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反響する沈黙  作者: 桐原
天蓋孤独を意識する
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大理石素材の飾り床でデザインされた長い廊下を、一人の女性を先頭にして歩みを進める。辺りは閑散としていて、私たち以外に人は居ない。


声が出せない今、私から彼女達に話しかけることはできなかった。彼女達も私の声が急にでなくなった状況を見ていたこともあってか、何かを無理に話しかけてくることはない。

今はそれをありがたいと思った。

開けた廊下に聞こえるのは、私たちの疎らな足音だけである。


私の頭は未だに沸騰したままのようで、脳をぐらぐらと揺らしていた。

あの時、感情のままに男に大声で言い返すことが出来ていたら、このやり場のない怒りも、少しは薄れたのだろうか。

考えてみたが、これ以上は何も考えられそうになかった。


とりあえず、今は彼らに従う方がいいだろう。抗ってみて、最悪物理的に拳をふるわれ、無理矢理服従させられることは間違いないだろうし、そんなのは冗談じゃない。

ただでさえ現状に参っているのだから、と考えていたところで

「神子様」

と呼びかけられた為に思考を中断し、少し俯いていた顔を上げた。先導していた女性が歩みを止めたようで、私もそれに習う。


「こちらが神子様のお部屋となります」


こちら、と言われて目を向ければ、木製ながらも重厚な扉が聳えていた。扉は両開きで、後方にいた女性二人が両脇から押し開けると、私に目線で入室を促した。

軽く会釈をして入室したところで

「失礼致します」

と、一言断る声が聞こえた。入室の許しを求めているようだったので、一つ頷いてみれば、それを認めた彼女達も一礼してから入室した。

部屋はやはり全体的に温かみのあるアイボリーでまとめられていて、清潔感に溢れていたが、生活感はまったく感じられなかった。

誰も使用した痕跡が見られないせいか、温かみのある色でも、無機質で、冷たい雰囲気が漂っている。

それに、自分には到底似合わないデザインの物ばかりで、そわそわと落ち着かなくさせた。


そうか、ここは、私の為の監獄だ。

これから本当にここで飼い殺されていくのか……と、意識を飛ばしていると、再び声を掛けられた。

振り返り見れば、

「改めまして、神子様。私共は、本日より神子様のお世話を賜りました侍女となります。私は侍女頭のレイラと申します」

そう言って、彼女は綺麗な角度で再び低頭した。

この世界の人達は、ちんまい娘一人に向かってどうして軽くない頭を垂れるのだろうか。この短時間で、私は頭を下げられることに慣れつつあった。

私は彼女達を見据え、話の先を促した。誰がどの世話係を担っているのか、部屋のどこに何があるのか、等々の説明を一頻り終えると

「今すべてを覚える必要はございません。それと、神子様は少しご不調のようでしたので、僭越ながらベルを用意させていただきました。時間を問わず、何なりとお申し付けください」

「では神子様、湯浴みはいかがされますか?」


レイラさんの問いかけに頷いた私に、別の侍女が尋ねた。風呂のことをこちらでは湯浴みと言うのか、古風だなあとぼんやり考えてから、私は首を左右に振った。


「では、お食事はいかがなさいますか?」


その質問にも、首を横に振って答えた。

早く一人にして欲しい。空気を読んでくれさい。


「畏まりました。それでは失礼いたします」


彼女達はこれまた綺麗に一礼して退室した。

ゆっくりと扉が閉まるのを、その場でじっと見つめていた。音を立てず静かに閉まった扉だったが、何ともご丁寧なことに、外側から鍵の閉まる音がしてくれやがって愕然とした。


(そこまでする必要がどこにある…!)


私は文字通りベッドに駆け寄ると、勢いのままに飛び込んだ。

もう制服が皺になるのも気にする必要もないと、柔らかな枕を力いっぱい、何度もベッドに叩きつける。それでも満たされなくて、思い切り枕を殴りつけた。

私にゴリラほどの握力と腕力が備わっていたら、感情に任せて引き裂いていたことだろう。

一頻り枕に感情をぶつけてから大きく息を吐き出せば、鼻の奥がツンとした。

じわじわと目頭が熱く、堅く閉じた唇の隙間からは、声にならない声が漏れ出た。頬から顎を伝ってぽたぽたと涙が零れ落ち、シーツにシミを作る。先ほどまで感情をぶつけていた枕を手繰り寄せると、私は目元を押し付けた。

そして、とうとう我慢できなくなった私は、口を大きく開けて噎び泣いた。それでも声は出なかった。

それを今は好都合だと思って、気が晴れるまで延々と泣き続けた。


泣いて泣いて、少し涙が収まった頃。

私は、あらゆる水気を含んでぐしょぐしょに濡れた枕を床に放り投げて落とし、横になったまま顔を窓の外に向けた。

空は白々としている。どうやら朝陽が昇り始めているようだった。

私の思いとは裏腹な空の明るさが目に眩しくて、恨みがましく睨み付ける。

瞼が熱を持ち、ぼってりと腫れているのがわかって、もう、それすらも鬱陶しい。


(どうせ学校に行くわけじゃないんだから、どうでもいいか……)


思って、そして音もなく笑った。

吐き出された息は、空気に溶けて消えることなく、混ざったようだった。


女という生き物は、涙を流すことでストレスを発散するという。

脳内ホルモンの一つである、エンドルフィンという脳内物質が分泌されることで、ストレスを和らげるのだとか。エンドルフィンは強い鎮静作用をもたらす成分が含まれている為に、泣くとスッキリできるらしい。

だが、私にはどうやら当てはまらないようだ。あれだけ泣いたにも拘わらず、心には重い鉛が圧し掛かったようで、気分が晴れることはなかった。

ぼんやりとしていると、また、じわりと滲んで視界が揺れた。

視界に入る全てを、目を閉じることで遮断して、現実逃避を図った。

段々、頭がぼんやりとしてきて強い眠気に襲われる。

今はもう何も考えずに眠ってしまおう……。




それから私が目を覚ましたのは、三日後の事だった。

眠っていた間、私は高熱を出していたらしい。侍女頭のレイラから齎された情報に茫然としていた。

なんとまあ、全く知らなんだ……。


「皆、神子様を心配しておりましたよ」


レイラさんがそう言って微笑んだのを、視界の端に捉えた私は俯いた。


(碌に話したことも、ましてや顔を会わせたことのない人間が、心の底から私を心配なんてするか……!)


掛けられていた布団を掌でぎゅう、と堅く握って胸中で詰った。

時間と労力を費やして召喚した神子様に早々に死なれては、幾らなんでも体裁が悪いと、私を召喚してくれやがった集団の考えが手に取る様にわかった。

隠す気がないのか、あまりのも明け透けなそれに、起き抜けの頭にもかかわらず苛々とさせられた。

ここの人間は、こぞって自分の都合を綺麗な言葉に置き換えて、無知な神子様に押し付けてくる勝手な人間ばかりだ。

異世界から召喚した人間―――つまりは、綿井壱という無知な小娘を、神子様という偶像に据えて、無償の慈善と慈愛、そして神より賜ったこちらは望んでもいない力とやらで国を救え、だと。

なんと崇高な考えですこと。虫唾が走る。


「神子様、よろしければ、湯浴みを致しましょう。汗を流しませんと、また熱が出てしまいますので」


言われて、自分の髪や体がベタベタとしていることに気付いた。

思考していたことも相まって、強い不快感を抱く。湯浴み……お風呂だ。

私はベッドから両足を降ろし、床につけた。足の裏を毛の長い絨毯が擽る。

立ち上がると体が少しふらついたが、侍女たちは目を伏せていた為に気付かれることはなかった。




私は侍女の後を着いて歩き、浴室へと向かうこととなった。

浴室、というには広すぎる空間がそこにはあって、イメージしていたものとスケールの違いに唖然とした。


「それでは神子様、これより身を清めましょう。お手伝いさせていただきます」


そう言って、侍女たちに纏っていた服をどんどん剥ぎ取られていく。眠っている間に制服とは別の、薄い生地を巻き付けただけのような恰好にさせられていたらしい。

私は慌てふためいてじたばたと腕を動かしたが、何人もの侍女に腕を押さえつけられていた。どこを引っ張ったのか、布が擦れる音が僅かにして、あっという間にフルフロンタルとなる。

ああ、なんという解放感。なんという羞恥プレイ…!

私は求めていないぞ、と声にして拒否することもできずに激しく首を左右に振ったが、関係ないとばかりに体を清められた。

……入浴するだけなのに、どうしてこんなにも疲れるのか。異文化の違いに、苦汁を嘗めることとなった。


湯浴みを終えると、すかさず体を拭かれ、気付けばひらひらな服を着せられていた。オフホワイトの生地に、よく見れば僅かに金糸で装飾が施されている。

じぃっと服を見詰めていた私を、レイラさんは、

「良くお似合いですよ」

と、不安がる子供に優しく、自信をつけさせるように微笑んだ。

違う、そうじゃない。

まるでゲームに伝説として登場する巫女や聖女のような、自分には到底似合うはずもない恰好に、思わず、全身鏡の前に立つ日本人の風刺画を思い出していた。

私は、そこに全身鏡が無いにもかかわらず服に着られている自分の姿を想像して、頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。

社交辞令を素直に受け取れるほど、私は可愛くも幼い子供でもないのだ。心の中で数字を幾つか数えて気持ちを落ち着ける。

そして、ちらりと傍の侍女たちを見て苦笑いを浮かべた。

彼女たちの服とは明らかに違うこれは、きっと、神子を象徴し、示す為の物なのだろう。




私はここから、いつ、どうしたら帰れるのだろうと考えて、しかし、頭のどこかに居た冷静な自分が、ここでの勝手がわからない以上、ここを飛び出したところで行く宛てなどないだろうと言って、嘲笑した。

ああ、なんて最悪なのだろう。

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