コレカラモ
「誓います」
大勢の、しかも知ってる人たちに見られている中で、よく恥ずかしげもなくあんなことが言えるなぁ、なんて昔から思っていたのに、案外すらすらと、その5文字は出てきた。
指輪を交換したり、ぼーっと窓の外を見たりしていると……あれ、もう誓いのキス?
本当? えっ、やだやだやだ。ちょっと待って恥ずかしい。
ちょっ……ベール上げられちゃったし。待って待って待って。一旦落ち着こうか。
手の平で彼の口を完全に塞ぎ、目を逸らす。
静まりかえっていた会場が少しざわめく。
ちら、と彼を見ると、困ったような目で私を見ていた。
……仕方ないなぁ。
――ちゅっ、
彼の輪郭に手を添えて、少しだけ背伸びをして、一瞬だけ唇を触れさせた。
「……なんだよ」
照れた表情の彼に、私は微笑む。顔はどうせもうとっくに赤いんだろうし、隠さない。
「好きだよ」
「……俺もだ」
聞こえていたらしく、キャーっ、という黄色い歓声。
なんだか、学生の頃に戻ったみたいだ。
「結婚が成立しました」
華やかなオルガンの音や祝福の拍手と共に、私たちは会場を後にする。
軽くキスをし合い、手を振って、互いの控え室へと戻る。
部屋に戻ると、目の前には大きな姿見があった。
そこにいるのは、純白のドレスを纏った私。
結婚、したのか。私。
じゃあもう、あの人……先生とは、一緒にならないんだろうなぁ。……元々そんな確率なんてゼロに近かったけど。
コンコン、というノックの音。
「はーい」
「今……大丈夫?」
そっとドアを開けると、そこには先生がいた。大学でお世話になった、憧れてやまなかった先生。
「間に合って良かった……おめでとう」
手渡された花束はとても大きくて、やっぱり先生は、私たちみたいな若造じゃとても敵わない「大人」なんだと思った。
だけど。
私はもう揺らがない。
「ありがとうございます」
花束を受け取ると、先生は満足そうな笑顔を浮かべた。
「花嫁にはやっぱり、大きな花束がなきゃな」
照れ笑いで返すと、先生は急に真面目な顔になって言った。
「幸せになりなさい。それが女性のつとめだから。幸せそうな奥さんがいる家こそ、男が帰りたいと望む家なんだよ」
「……はい」
幸せになることがつとめなんて、そんなんで良いのかな? 相手の為に尽くしたり、愚痴やストレスを受け止めたり、時には相手が望む以上のことを、
「しなくて良いから」
「へっ?」
「無理は、しなくて良い」
続かなくなるよ。
先生の声が、私の奥深くまで沁みていく。
「……はい」
先生は幾つも歳が上だから、私みたいな若造の考えなんか、簡単に読める。昔は、それを素敵だと思った。この包容力が欲しいと思った。でも、ね?
「おい、何してるんだ? 披露宴の時間、もうすぐだぞ! ……あっ、先生、ご無沙汰しています。いつもお世話になってまして……すみません。クリスマスのイベント、お誘い下さりありがとうございます。俺らみたいなぺーぺーを支えて下さって本当、……おい、さっさと準備しろよ」
「あっ、それじゃあっ」
ドアを閉め、ドレスを着替える。
クリスマス。
憧れのジューンブライドを経て、半年後には、先生と3人で演奏会を開く。大学を卒業し、アンサンブルユニットとして活動を始めた私たちが、ようやく世間に認知されてきたのは、活動を始めてから約10年後、去年のこと。2人の原点を支えて下さった先生にご挨拶に伺いたい、ということで、2人で先生のお宅を伺ったところ、先生から「コンサートを開かないか」とお誘いを頂いた。ピアノのみで、それも3人で3台のピアノを使ってのアンサンブル。初の試みで少し怖いけど、でも、すごく楽しみ。
「おい、まだか~?」
「今行く!」
化粧は崩れてないかな? ……うん、大丈夫!
体の線に沿うような形のドレスは、もう30代半ばの私にはキツすぎると訴えたんだけど聞き入れられず……。
「お待たせ」
「……おぉ」
「良いじゃん」
それでも、男性2人に褒められるのは、なんだかものすごく照れ臭いし、嬉しい。
「ありがとう……ございます」
「それじゃ、僕は失礼するから。2人とも、お幸せにね」
「はい!」
「ありがとうございます」
「また、連絡するから」
軽く手を上げ、先生が去って行く。
私が先生と一緒になる確率は、これで零になった。でも、それで構わない。私は、悠助が好きだ。
「真里奈」
「うん? ――っ」
奪うようなキスをされ、私はつい笑ってしまう。
「大丈夫だから。誰が何と言おうと、私は悠助が好きだよ。……これまで色々あったけどね」
「……ありがとう」
「お礼言うなんて、悠助らしくないよ~?」
「るせ。行くぞ」
「待って」
私の手を引く悠助の腕を掴み、くい、と引く。
「どうし――」
「仕返し。さっきのキスの」
「ちょ、お前……行けなくなるだろ?!」
悠助も真っ赤だけど、絶対私も真っ赤だから、からかったりなんかしない。
「館ご夫妻、準備お願いしまーす!」
「はーい! ほら、行くよ!」
「お前なぁ」
悠助の腕を掴んだまま、大きなドアに向かう。
「ドア、開けます。準備はよろしいですか?」
悠助に「良いよね?」と確認し、大きく頷く。
「今までごめんね。ありがと」
「行きます」、という小さな掛け声と共に、ドアが大きく開け放たれる。
「大好きだから」
きらびやかな照明と、たくさんの人たちの笑顔が飛び込んでくる。
「バカ真里奈」
私の手を握りしめ、悠助が片手で顔を覆う。
「何泣いてんの」
「泣いてねぇよ」
歓声と、笑い声と、そして、いくつかのすすり泣く声。
きらびやかな照明が、みんなの笑顔が、少しずつ滲んでいった。
「バカ悠助。ずっと一緒だ」




