。
周りで観戦しているのは、坂下さんのチームを応援に来た人たちばかりだから。
社会人野球の初めての観戦は、去年の春。うちの近くの球場で、坂下さん(当時はチカと付き合う前だった)の試合があったから、チカに誘われて観に行った。
2度目の観戦は、去年の都市対抗。チカから、坂下さんの補強先のチームが決勝戦に進んだと聞き、決勝戦を観てみようかなと思って、東京ドームに行った。
社会人野球は、ドラフトで指名されそうな選手以外わからない、というよりほとんど興味がなかったから、お目当ての選手もいないまま、今日、3度目の観戦となったのだ。
ちょっと遠いし、お目当ての選手がいるわけでもないのに、足を運んだ理由は、会いたかった人がいたから。
それは選手じゃなくて、チカの友人。
今年の2月、わたしの好きなプロ野球チームの春季キャンプを見学に行った。
一度はキャンプに行ってみたいな……という話を、チカに何気なくしたら、キャンプ地と同じ県内に友達がいるから会いたいと言ってきて、一緒に行くことになったのだ。
その友達、というのは、坂下さんのチームメート・大須賀さんの彼女・ミウちゃん。
穏やかで、でも内面はしっかりしていそうな人だった。
家業のお店を手伝っていたが、大須賀さんが暮らす野球部の寮の近くで独り暮らしをするのだと言っていたから、引っ越してから再会できるのを楽しみにしていた。
「ねえ、どうしたの? ずっとタオルを持ったままで、動いてないんだけど」
チカが、わたしの肩を軽く叩く。
「元気ないみたいですね。暑いから、具合が悪くなってしまいましたか?」
ミウちゃんは、心配そうに、わたしの顔を覗きこんできた。
暑さ対策も、日焼け対策もしてきた。
元気がなさそうに見えてしまったのは、きっと、相手のピッチャーに見とれてしまい、味方のはずのチームに声援を送っていなかったから――。