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カナリア

 

 「どうして・・・」

少女は絶望したようにその場に崩れ落ちた。サジタリア王国の端の端、もはや、自国の王都よりも隣国のタートンバレル共和国の首都に行く方が近い、そんな村の、西の端、というより西側。王国公認のゴミ捨て場。そこで貧乏な少女は何か使えるものが捨てられてはいないかとゴミを漁っていた。ちなみにゴミを漁ること自体は取り立てて珍しいことではない。むしろこの村では当たり前のことで、ゴミ捨て場の使えそうなものを子供が集め、それを女性たちが綺麗にし、男たちが隣町まで売りに行く。そして、男たちはわずかばかりの小麦を買ってくる。小麦は各家に平等に配分される。

 と、そのような村の事情はさておき、そのゴミ捨て場の真ん中で悲しそうに地面にひれ伏しているのは薄汚れた少女だった。もっとも、この場にいる全員が汚れているためか、取り立てて貧乏という感じはしない。むしろ、この村の中では少しだけ裕福に見えるかもしれない。実際は貧乏だが。

「カナリア?どうした?」

少女、カナリアが落胆している様子を見て近くでゴミを漁っていた少年が声をかけてきた。カナリアは声に振り返る。そこにいたのはカナリアよりも少しだけ背の高い少年。ぼさぼさの黒い髪に着古され、汚れた服。

「えーと、どうもしないわよ。村の子供男子A」

「カナリア、僕ら一応幼馴染だよね。せめて名前ぐらい覚えて。僕はアドルだよ」

「・・・覚えてるけど、男性名とか口にしたくないし」

「なら、せめて、幼馴染Aにしてよ」

「幼馴染男子Aならいいわ」

「じゃあ、それで」

アドルはカナリアの言葉に何か諦めたような顔で頷く。

「ま、心配してくれたみたいだから感謝はするけど」

「どういたしまして。それより、それは」

アドルはカナリアの背後にあった透明な何かを指す。金色の縁取りのされたそれはとても高価なものに思えた。

「鏡よ」

「鏡?あの貴族しか持つことを許されないという・・・」

カナリアの言葉にアドルは動揺を隠せない。なぜ、そんなものがこのゴミ捨て場にあるのだろう。ここは貧乏すぎて税が免除されているくらいには貧乏な、一日に衰弱して死亡する人が必ず一人入る村なのに、そこにどうして貴族の象徴たる鏡があるのだろうか。

「そうみたいよ。ほら」

そういうと、カナリアは鏡をアドルの目の前に差し出す。栄養不足で貧弱なカナリアが軽く持てるほどその鏡は軽く小さかった。そして、アドルはその鏡に絶句する。そこには親や村人たちから言われ続け、自分で触って想像した通りの顔がそこに映っていた。

「あ、ああ。本当に鏡」

アドルは恐れ多いというように鏡の前にひれ伏した。

「そうよ」

そう言ってため息をつくカナリアをアドルは光の消えた目で見つめてやがて納得したように手をポンと叩いた。

「なるほど、つまり、カナリアは自分が思いのほか、可愛くなくて絶望したと」

「違う。思いのほか、可愛かったわ。原石って感じ。でも、自分の姿に絶望したのは事実ね」

「そう。それよりも、みんなー、カナリアがすごいもの、見つけたぞ」

アドルはそんなカナリアの言葉に興味を示すことなく、他の子どもたちに向かって手を振る。それに反応した子供たちはぞろぞろと集まり、カナリアの見つけた鏡の存在に右往左往していた。そして、それは村の大人たちにも伝わり、その日は村を挙げてのお祭り騒ぎとなった。鏡は村の中央の広場の中心の大樹に運ばれ、そこに祀られた。

 そんな村人の様子をカナリアはかなり冷めた目線で眺めていた。カナリアは広場の東寄りの端っこに体育座りをして座っていた。

「鏡ぐらいで、おおげさな。まぁ、仕方ないか」

この国では鏡は富の象徴だ。所有しているのはほとんどが貴族。たまに裕福な平民が持っていることもある。アドルは貴族しか所有を許されないというようなことを言ったがそれは貧乏な平民が抱く一種の幻想である。

「富の象徴たる鏡は所有者に必ず繁栄をもたらす、か。ま、その迷信を信じたくなる気持ちは分かるけど」

そんな迷信を信じなければ彼らは希望を見失ってしまうのだろう。

「やっぱり、私があそこに行くしかないのかな」

そう小さく呟いてカナリアは自身の右手に火を灯す。誰にも見られないようにして。そして、気付かれる前に消す。そして、項垂れた。

「やっぱり、私はカナリアなのかな。乙女ゲーム、『君がために僕はある』のヒロイン。ド底辺村、もとい、ドッテーヘン村出身の魔力を持つ平民少女。その力のために王都にある王立サジタリウス魔法学院に通うことになる少女・・・吐き気がする」

カナリアは誰にも聞こえないような声で呟く。カナリアはあの鏡に映った自身の姿を見て思い出したのだ。自身の前世を、思い出したのだ。カナリアは前世でユリと呼ばれる人種だった。もっとわかりやすく言うならば、同性愛者という。そして、それは今世でも同じだが、それでも女子に対してしか性的興味を覚えられなくても、別に男子に対して嫌悪感を抱くことはなかった。だが、前世の記憶を取り戻し、この世界が乙女ゲームの世界で自分がヒロインになっていることを知った今、カナリアは男子に対してとてつもない嫌悪感を抱いていた。いや、この村の男性たちは生涯一人の女性を愛し、死ぬまで添い遂げる。約束はどんな小さなものでも守る。誠実な人たちばかりだし、アドルを始めとした村の男の子たちも別に女の子を虐めたりしないし、他人のために自分のできることを精一杯する誠実で健気で生きることに一生懸命なのは生まれ変わってから七年もこの村に住んでいるカナリアには分かりきったことなのだけど。それでも、カナリアは今男性不振に陥りそうだった。それはこの乙女ゲームの攻略対象者たちのせいだった。

 短編の時に比べたらカナリアの男子に対するあたりが柔らかく・・・なったかなぁ?

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