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反響する沈黙  作者: 桐原
誓言式、もとい御披露目式
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「我はここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わん。我が生涯を清く過ごし、我が心、そして神子としての任務に忠実に尽くさんことを。我はすべての毒あるもの、害あるものを経ち、悪しき心を用いることなし。我は我が力の限りを尽くし、誇りを持ちて、我がしるしを高くせんことを努べし。我は心より両親に祈り、人々を助け、我が手に託される人々の幸の為に身を捧げん」


祭室の中央。祭壇の前に立った私は、両手を組んで深く息を吸い込み、肺の中に空気を溜め込んでからゆっくりと吐き出した。幾多の目から放たれる視線が、ぐさぐさと全身を突き刺すようであったが、縮こまりそうになる背筋を伸ばして目を瞑った。

祭壇奥にある大きなステンドグラスから差し込む陽の光の恩恵を、瞼でたっぷりと感じながら、私は今日の為に考えていた誓言を唱えていた。




神殿は、神子の召喚が成功したことを民に伝える必要があった。平和な世界―――しかし、これから瘴気に侵される未来を想像し、恐怖した民は神子を求めた。その呼び声が大きくなるにつれ、ついには国も神殿も無視することが出来なくなり、公にすることはないものの、民の意思を無視していないと示してきた。

神子の召喚は公然の秘密。

そうして今回、神殿が式を執り行うと知らせることは、秘密が公のものとなることを意味する。つまり、神子の召喚が成功したことに繋がるのだ。

小難しく説明されたが、要約すると、民へ向けた神子の御披露目式である。

これによって、神は我らを見捨ててないのだ、と民に印象付けて神殿は権威を高めることとなる。

こうなると、神殿ばかりが注目され、政治的な意見を強めた印象を受けるが、これが巧いこと出来ていて、召喚の儀式には必ず国より許しが必要なのだとか。国より許しを得て始めて儀式を執り行うことが出来るとなれば、英断を下した国王に対しても、民の評価が高まるのは必然と言えよう。


都合が悪いと神頼みをするのは、どこの世界でも同じなのだなあと共通点を見つけて胸中鼻で笑った。




結局、私の声が戻り、自然と会話ができるまでには三月を要すこととなった。

声が出ない間、私は怠惰に過ごすことなく、神子として前向きに世界を受け入れたと自分を装って、知識を身につけた。それはもう必死だった。




私の声が戻れば、直ぐにでも御披露目式を執り行えるように、神殿は万全たる準備を色々としていたらしい。

私は、数日後に執り行われることとなった御披露目式に際して、頭の回る大人たちから当日の内容やら手順やらの説明を改めて受けていた。

本来ならば、神子がこちらに来て一か月程で執り行う予定だったらしい。神子はその一月の間に文字や、この世界の最低限の常識を学ぶのだとか。

けれど、私が精神的ショックのあまりに声を出せなくなってしまったことを受けて、大幅に予定をずらすこととなったのである。


「式は大々的に執り行われます。国の中枢を支える方々のみならず、大勢の民も参加することでしょう。神子様は祈りの言葉を唱えた後、民に向けて簡単な挨拶をしていただくこととなっております。気負うことなく、御心のままを朗誦してください」


人前で祈りの言葉を唱えてくれと言われても、何を唱えればいいのかなんてさっぱりだ。元々信心深い方ではない為、礼拝には小学生の頃に友人との付き合いで、数えるほどしか参加したことが無い。それも小学生の頃だった為に、カトリックだったのかプロテスタントだったのかさえわからない子供だったのだ。司祭様だか牧師様の唱えた祈りの言葉など、覚えているはずもない。

私は困惑を表に出さず、了承の意をにこやかに頷きで返したが、そこで、ふと、疑問が脳裏に浮かんだ。

神子の誓言も大勢の民へ向けての挨拶も、それをしろと言うからには、何か定型文があるはずだ。

例えば、お歴々が唱えた言葉が記録されているのではないか?


「あのう、ちなみに歴代の神子は民に向けてどんな挨拶をしたのか、どこかに記録は残っていませんか?自信が無いので、少し参考にしたいのですが」

「それが、皆一言決意表明をしたと。それ以外の事は、あまり記録が残っていないようなのです」


神官は苦笑いを浮かべて言った。

目の前の男が嘘を言ってはいないと思うが、あまりない、ということは少なからず一つはある、ということだろう。そう解釈した私は、話が終わると、護衛をしてくれている男に一声掛け、そのまま書架へと赴くことにした。


書架へやってきた私は、神子叙事詩のようなものがあれば手っ取り早く知ることが出来るだろうと、気になるものは片っ端から手に取り、開いていくことにした。

ふと、視線を巡らせてみれば、積み重ねた本の背表紙に『神子伝』と記された一冊が目に入る。これならば式に関することも記されているだろうと、さっそく手に取って開いた。

二月ほど前。知識を欲していた私は、確かこれにも目を通していたはずだが、内容をさっぱり覚えてはいない。というのも、『神子伝』と銘打っている割には、あまりにも伝記の内容が薄く、しかも恋愛色が強く描かれているからだろう。

さて、少女たちが神子として過ごしてきた年月を文章から見て取るに、周囲には見目麗しい者を多く置いていたのだとか。そうすることで、あわよくば、周囲の誰かと恋仲になればいいと考えたのだろう。

何も知らない世界に放り出された心細い少女が、異性に甘く優しい言葉を掛けられる。眉目秀麗で物語に登場するような異性に、さも「貴女が大切です」と好意を前面に押し出して、自分を宝物に触れるような扱いをされてみろ。

弱く脆い心の隙間に巧みに入り込んで、柔らかで心地の良い真綿に包むのだ。そうして無知な少女は知らぬ間に懐柔されており、賢い大人は飼い殺しにしようとする。

異世界に召喚された少女が主人公の作品において、政治的に利用する為の常套手段。腹芸が好きな人間の考えそうなことである。

私は、そんなのは死んでもごめんだ。

仮令、小説の結末が幸福に満ちた締めくくられ方をしていても、少し視点を変えてみれば、思惑が交錯して淀んだ結末に映るのだ。


精神的ショックによって声を失っていた間、自分に起こりうる最悪の可能性を考えていた。その手段が通用するのかは別として、私にも適用されないはずがない。寧ろ、そうされるのが必然と考えるべきだ。

神子の護衛としてやってきた男も、目鼻立ちの整った綺麗な顔をしているし、実際、大層女性にモテるらしい。わざわざそういった男を護衛に選んだのは、そういうことだろう。

この可能性に気付いた時、ストックホルム症候群という言葉が頭に浮かんで消えた。

ああまったくもう!伝記というにはラブロマンスを多分に含んだ内容に嫌気がさして、思考が逸れてしまった。


私は頭を振って、軌道修正を図ることにした。

紙を捲る手は止めずに、紙面に目を滑らせたが、しかし、これといって目星い収穫は得られなかった。




結局、書架では参考になる記述や本が何もなく、時間を無駄にしてしまった。前向きに言い換えるとするならば、何もないと知ることが出来て良かったのだろう。


(いや、何も解決していないからまったく良くないんだけれども……!)


私は臍を噛む思いを抱いた。

あっちゃあ~こりゃまいった~!と太腿を平手で勢いよく打ちたい衝動に駆られたが、人目があることを思い出し、ぐぐっと己の頬肉を噛んで堪えた。




式の前日、私はあらかたの段取りを確認して数回リハーサルを繰り返した。

私は、自分が生きていく為ならば、最善を尽くす。手を抜くようなことは決してしない。自分を護れるのは自分だけだ。こんな世界では、本当の意味で、誰も私を助けてくれはしない。

それに、確認し過ぎて損はないだろう。式が失敗したら、恥をかくのは自分なのだから。


今の、神子様を示す存在は私だけだ。

その神子様を、誰も無視することの出来ない、唯一無二の存在にすることで、使い古されたボロ雑巾のように捨てられないようにしてやるのだ。その為なら、神子という立場を存分に活用してやる。

だが、必要以上に政治的方面で己を利用されるわけにはいかない。

政治が絡むとどうなるのかなんて、『神子伝』に描かれていた為、よぉく知っている。

大抵は、爵位の高い御綺麗な者へと嫁がされるのだ。お見合いなり、目と目で通じ合ってフォーリンラブなりして、最終的には子供を授かる。

そして、声高にこう言うのだろう。

「見よ、我が一族の身体に流れる血の半分は神の子のものなのだ」と。

王族ならば尚の事、神子を手元に置き、飼い殺しにしたくて仕方がないだろうと思う。私だったら、確実に手籠めにする為にそうする。

……あまり政治的なことに頭を働かせるのは得意ではないが、正直、そんなのは勘弁してくれと思うわけで。

なので、女子高校生である自分に出来ることなど本当に僅かで、ましてや、この世界では孤立無援。誰もが私に協力的―――の、ように見せかけて腹のうちでは何を考えているのかわからない。

だからこそ、私は自身のオタク知識を存分に活用することにした。

それなりに恰好がつく言葉を頭の中で探ってみれば、祈祷文は何となぁく程度しか頭に入っておらず、連想の木を紙に書き、関連する言葉を連ねていった。

色々と思考が脱線したが、天使というワードからナイチンゲールを連想したことで、『ナイチンゲール誓詞』をあくまで参考に、誓言を唱えることにした。

こればかりは自分の記憶力に感謝し、褒めることが出来る。

私、すごいよ偉いよ!誰も褒めてはくれないけどな!?まあ、褒められたところで疑うだけなのだけれど。


そうして私は、神子を、より神聖な存在へと推し上げる為に、記録に残されると知っていて、誓言を利用し、先手を打たせてもらうことにした。

言葉は、ナイチンゲール誓言を捩っている為、多少はそれらしく聞こえたのではなかろうか。特に、“我が生涯を清く過ごし”という部分に含ませた意味を、どうか腹芸が大好きな賢い大人の皆さんには、しっかりと察して欲しい。

そしてぐぬぬ、と奥歯を噛み締め唸っていたら最高だし、ざまあ見ろと鼻で高笑いしてやろう。

神子の誓言を唱え終わった私は、結果を期待して内心ほくそ笑んだ。

それから、そっと瞼を持ち上げてみる。

次の瞬間、開かれた窓や扉はどこにもないはずの祭室に、風が吹いた。

それは突風とも、そよ風とも取れる、矛盾が生まれるような不思議なものだった。肩で切りそろえられた髪が風でバサバサと音を立て、時折私の額や頬に当たるのが少し不快で顔を顰める。

漸く風が止んだところで、私は自分の乱れた髪を整えようと触れてみれば、なんということでしょう。肩まで伸びていた髪の毛がもっさりと、それはもうもっさりと膝裏あたりまで伸びていたのである。

うぇえええええ!?なにこれえええええ!?と大声で驚愕を露わにしたかったが、参列者のざわつく反応を受けて、いやいやちょっと待て、と思い留まる。

今は、式の最中で人目があってそれどころではないのだ。私の動揺は、悟られてはいけない。

私は周囲にばれないように深呼吸をして、胸の前で組んでいた腕を下した。

そして、ゆったりとした動きで祭壇へと背を向け、

「私は……!」

と、括目せよ!とばかりに、声を大きく張り上げる。

途端、周囲はさざ波のようにざわめきが引き、しん、と静寂に包まれた。

私は少し声量を落ち着けて、改めて口を開く。


「私は、皆さんの恐れる声と、そして神たる両親の呼び声に応え、今ここに立っております。私は、地上にいるすべての善意ある人々に平安がありますよう、心から身を捧げます」


言いながら、間を取り、身振り手振りを加えてみせた。授業でプレゼンをする時に有効だと学んだ身振り手振りが、こうした場で役に立つとは思いもしなかったが……。

正面を見据えて言い切った後、微笑みを浮かべる。そのまま会釈をして、神子の出番は終了。

御披露目式は何事もなく―――いや、私自身には大いにあったけれども、神官長の言葉で無事、締めくくられた。


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