先輩は強くなくてもいいんです
校舎裏に来て。
こんな手紙をもらったら、普通は色々な可能性を考えてしまうだろう。男からの手紙だったら、まず行かない。
でも、僕は今紙パックのコーヒー牛乳をもって校舎裏にいる。
晴れ渡る空は、ほとんど雲がない。それがかえって僕の心の中の不安や憂いを増やす。
そんなことを考えながら、僕は視線を下げる。
そこには、段差に腰かけた美少女がいた。
彼女は僕の先輩である。
「先輩、何の用ですか?」
僕はとりあえず、そう話しかけてみる。
先輩は成績優秀、運動神経もいい現生徒会長というハイスペックな人。
ちなみに僕はそんな先輩と同じ生徒会役員で、まあ自分で言うのもあれだけど、そこそこ優秀。
そんな先輩は他人に弱みを見せない。
全部一人でするし、何なら他の人の分まで引き受けたりする。
そんな先輩が僕を呼び出すなんて不思議だ。
「ちょっと相談があってね。」
先輩はそう言うと、こちらを向いて微笑む。
だけど、その笑みには全く真実がないように見える。
まるで、何かを隠しているような、そんな感じの笑み。
「相談?珍しいですね。なんですか?」
僕はとりあえず話を聞かないことには始まらないので、話を促すことにする。
「うん、昨日聞いたんだけど、高橋が転校するらしくてね。」
「え?高橋先輩がですか?」
聞き間違いかと思ったが、先輩がうなずいたので嘘ではないっぽい。
確か高橋先輩と先輩は仲が良い女友達で、よく生徒会室に遊びに来ていた陽気な先輩である。
「それで、高橋に「そう…さみしくなるね」って言ったら、「なんでそんな言い方するの」って泣いちゃって、それ以来会えてないんだけど…」
ああ、きっと先輩のことだから、また無表情でそう言ったんだろう。それで「私のことなんかどうでもいいんだ。」って思われちゃったんだなぁ。
「高橋先輩のところに行って、謝って、泣いたらいいじゃないですか。先輩実はとても寂しいんでしょ?」
とりあえず、現状での解決策を出してみる。
けど、先輩は首を横に振った。そして、意志の強そうな瞳に、ほとんどの人は気が付かないくらいの不安を混ぜた視線を僕に向けながら言った。
「私が泣いたり、情けないところ見せちゃったら高橋も心配して安心できないから、それはできない。」
ああ、そうか。
この先輩はきっと、「頼られないと、私は何もできない。」とか思ってるんだ。
だから泣けないし、泣かない。そんなことしたら、弱いと思われて、頼られないと思ってるから。
確かにそれは先輩のいいところでもある。だけど…
「先輩、何も分かってないんですか?」
――それはあなたの数少ない短所ですよ?
「どういう意味?」
先輩が少し厳しい表情でそう聞いてくる。
ああ、きっと今僕はすごい表情をしているんだろうな。
「そのままの意味ですよ。先輩は、分かった気になっているだけで、何もわかっていない。相手が先輩に何をしてほしいのか。自分の行動がどれだけ相手を傷つけているのか。自分の何がその原因なのか。一つも分かっていない。先輩は酷いことをしているという自覚を持っているのかを聞いているんです。」
厳しい言い方だ。僕は嫌われるかもしれない。
けど、後悔するわけにはいかない。
「違う!!」
先輩はそう叫ぶ。
「私はいつも、傷つけないように頑張ってきたし、成果も出してきた!ありがとうって言われるのが好きだから、頑張ってきた!ねえ、私、頑張ってるよね?」
「そうですね。先輩は頑張ってきましたよ。だからたくさんの感謝をもらうし、頼られもする。でも…」
「でもじゃない!そう思うなら、なんで?なんで私を傷つけようとするの!」
分かってる。先輩が今望んでいるのは、誰かから認められることだ。自分の努力とその成果を、自分の考えを。行動を。認めてほしいんだ。
でも、ここで僕が引いたら、先輩はこの先もっと多くの後悔をするかもしれない。先輩がそれに気づいてくれるなら、僕は悪役になってもいい。
「そんなことしていませんよ。ただ、僕から見た真実を言っているだけじゃないですか。だから先輩は人を訳の分からないままに傷つけるんです。先輩は、自分が頑張ったことが、高橋先輩を傷つけた。そう思ったから、不安になって、僕に相談したんでしょう?認めてもらいたかったから。自分が正しいと。」
「違う!!」
先輩はそう両目を手で覆いながら、下を向いた状態でそう言ってくる。
「なんでそう思うんですか?現に高橋先輩を泣かしてるじゃないですか。」
「違う!!」
そう言う先輩の声は震えている。
表情はよく見えないけれど、きっと僕の言葉に傷ついている。
「先輩が自分で、「泣かしちゃった。」って言いましたよね?…僕前に言いましたよね。「もっと周りを頼ってください。じゃないと、僕らがさみしいし、悲しいです。」って。でも先輩は、いつまでも一人で、それがどれだけ僕を不安にさせたと思ってるんですか?」
「そ、そんな、そんなこと…」
「ないって言いきれますか?」
先輩の言葉に被せて僕が言う。
「じゃあ、先輩はどうして僕がこんなことを言うか、こんなに怒るか。分かってますか?」
「知らないよ!そんなの!わかるわけないじゃん!」
先輩は顔を覆っている両手から溢れるほどの涙を流している。
ああ、いらいらする。先輩は自分のことも分からないで嫌なことを否定してる。
「先輩が大事で不安だからですよ!いつまでも何言っても一人で全部しようとして、限界まで頑張っちゃうような先輩が大事で不安だから言ってるんですよ!
……でも、本当はこんなこと言いたくありませんでした。自分の価値観を押しつけて、自分の不安を先輩のせいにして。分かってるんですよ。全部僕のわがままだって。先輩のしたいことを僕は邪魔するだけだって。分かってるんですよ。だから、ずっと言えなかったんです。でも、言わなかったせいで結局先輩は傷ついて。先輩に酷いことしているって言いながら、自分も分かってて酷いことをしているんです。」
ああ、僕は最低だ。自分が言いたいことを言って。その癖、先輩に何もできない。
それくらいは分かってる。でも、言わずにはいられなかったんだ。
「ち、ちが。」
「いいんですよ。先輩。ふふっ、何したいのかわからないですよね。先輩に色々言うくせに、これは僕のわがままだって言って。ほんと、わけわからないし最低ですよね。こんな僕じゃ先輩と一緒にいない方がいいですよね。」
パンッ
乾いた音が空気を震わせる。
少し遅れて、左の頬に鋭い痛みが走る。
僕の目の前には、きれいな水のしずくをいっぱいに目からこぼす先輩が、こちらをまっすぐな瞳で見ていた。
そのしずくが落ちるまでの僅かな時間が、永遠に続くかのように思えた。
「……先輩。」
僕はなぜ今自分がはたかれたのか理解できなかった。
「違う!!君は、最低なんかじゃない!私が傷つかないように考えて、私より色々考えてて、いつもアドバイスをくれて、だから最低じゃないよ!最低じゃないよ!だから、そんなこと言わないで!いない方がいいとか、言わないでよ。」
そう言いながら、先輩は僕に抱き着いて、胸に顔を押し付けてくる。
その姿は、普段の先輩とは全く違って、か細いガラス細工のように、少しでも力を入れるとすぐに壊れそうだった。
「すみません。先輩。」
気が付くと僕はそう口にしていた。
ああ、そうか。この人は僕が自分のことを自分で卑下するようなことを言ったから、こんなに怒っているのか。
「やっぱり怖い。頼られなくなったら一人になるんじゃないかって。」
僕に抱き着きながらそう言う先輩は、小さく震えていた。
きっと先輩はずっとずっと不安だったのだろう。いつ一人になるかどうか、ずっと不安だったのだろう。
「先輩。大丈夫ですよ。僕がずっと傍であなたを見ていますから。」
僕がそう言うと、先輩の震えが徐々に止まった。
暫くそうしていたが、不意に先輩は何故か焦りながら僕から離れていって、その小さな顔を両手で覆う。
「どうかしましたか?」
細い指の間からのぞく肌はびっくりするぐらい真っ赤だが、それがかわいい。
先輩は指の間から目をのぞかせながらとても恥ずかしそうに暫く黙った後、これでもかというほど動揺した口調でこちらに聞いてきた。
「そ、それってこ、こ、こ、告白!?」
「…あ。」
確かにそう思われるかも。
でも、別にそう取られることが嫌なわけでも恥ずかしいわけでもないし、むしろ好都合かもしれない。
だって…
「はい、そうですよ。」
本当に先輩が好きだから。
「だから、僕と付き合ってくれますか?」
真っ赤になった先輩は、やっぱりかわいかった。
ああ、今の僕には、この青空がとても気持ちよく感じる。
お読みいただきありがとうございました。
初投稿作品で、勝手がわからないところがありましたが、何とか投稿できてよかったです。
誤字、脱字など、お気づきのところがありましたら、教えていただければ幸いです。