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反響する沈黙  作者: 桐原
天蓋孤独を意識する
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短編を書きなおしたものです。

天蓋孤独と言うのは、まさにこのことを指すのだろうと、自身が置かれている状況をようやく理解した今、そう思った。




学校の廊下は、放課後ということもあり閑散としていた。

グラウンドからは運動部の声が校舎の中にまで響いている。廊下の窓ガラスからは夕陽が差し込んでおり、私は眩しさから僅かに目を細めた。

ぼんやりとグラウンドを眺めながら歩みを進めているところで、足元に注意を払っていなかった私は、何もないところで躓いた。

ぐらりと体勢を大きく崩して倒れる途中、体勢を持ち直そうと踏ん張ってみるが、それが良くなかったのだろう。

思い虚しくも、ビターン!と大きな音を立て、全身を床に放り投げることとなった。

捻った足首が酷く痛む。打ち付けた腕や足の皮膚が、冷たい地面によって余計にジンジンと熱を持っているようだ。


(誰も、いないよね……!?)


痛みを耐え慌てて上体を起こし、キョロキョロと視線を動かした。

誰も居ない、変わらない風景に安堵する。

早くこの場を去りたくて無理矢理立ち上がろうとしたが、足首の痛みに耐えきれず、膝が折れて額にじわじわと汗が滲んだ。

今しがた安堵した誰も居ない廊下を、今ばかりは後悔していた。

ドキドキと早鐘が耳の奥にこだまするのを感じて、私は痛みをやり過ごす為に目を瞑って息を深く吐きだした。

どこかの窓が開いているのか、温い風が頬を撫ぜる。


―――しかし、次に目を開いた瞬間。私は、息を飲んだ。


(は……!?)


声にならない声を出し、口が間抜けにも半開きとなってしまう。額の汗がこめかみを流れ落ちて行った。

私は呆然としながらも、状況を把握しようと目玉だけを動かすと、見事にコスプレをした外国人が私を囲み、様子を窺うようにして見ていた。


(なんだ、このマジカルでミラクルな状況は……!?)


間抜けにも何もない場所で躓いて転んだばかりに、私はどうしてこんなところに居るのだろう。一時の瞬きで齎された事態に困惑を隠せない。にわかに信じがたい状況に、先ほどとは別の意味で心臓が早鐘を打ち始める。

落ち着こうとして自然と吐き出した息は震えていた。


両脚が床に投げ出されたような体勢で呆然と見上げる姿は、傍から見て、酷く滑稽に映っているだろうことは想像に容易い。だが、私が現状を飲み込むよりも早く、正面の人物が一歩前に進み出て、そして私に向って恭しく口を開いた。


「ようこそ御越し下さいました、我等の巫女様」


外国人らしく色素の薄い男性は、今ではニュースの報道に出てくるローマ法王のような衣装を纏っていた。ゲームでもよく見るような、彼が神に仕える立場の人間であることを如実に表している。

私が視界に捉えた範囲で、見るからに上位者であろう彼が低頭するに習い、周囲の人間も次々と腰を折り曲げていく。

顔に似合わず口から飛び出てきたのは流暢な日本語で、なんともまあちぐはぐであったが、豪奢な容姿に見合う装いをした麗人が、ちんちくりんな小娘に次々と頭を下げているのだから、その光景は圧巻の一言に尽きた。

一方の私は、初対面の外国人たちに揃って頭を下げられた為、思わず面食らうこととなった。

只管に声を掛けて

「頭をあげてください……!」

と懇願する。慌てふためく私を見た外国人たちは、ようやく頭の位置を元に戻した。


「あの、すみません。ここは…?」


恐る恐る口を開きる。自分よりも身長の高い人に見下されていることも合わさって、どうしても委縮し、声は小さくなってしまう。

対する男は、人好きのする笑みを浮かべて一つ頷くと、私に手を差し出した。一瞬の間、男の掌を見つめた私は、その時にようやく自分の格好を思い出したのであった。

知らない人とはいえ、ここで相手の好意を無碍にする勇気は、小心者の私にはない。逡巡してからおずおずと手を伸ばせば、男は力強く掌を握り、私を引き上げた。


「ここは神殿でございます。巫女様を御呼びするに相応しく、神聖な場です」


男はにこりと笑みを浮かべたままそう言った。

私は男の手を放してしっかりと立つと、ふと、引っかかりを覚えたが、今はそれよりも目の前の事象についてだ。

私は、

「神殿…」

と、小さく呟いてからなんとなく足元に視線を下した。床はウレタン樹脂で磨かれたツルツルの材質ではなく、堅く磨かれた大理石の床だ。

私は、僅かにめくれたままのプリーツスカートを、さっと掌で軽く撫でつけ直した。


「いや、あの、ここが神殿ってどういうことですか?私が居たのは学校の廊下だったはずです」

「……それは巫女様がこちらへお見えになる直前に居らっしゃった場所、ということでしょうか。巫女様にとって、こちらは異世界ということになります。そしてここはアイダス国のティーラ神殿という場所です。巫女様、貴女は神に選ばれた御方なのです」


私はその言葉に、口を半開きにしていた。フリーズした私を良い事に、男はつらつらと巫女の役割とやらを語り出す。


「巫女は、神より国を救うための力を授かった、謂わば、神の子。神子は親である神に祈りを捧げることで、神は子の願いを聞き入れ、災いを鎮めるのです」

と、男は言った。

男の言葉に、私のキャパシティーは限界を迎えていた。他にも何か説明していたのだが、ほとんどの話は右から左へ筒抜けの一方通行だった。

こんがらがった頭で理解できたことは、巫女ではなく神子という表記をするということだけだ。

あまりにも現実離れしていて受け容れ難い現状に、眩暈がする。もう相手の顔を見ることが出来ない。


「それで、私はこれからどうなるんですか……私、帰れますよね?元の世界に、帰してくれますよね?」


ようやく絞り出した問いかけは、自分の身を案じるものだった。じわじわと焦燥感に駆られ、小さく唇が震えた。

……当たり前だ。この人たちの勝手で私は拉致されたのだ。私が私の身を案じなくて誰が考えてくれるというのか。

私は、懇願するように男の言葉を待った。

しかし、男はにべなく返事をした。


「まず、神子様の願いを叶えることはできません。元の世界に神子様を召還する為には、魔力が必要となります。魔力を集める為の期間が、どうしても必要だということを御理解ください。魔力を集めている間、神子様は私共の為に、ひいてはご自身の願いの為に、神に祈りを捧げていただきたい。その間、私共は衣食住やその他必要なもの貴女様が望まれるものを全てご用意いたします。危険からもお守りいたします。祈りによって国民が救われ、瘴気が鎮静した暁には必ずや貴方様を御帰しすると誓いましょう」


男は諭すように、優しい声色で言った。多くの視線が私に突き刺さる。なんという視線祭りだろうか。つらい。逃げ出したくてたまらないのに、私には何処にも帰る場所はない。

自分が元の世界に帰れるという確証を、願わくは、今すぐ叶うという言葉を求めてしまったばかりに……。

私は馬鹿だ、大馬鹿者だ……自ら進んで断崖絶壁に立ち、男の言葉に崖下へと突き落とされたのだ。

まるで全身の血液がふつふつと煮えるようで、たまらず、私は感情のままに大声で反論しようと口を開いた。


(いつ来るかもわからない誓いなんて……!)


しかし、反論しようと開いたはずの口は、エサを求める魚のように口をぱくぱくと動かすことしか出来なかった。声にならない声は、大量の息が喉から漏れて消えてゆく。


「…神子様はどうやらお疲れなご様子。この話はまた日を改めていたしましょう。」


どうして、と自身に驚く。声の出ない私を見て、小首を傾げた男はそう言うと、右手で控えていた女性達を示した。

女性達は皆一様にオフホワイトのドレスを着ていた。メイド服を着ていないが侍女かなにかだろうと当たりをつけてみる。


「さあ、神子様。この者達に案内をさせますので、ごゆっくりお休みください」


男は女性達へ向かって小さく頷いた。促された一人の女性が心得た、と一歩前へ進み出て綺麗な角度で腰を曲げた。顔を上げた彼女達は慣れたように口元に笑みを携えている。


「さあ神子様、ご案内いたします。こちらへどうぞ」


声掛けに促された私は下唇を強く噛み締めて、鼻から深く息を吸って吐き出した。喚き散らしたくて堪らないが、そんなことをしても自分の首を絞めるだけだと気持ちを落ち着かせる。そして一つ頷いてから、震える膝に気付かないふりをして一歩踏み出した。

早くひとりになりたい。

できることなら直ぐにでもこの場から駆け出して、誰も居ないどこかへ行きたかった。

改稿を何度も重ねますが、内容に変更はありません。たぶん

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