表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/25

コレカラモ


 「誓います」


 大勢の、しかも知ってる人たちに見られている中で、よく恥ずかしげもなくあんなことが言えるなぁ、なんて昔から思っていたのに、案外すらすらと、その5文字は出てきた。


 指輪を交換したり、ぼーっと窓の外を見たりしていると……あれ、もう誓いのキス?

 本当? えっ、やだやだやだ。ちょっと待って恥ずかしい。

 ちょっ……ベール上げられちゃったし。待って待って待って。一旦落ち着こうか。


 手の平で彼の口を完全に塞ぎ、目を逸らす。

 静まりかえっていた会場が少しざわめく。

 ちら、と彼を見ると、困ったような目で私を見ていた。


 ……仕方ないなぁ。


 ――ちゅっ、


 彼の輪郭に手を添えて、少しだけ背伸びをして、一瞬だけ唇を触れさせた。


「……なんだよ」


 照れた表情の彼に、私は微笑む。顔はどうせもうとっくに赤いんだろうし、隠さない。


「好きだよ」


「……俺もだ」


 聞こえていたらしく、キャーっ、という黄色い歓声。

 なんだか、学生の頃に戻ったみたいだ。


「結婚が成立しました」


 華やかなオルガンの音や祝福の拍手と共に、私たちは会場を後にする。


 軽くキスをし合い、手を振って、互いの控え室へと戻る。

 部屋に戻ると、目の前には大きな姿見があった。

 そこにいるのは、純白のドレスを纏った私。


 結婚、したのか。私。

 じゃあもう、あの人……先生とは、一緒にならないんだろうなぁ。……元々そんな確率なんてゼロに近かったけど。


 コンコン、というノックの音。


「はーい」


「今……大丈夫?」


 そっとドアを開けると、そこには先生がいた。大学でお世話になった、憧れてやまなかった先生。


「間に合って良かった……おめでとう」


 手渡された花束はとても大きくて、やっぱり先生は、私たちみたいな若造じゃとても敵わない「大人」なんだと思った。


 だけど。

 私はもう揺らがない。


「ありがとうございます」


 花束を受け取ると、先生は満足そうな笑顔を浮かべた。


「花嫁にはやっぱり、大きな花束がなきゃな」


 照れ笑いで返すと、先生は急に真面目な顔になって言った。


「幸せになりなさい。それが女性のつとめだから。幸せそうな奥さんがいる家こそ、男が帰りたいと望む家なんだよ」


「……はい」


 幸せになることがつとめなんて、そんなんで良いのかな? 相手の為に尽くしたり、愚痴やストレスを受け止めたり、時には相手が望む以上のことを、


「しなくて良いから」


「へっ?」


「無理は、しなくて良い」


 続かなくなるよ。


 先生の声が、私の奥深くまで沁みていく。


「……はい」


 先生は幾つも歳が上だから、私みたいな若造の考えなんか、簡単に読める。昔は、それを素敵だと思った。この包容力が欲しいと思った。でも、ね?


「おい、何してるんだ? 披露宴の時間、もうすぐだぞ! ……あっ、先生、ご無沙汰しています。いつもお世話になってまして……すみません。クリスマスのイベント、お誘い下さりありがとうございます。俺らみたいなぺーぺーを支えて下さって本当、……おい、さっさと準備しろよ」


「あっ、それじゃあっ」


 ドアを閉め、ドレスを着替える。


 クリスマス。

 憧れのジューンブライドを経て、半年後には、先生と3人で演奏会を開く。大学を卒業し、アンサンブルユニットとして活動を始めた私たちが、ようやく世間に認知されてきたのは、活動を始めてから約10年後、去年のこと。2人の原点を支えて下さった先生にご挨拶に伺いたい、ということで、2人で先生のお宅を伺ったところ、先生から「コンサートを開かないか」とお誘いを頂いた。ピアノのみで、それも3人で3台のピアノを使ってのアンサンブル。初の試みで少し怖いけど、でも、すごく楽しみ。


「おい、まだか~?」


「今行く!」


 化粧は崩れてないかな? ……うん、大丈夫!

 体の線に沿うような形のドレスは、もう30代半ばの私にはキツすぎると訴えたんだけど聞き入れられず……。


「お待たせ」


「……おぉ」


「良いじゃん」


 それでも、男性2人に褒められるのは、なんだかものすごく照れ臭いし、嬉しい。


「ありがとう……ございます」


「それじゃ、僕は失礼するから。2人とも、お幸せにね」


「はい!」


「ありがとうございます」


「また、連絡するから」


 軽く手を上げ、先生が去って行く。

 私が先生と一緒になる確率は、これで零になった。でも、それで構わない。私は、悠助が好きだ。


「真里奈」


「うん? ――っ」


 奪うようなキスをされ、私はつい笑ってしまう。


「大丈夫だから。誰が何と言おうと、私は悠助が好きだよ。……これまで色々あったけどね」


「……ありがとう」


「お礼言うなんて、悠助らしくないよ~?」


「るせ。行くぞ」


「待って」


 私の手を引く悠助の腕を掴み、くい、と引く。


「どうし――」


「仕返し。さっきのキスの」


「ちょ、お前……行けなくなるだろ?!」


 悠助も真っ赤だけど、絶対私も真っ赤だから、からかったりなんかしない。


「館ご夫妻、準備お願いしまーす!」


「はーい! ほら、行くよ!」


「お前なぁ」


 悠助の腕を掴んだまま、大きなドアに向かう。


「ドア、開けます。準備はよろしいですか?」


 悠助に「良いよね?」と確認し、大きく頷く。


「今までごめんね。ありがと」


 「行きます」、という小さな掛け声と共に、ドアが大きく開け放たれる。


「大好きだから」


 きらびやかな照明と、たくさんの人たちの笑顔が飛び込んでくる。


「バカ真里奈」


 私の手を握りしめ、悠助が片手で顔を覆う。


「何泣いてんの」


「泣いてねぇよ」


 歓声と、笑い声と、そして、いくつかのすすり泣く声。

 きらびやかな照明が、みんなの笑顔が、少しずつ滲んでいった。


「バカ悠助。ずっと一緒だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ